第15話 ニセモノ


 ——学園祭当日。


 ガーランドやペーパーフラワーなどで華やかに飾り付けられた校内を歩いていると、なんだか背中がムズムズした。


 どうやら、例のひどいマジックのせいで奇術部も有名になったらしい。


 私——三木みき結菜ゆいなが視線を浴びて憂鬱な息を落としていると、そんな私を見てヒソヒソと話す声が聞こえる。


「何あの集団」


「奇術部だって。イケメンしかいないよね」


「えー、私も入部しようかな」


「ムリムリ、女子の入部は断られるらしいよ」


「なんで? あそこに女子も一緒にいるじゃん」


「あれはマネージャーだって」


「じゃあ、私もマネージャーになる!」


「あのマネージャー、真紀先輩とできてるらしいよ。それでマネージャーが女子の入部を邪魔するんだって」


「性格悪っ!」


「だよね……イケメンを独り占めして、ずるいよね」


 声までは聞こえないけど、悪意のこもった視線には気づいていた。


 ……奇術部の悪評がこれ以上広まらなければいいけど。


 そんなことを思っていると、右隣にいる真紀先輩が心配そうに声をかけてくる。


「……結菜、気にするなよ」


「え? 何が?」


「何がって……女子の嫉妬に巻き込まれて平気なのか?」


「嫉妬?」


 私が首を傾げていると、後ろの長谷部くんからため息が聞こえた。


「実はこの中で一番図太いのは三木なのか?」


「ちょっと、長谷部くん。ひどいよ」


「そうだぞ。結菜は俺の次に繊細なんだから」


 フォローしてくれた真紀先輩だけど、私は思わず呆れた視線を向ける。


 そんな中、左隣にいる大迫くんが苦笑して告げる。


「真紀先輩と結菜って、よく似てますね」


「そんなことないよ。私、みんなの前で飲み干し芸とかできないし。真紀先輩ほど図太くないです」


「しくしく……結菜にディスられた」


「真紀先輩、大丈夫ですよ。俺がまた一緒に飲み干し芸をしますから」


「大迫も〝飲み干し芸〟って認めるんだな」


 長谷部くんが大迫くんにツッコミを入れる傍ら、真紀先輩は感動したように大迫くんを見つめる。


「ありがとう、大迫くん。君みたいなやつがいれば、奇術部の未来は安泰だ」


 けど、すかさず長谷部くんが苦言を放つ。


「奇術部はこのメンバーで終わりそうな気もするけど」


「なにを! 奇術部は永遠に不滅だ」


 真紀先輩の主張に、大迫くんも息巻いて告げる。


「そうだよ、長谷部。奇術部は俺たちが責任をもって次世代に繋げないと」


 キラキラした顔で言う大迫くんに、長谷部くんは言葉を詰まらせた。


 大迫くんにあんな目で言われたら、否定なんて出来ないよね。


「それで、今日は何をするの?」


 誰となく訊ねる大迫くんに、長谷部くんが当然のように告げる。


「学園祭なんだから、テキトーな教室でテキトーに遊べばいいんだろ? あとはテキトーに飯食って、テキトーに帰れば……」


「長谷部くん、面倒くさそうだね」


「学校行事に真面目に参加するとか、ありえないから」


「なんだとう! 俺がいるからには、ぎゃふんと言わせてやるからな」


 なぜか燃える真紀先輩に、長谷部くんは面倒くさそうに「はいはい」と視線を流す。

 

 その長谷部くんの隣では、藤間先輩がたこ焼きを食べていた。


「藤間先輩、もう食べてるんですか?」


「もぐもぐ……実は今まで学園祭に参加したことはなかったのですが……もぐもぐ……なかなか美味しいですね」


 一番楽しんでいるのは藤間先輩らしい。

  

 大迫くんも負けじと周囲を見回すと、何かを見つけるなり顔を輝かせる。


「ねぇ、あっちにお化け屋敷があるよ」


「大迫くん、お化け屋敷好きなの?」


「うん。楽しいから」


「なら、入ってみようか?」




 ***




「すごい……教室の中とは思えないな」


 空にはリアルな満月があって、虫の鳴く声が聞こえた。


 どこまでも広がる暗い森に、思わず感嘆の声をもらす真紀先輩。


 けど、あまりに広すぎて信じられない私は、周囲を確認する。


「本当にこれ教室? 屋外に繋がってるとか」


 私が指摘しても、真紀先輩は感心するばかりで、疑問に思う様子はなかった。


 そんな中、


「これは……まさか」


「大迫くん? どうかしたの?」


 大迫くんは周囲を見つつ、私にそっと耳打ちする。


「実は……」


「ええ!? 魔法使いの領域の中?」


「しっ、しずかに」


「じゃあ、この部屋は一年生が作ったお化け屋敷じゃないってこと?」


「たぶん……真紀先輩を乗っ取った魔法使いが、また何か仕掛けてきたのかも」


「どうしよう、この部屋……早く出たほうがいいかな?」


「それが……どうやら、内側からは出られないみたいなんだ」


「そんなっ、どうしよう」


「おい、何二人でこそこそ喋ってるんだ? 怪しいな」


 大迫くんと二人で喋っていると、真紀先輩が割り込んでくる。


 けど、説明しようにもできなくて、私は咄嗟に嘘を吐く。


「すみません、大迫くんが、ちょっと気分悪いみたいで」


「なに!? なぜそれを早く言わないんだ」


 それから私が大迫くんの手を引いて、人気のない方へと連れて行こうとした瞬間——大迫くんが手のひらにボールペンで何かを書き始める。


「先輩、ごめんなさい……あなたに幸運を」


 すると、呪文のあと、その場が白光に包まれたかと思えば、真紀先輩と長谷部くんはその場に崩れて、土の上で眠りに落ちたのだった。


「大迫様」

  

 たこ焼きを食べ終わって、焼きそばに移っていた藤間先輩が、大迫くんに視線を向けると、大迫くんは小さく頷いた。


「わかってるよ」


「これからどうするの?」


「俺は少し見てくるから……藤間先輩、結菜たちをよろしくお願いします」


「わかりました。大迫様、くれぐれもご注意ください」


「うん」




 ***




「これは完全に、魔法使いのテリトリーだな。でもおかしいな……結界の中心には、張った人間がいるはずなのに……」


 一人で散策に出た啓太の前には、相変わらず森が広がっていた。

 

 音も匂い外の世界としか思えないその場所で、啓太が警戒を深める中——ふいに、悲鳴が聞こえる。


「きゃああああああ!」


 見ると、女子生徒が死人アンデッドに囲まれていた。

 

 土色の肌をした人間に襲われる生徒を見て、啓太は慌てて駆けつける。


「なんだ、またこれか——え」


 アンデッドに囲まれていたのは、結菜だった。

 

 啓太が瞠目する中、アンデッドに捕まった結菜はさらに悲鳴をあげる。


「きゃあああ、助けて! 大迫くん」


「えっ、結菜? ――あなたに幸運を」


 土のように崩れ落ちるアンデッドを見て、その場に座り込む結菜。


 そして啓太が近づくと——結菜は啓太を強く抱きしめる。


「結菜?」


「恐かった……」


「大丈夫?」


「大迫くんがいなかったら、私……」


「……」


「ねぇ、大迫くん、良かったらこのまま二人でどこかに行かない?」


「離れてください」


「え?」


「俺から離れて」


「どうしたの? 大迫くん」


「君は結菜じゃないよね? 結菜は俺との約束を必ず守る人だから、真紀先輩を置いて俺のところに来たりしないよ」


「それは……藤間先輩がいるから」


「聞いてなかった? なんだ。俺が待ってて言ったら、ずっと待ってるような人なんだよ」


「……」


「だから離れてください」

 

 啓太が突き放すと、結菜の姿をした者はゆっくりと離れていった。


 そして、


「恋は盲目というけど、感情に流されないなんて、さすが大魔法使いだね」


 暗い笑みを浮かべる結菜に、啓太は怪訝な顔をする。


「あなたは……いったい何者なんですか? なんの目的で……」


「悪いけど、まだ君を認めたわけじゃないから……これで失礼するよ」


「あなたの目的が俺なら、他の人には手を出さないでください」


「ふふふ、それはどうかな」


「それを約束してもらえないなら……こちらもあなたを野放しにはできません」


「どうするつもり?」


「こうするんですよ」


 啓太はボールペンで手のひらに呪文を書き込むと、文字が消えて、代わりにいくつものアンデッドが現れる。


 それは、さきほど啓太が消したアンデッドたちだった。


 アンデッドは現れるなり、結菜の姿をした者に襲いかかる。


「おい、なんだよ……お前たち」


「申し訳ないけど、目的を言うまで逃がさないから」


「舐めるなよ!」


「本当は攻撃魔法は使うなって言われてるけど、この場合は仕方ないよね」


 啓太はさらにボールペンで手のひらに書き込む。


 そしてその手を握りしめて、空高く掲げた。


「あなたに災いを」


 途端に、結菜の姿をした者は、水溜りのようなものに閉じ込められる。


「な……がはっ」


 溺れるようにもがく相手に、啓太はさらに告げる。


「これに懲りて、奇術部には——」


 ——が、


 次の瞬間、水溜りが弾けて消えた。


「逃げられた」


 冷たい水が足元を滴る中、啓太は真円しんえんが浮かぶ空を見上げた。




 ***




「大迫様、大丈夫ですか?」


 森の散策に出た大迫くんは、三十分ほどで戻ってきた。


 でも、相変わらず森の様子は何も変わらなくて、丸い月が見下ろしていた。


「うん。問題ないよ」


「大迫くん……?」


 大迫くんの様子に違和感を覚えた私——三木みき結菜ゆいなは、ふと訊ねる。


「どうしたの?」


「なんだか大迫くん、さっきと雰囲気が違うね」


「そうかな? 俺はいつもと変わらないけど」


「ううん、なんか違う。いつもは、穏やかで優しい空気を纏ってるのに……今はなんだか」


「なんだか?」


「肉食獣みたいにギラギラしてる」


「驚いた」


「え?」


「君もなかなか面白い人間だね」


「私が、面白い……?」


「うん、君のことを隅から隅まで調べてみたいな」


「あなた……大迫様ではありませんね」


「反応が遅いですよ、藤間先輩」


 高笑いをあげる大迫くんにぞっとしていると——。


 そんな中、真紀先輩と長谷部くんが起き上がる。


「なんだ、なんだ……?」


「俺はいったい何を……」


「みんな起きちゃった! どうしよう」


 狼狽える私をかばうように、藤間先輩は前に出る。


「結菜さん、彼らを連れて逃げてください」


「藤間先輩?」


 藤間先輩が険しい顔をする中、大迫くんは裂けるほど大きな口で暗い笑みを浮かべた。




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