第13話 救うためのキス


「藤間くんは魔法使いなんだよね?」


 藤間ふじまたもつにそう言ったのは、奇術部部長の紺野こんの真紀まきだった。


 たもつは突然のことに動揺しながらも、そうは悟られないようポーカーフェイスを装う。


「それはいったいどういう意味ですか?」

「言葉のままだよ。藤間くんが魔法使いだってことは、もうわかってるから」

「そうですか」

「そうですかって……それだけ?」

「私が魔法使いかどうかなんて、大した話ではありません」

「藤間くんは面白い人だね」


 いつもと違う真紀の様子に、たもつは嫌な予感を覚える。


「私はちっとも面白くないです」


 保が警戒しながら告げると、真紀はおかしそうに笑った。


「まあ、そう言わず……魔法使い同士仲良くしようよ」

「魔法使い同士?」

「俺もあなたと同じ魔法使いだから」

「そんなはずは……私の頭には魔法使いのリストが入ってますから、魔法使いかそうでないかは、わかるはず——」

「じゃあ、そのリストを更新してよ。俺は確かに魔法使いになっているから」

「昨日から? どういうことですか? 魔法使いは一朝一夕いっちょういっせきでなれるようなものでは……」

「でもこうして俺は魔法使いになったんだ。ほら」


 真紀が微笑むと、たもつの体がふわりと宙に浮いた。


 真紀の頭上に持ち上がった保は、それでも焦りを見せずに、淡々と告げる。


「これは……こんな高度な魔法が使えるなんて、聞いてませんよ」 

「これで信じてもらえるかな?」


 真紀が笑みを消すと、保がゆっくりと地面に降り立つ。

 

 わざわざ自分から魔法をひけらかす真紀に、保はいっそう警戒しながら訊ねる。


「……ええ、信じましょう。仮にあなたが魔法使いだったとして、それを私に告げる意味とは?」

「意味? ……俺はただ、あなたに邪魔だけはしてほしくないから……牽制けんせい、かな?」

「邪魔? 結菜さんのことですか?」

「それ以外に何があると言うの?」

「むしろ邪魔なのはあなたでしょう? 大迫様から結菜さんを奪わないでください」

「なんだ、あなたはもっと、ものわかりの良い人だと思ってたけど……」

「ものわかりとはなんですか」

「あなたはまだ自分の立場をわかっていないようだね。これはお願いではないんだ。俺の言うことを聞かなければ、痛い目を見ることになるよ」

「おかしな人ですね。これでも大魔法使いを目指していますから、簡単にはやられませんよ」

「ふふ大魔法使い……か、今どきダサいね」

「ダサかろうが、古かろうが構いません。それよりもさっさとそこをどいてください。私も忙しいので」

「いやだな、藤間くん。このまま普通に帰れると思っているの?」






 ***







「手伝わせてすまなかったな。もう帰っていいぞ」

「はい、失礼しました」


 教師の雑用を手伝うため、居残りをしていた大迫おおさこ啓太けいたは、ようやく解放されたところで、屋上を目指した。


「すっかり遅くなって……藤間先輩、もう帰ったかな? でも、一応確認しておこう」


 階段をのぼっていた最中、異様な気配を察知した啓太は、首を傾げる。


 ——が、途中で透明な壁にぶつかり、啓太は足を止める。


「なんだこれ……結界が張ってある」


 ガラスのような透明な壁を見て、啓太は指を鳴らした。


 すると、透明な壁はシャボン玉のように弾けて消えて——その瞬間、屋上にいた真紀がハッとした顔をする。


「結界が破られたか……あいつが来る」


 真紀まきは目の前のたもつに手のひらを向ける。


 魔法での戦闘でされていた保は、息も絶え絶えに膝をついていた。


「……真紀さん……あなた、なんて力を」

「彼が来る前にさっさと終わらせよう」


 真紀が保に向かって手を掲げた瞬間——階下に繋がる階段から啓太が現れる。


「何をしてるんですか!」

「……ちっ、もう来たのか」


 真紀まきが舌打ちする中、啓太けいたの視線はたもつに向いていた。


「藤間先輩? これはどういう状況ですか」

「大迫様、お気をつけください。この人は部長じゃない」

「なんだ、気づいていたのか」

「あなたはいったい、何者ですか? 部長のふりをして、何をしようとしているんですか?」

「バレたら仕方がないなぁ。今日はこの辺にしておいてあげるよ……ふふ」


 笑顔で告げると同時に、その場に倒れる真紀。


 そんな真紀に啓太が慌てて駆け寄る。


「真紀先輩!」


 冷たいコンクリートの上で健やかな寝息を立てる真紀だったが、その額には四桁の数字が浮かび上がっていた。


「これはなんですか……?」

 

 まるで時をさかのぼるようにカウントされる数字に、たもつは驚いた顔をする。


 だが啓太は、真剣な目で見下ろしていた。


「時限式の魔法だ」

「大迫様、どういうことですか?」

「これは表示されている時間以内に魔法を解かなければ、何か悪いことが起きるかもしれない」

「悪いことですか? たとえば?」

「最悪は寿命が縮まる」

「それは困りましたね。魔法使いが人間の命を縮めたと知れたら、問題になる」

「そうですね。それ以前に、俺は真紀先輩を死なせたくない……けど、どうすれば」

「つまり、部長にかけられた魔法を解けばいいんですよね?」

「そうだけど……何か良い方法を知っていますか?」

「古典的な方法であれば、知っています」

「それは、どうするんですか?」

「お姫様のキスですよ」

「お姫様の? って、まさか……」

「そうです。愛しい人のキスはどんな魔法でも無効化できますから」

「なるほど……結菜のキス?」

「そうなりますね。どうなさいますか? 大迫様がお嫌でしたら、別の方法を……」

「他の方法を探している間にタイムオーバーになる可能性が高いです。だから——」

「結菜さんにお願いするんですか?」

「それしか、方法がないのなら」

「大迫様」

「結菜を探しに行こう」

「……はい」


 保が悲しげに肩を落とす傍ら、倉庫の裏には長谷部はせべあきらの姿があった。


 




 ***






「結菜!」

 

 誰もいなくなった部室を掃除していた私——三木みき結菜ゆいなだけど、ふいにドアが開いて、大迫くんが現れる。


 突然やってきた大迫くんは、とても急いでいるようで、肩で息をしていた。 

 

「あ、大迫くん。どうしたの?」

「良かった、まだ帰ってなかったんだ?」

「生徒会長に仕事を頼まれて、さっきまで手伝ってたんだ」

「生徒会長に?」

「書記の人が風邪でお休みだったんだって」

「へぇ……それより、今ちょっといい?」

「どうしたの? なんだか怖い顔して」


 お通夜みたいな顔をする大迫くんの後ろから、藤間先輩もやってくる。藤間先輩は、いつになく焦ったように私の名を呼んだ。


「結菜さん」

「藤間先輩? 二人ともどうしたの?」

「……実は結菜にお願いがあるんだ」

「なあに?」


 それから私は、真紀先輩の体が知らない魔法使いに乗っ取られていた話を聞いた。


 しかも魔法使いの置き土産で魔法を仕掛けられた真紀先輩を元に戻すには、私のキスが必要だとか。


「真紀先輩にキスって……そんなこと」

「ああ。とても急いでいるから、今すぐお願いしたいんだ」


 大迫くんは急かすように言うけど、その顔は険しかった。


 そんなに大変な魔法なのだろうか。


 ということは、今日の変だった真紀先輩は全部、その魔法使いのせいだったんだ?


「それで悪い魔法が消えるの?」

「うん……たぶん」

「そんなこといきなり言われても……」

「このままだと、真紀先輩は死ぬかもしれない」

「そんな……」

「結菜さん……お願いできますか?」

「……」


 藤間先輩の顔は真剣そのもので、嘘偽りないことがわかった。


 仕方なく私はゆっくりと躊躇ためらいがちに頷く。


「ありがとう、結菜」


 そう言って笑顔を作る大迫くんだけど、その顔はどこか悲しそうだった。

 

「大迫様……」

「早く結菜を真紀先輩の元へ連れて行こう」






 ***






「これって……真紀先輩を……ずっと屋上に放置してたってこと?」


 さっそく真紀先輩のいる屋上にやってきた私たちだけど——見た感じ、真紀先輩はただ眠っているようにしか見えなかった。


「誰かに見られないように、結界を張っていたから大丈夫。結界内は空調もコントロールしてあるから」

「結界……?」

「うん。俺が作った箱の中ってこと」

「すごいね。さすが魔法使い」

「じゃあ、さっそくお願いします」

「わ、わかったから……あっち向いてて。見られるのは恥ずかしいから」

「……わかった」


 それから私は、大迫くんと藤間先輩が背中を向けるのを見届けてから、横たわる真紀先輩の唇にそっと触れた。


 人命救助だと思うと、初めてだということは気にならなかった。


 命がかかっているなら、仕方ない……よね?


 そして、私が触れた直後、真紀先輩の額からは文字が消えて——真紀先輩はゆっくりと目を覚ます。

 

「……え? 結菜?」


 大きく見開いた真紀先輩は、何事かという感じで私や大迫くんを見ながら起き上がる。


 すると、私に背中を向けていた大迫くんや藤間先輩もこちらを振り返る。


「良かった。魔法が解けたんだ」


 ほっと胸を撫で下ろす大迫くんの隣で、藤間先輩はどこか複雑そうな笑みを浮かべていた。


「古典的な方法でも、効果は抜群のようですね」

「どうしたんだ? みんな変な顔して」

「良かった。いつもの真紀先輩だ」

「結菜、どうしたんだ? なんか泣きそうな顔してるけど」


 何も知らない真紀先輩は不思議そうな顔をしていた。


 そのいつもの様子を見て、私も安堵の息を落とす。


「ううん、なんでもないんです。いつもの先輩に会えて嬉しいだけ」

「変な結菜だな……それにしても、俺はどうしてここに?」

「屋上で倒れてるところを見かけたから、心配したんですよ」

「おかしいな……俺、学校帰りだったはずなんだけど」

「え?」

「学校帰りに変な占い師に会って……そこから記憶がない」

「占い師? 魔法使いじゃなくて?」


 訊ねると、真紀先輩は頭を掻きながら告げる。


「ああ、俺の恋を応援するとかなんとか言われて」

「先輩の恋を?」

「……うん、よくわからないけど」


 恥ずかしそうに言葉を濁す真紀先輩の傍ら、藤間先輩は困惑した顔をする。


「どう思います? 大迫様」

「占い師……か」


 そう言って大迫くんは、鋭い目を真紀先輩に向けた。







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