第14話 アンデッド


 「実は結菜ゆいなにお願いがあるんだ」


 突然、大迫おおさこくんに言われたこと、それは私からすればとんでもないお願いだった。


 けど、真紀まき先輩が死ぬかもしれない——なんて言われたら、断れるはずもなくて。


 真紀先輩には入学したての頃にたくさん助けてもらったし、いつか私も真紀先輩の役に立ちたいと思ってた。


 だから今回のことは真紀先輩に恩を返す絶好の機会だった……それなのに。


 ……どうしてこんなに悲しい気持ちになるんだろう。


 真紀先輩が元に戻って、嬉しいはずなのに、心から喜べない自分がいた。


 おそるおそる近づいて、ほんの一瞬だけ触れた時、真紀先輩の肌にぬくもりを感じた。


 と、同時に胸の奥にモヤモヤとしたカタマリが残った。






 ***






 真紀先輩が元に戻った翌日の放課後。


 日直だった私は、一日の仕事を終えて、職員室に向かっていた。


 昨日のキスのことを考えないようにしようとしても、どうしても頭から離れなくて、ぼんやりと歩く中——そんな時、渡り廊下で長谷部くんに遭遇する。


「三木?」 

「あ、長谷部くん」

「何かあったのか?」

「どうして?」

「恐い顔して歩いてたから」

「そんなにひどい顔してた?」

「思いつめた雰囲気に見えたから」

「私、そこまで嫌だったのかな」

「もしかして三木は……」

「え?」

「いや、いいんだ。ごめん、なんでもない」

「長谷部くんこそ、いつになくテンション低いね」

「そうか? そんなつもりはないけど……はあ」

「何か悩みがあるなら、相談に乗るよ?」

「ありがとう、とだけ言っておくよ」

「もう、水臭いなぁ」

「なんだよ、三木こそ何かあったなら、言ってみろよ」

「えっと……こればっかりは、言えないかな」

「そうか」


 長谷部くんと二人でため息を落としていると、今度は廊下の向こうから大迫くんがやってくる。


「結菜!」

「あ、大迫くん」

「じゃあ、俺行くわ」

 

 苦笑して去る長谷部くんに私が手を振ると、大迫くんが申し訳なさそうな顔をする。


「ごめん、話の邪魔した?」

「そんなことないよ。……それより、どうしたの?」

「あのさ、今日は部活ないけど……一緒に帰れる?」

「うん。大丈夫だよ」

「真紀先輩にあんなことがあったから、結菜を一人にしたくないんだ。また体を乗っ取られたりしたら怖いし」

「そっか……心配してくれてありがとう」




 赤焼けに照らされた古い街並み。


 いつものように大迫くんと二人で帰ったもの、いつもはお喋りな大迫くんが、ずっと黙ったままだった。


 ……今日の大迫くん、やけに静かだな。難しい顔してるし。


「えっと……大迫くん、真紀先輩はもう大丈夫なのかな?」


 なんとなく大迫くんの様子が気になって声をかけると、大迫くんは思い出したように告げる。


「え? あ、ああ……大丈夫だと思うよ」

「キスで魔法が解けるなんて、ロマンチックな話だよね。誰とでもできるわけじゃないけど」

「結菜は……」

「うん?」

「あの時、すぐに応じてくれたのは……真紀先輩だったから?」

「そうだね。それもあるかな……たくさん助けてもらったし」

「そうか……そうだよね」

「でももし、大迫くんが悪い魔法にかかったら、私が解いてあげるよ」

「……え?」


「やだ、私……何言ってるんだろ——ほ、ほら、大迫くんにはお婆ちゃんのことで助けられたし、……ね?」

「それは、俺がしたくてやったことだから……」

「でもさ、キスで魔法を解くのって、誰でもいいの? それとも身近な人じゃないとダメだとか?」

「誰でもいいわけじゃないよ。真紀先輩が思いを寄——いや、身近な人がしないといけないんだ」

「そうなんだ? じゃあ、もしかして大迫くんでも良かったんじゃ?」

「ええ!? 俺?」

「うん。だって、身近な人でいいんでしょ?」

「いや、俺じゃあダメなんだ」

「どうして?」

「えっと……俺はまだそこまで真紀先輩と仲がいいわけじゃないから……かな」

「すごく仲良く見えるのに、魔法を解くのって難しいんだね」

「そうだね。結菜がいなかったら、大変なことになってたよ」

「でもさ……真紀先輩に魔法をかけた人って、大迫くんでもわからないんだよね?」

「そうだね。時限式の魔法って、高度な魔法だし……ちょっと普通じゃないかも」

「大丈夫なのかな……また真紀先輩が何かされたりしないかな?」

「真紀先輩のことは、しばらく藤間先輩が送ってくれるみたいだから……大丈夫だと思うけど……それより、真紀先輩を乗っ取った魔法使いは、どうして真紀先輩にあんな仕掛けをしたんだろう」


「真紀先輩、魔法使いに恨まれるようなことでもしたのかな?」

「どうだろう。怨恨なら、においでわかるけど……そうでもなさそうだし」

「なら、狙いは別にあるってこと?」

「中には人間を弄んで喜ぶ魔法使いもいるから、どうだろう」

「でも、真紀先輩が誰かに乗っ取られていたなら、あれは嘘だったのかな?」

「あれ?」

「真紀先輩が私のことを好きって言ってたでしょ?」

「ああ、あれ……か。どうかな」

「だって、真紀先輩って悪い魔法使いにずっと操られてたんでしょ? 私のことをからかって楽しんでたに違いないよね」

「……そうだね」


「あ! もしかして、奇術部員を混乱させるために真紀先輩を操ったのかな?」

「え?」

「この間、せっかくステージに集めた観客を、奇術部の飲み干し芸で凍り付かせちゃったでしょ? だから、あの場に呼びだされた人が根に持って、仕返しをしに来たとか……」

「仕返しか……そんなレベルの魔法じゃなかったけど」

「そんなレベルって?」

「時限式の魔法を操れる魔法使いなんて、滅多にいないんだよ。もしかしたら、この国に数えるほどしかいないよ」

「だったら、その時限式の魔法を使える人、全員に会ってみたら? 数えるほどしかいないなら、意外とすぐに見つかるんじゃない?」

「時限式の魔法が使える魔法使いか……確かに数人なら、会えばわかるかもしれない。……ただ、真紀先輩を操った人を、どうやって見分ければいいかな」


「そういえば、真紀先輩は占い師に会ったって言ってたよね?」

「そうだね……もしかして、その人が悪い魔法使いかな? だったら、真紀先輩が会えばわかるかな」

「問題は、真紀先輩をどうやって魔法使いたちに会わせるか、だね」

「あ、そっか。真紀先輩は大迫くんが魔法使いだって知らないし、言うわけにもいかないもんね」

「魔法使いじゃなくて、占い師を探してるって言えばいいかな?」

「そうだね。ものは言いようかな」


 くすりと笑う大迫くん。


 けど、次の瞬間、その顔が凍りつく。


「……結菜」

「どうしたの? 大迫くん」

「しばらく動かないで」

「ええ?」


 気づくと私たちは、まるで屍のような人たちに囲まれていた。


 土色の肌に、汚れてズタボロの服を着た男女がゆっくりと近づいてきて、何やらこちらに向かって奇声をあげる。


「あああああああ」


 その異様な光景に、私の足が震えてしまった。


「なにこれ……怖い!」

「真紀先輩の次は、死人アンデッドか」

「ちょっと、来ないで」

「結菜!」


 屍のような人が私に触れそうになったその時、大迫くんは手のひらに素早くボールペンで文字を書いたかと思えば、その手を空に向かって掲げた。


「あなたに幸福を!」


 すると、大迫くんの一言で、屍のような人々が倒れてゆく。


「ああああああああ!!」

 

 悲鳴とともに、塵と化す屍たちの姿を見て、私は心臓がバクバクだった。


「大迫くん」

「だいじょうぶ? 結菜」

「今のはいったい……?」

「大丈夫、全部幻覚だから」

「幻覚?」

「どうやら俺たちは、他の魔法使いの領域にいるらしい」


 大迫くんが周囲を見回す中、少年のような声が響く。


『ふーん。さすがだね』


 クスクスとこだまする笑い声を聞いて、大迫くんは怒声をあげる。


「出てこい! 魔法使い!」

『やなこった〜』


 けど、それ以上、声が聞こえることはなかった。





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