第12話 いつもと違う先輩

 学園祭まであと三日。


 私——三木みき結菜ゆいなが相変わらずお茶汲ちゃくみみたいなマネージャー活動をする中、トランプを切っていた長谷部くんがふと呟く。


「あーあ、目標がないとやる気が出ないな」

「そんなこと言わないでよ、長谷部くん。受験を控えた真紀先輩と違って、私たちには来年もあるんだから」

「どうせ俺には来年なんてないよ」

「真紀先輩もいじけないでください。今年の活動がまだ残ってますよ」


 ちょっとしたことでいじける真紀先輩をなんとか励ましていた私だけど——そんな時、ドアの方から落ち着いた声が聞こえてくる。


「ステージが欲しいなら、近くの老人ホームでボランティアでもすればいい」


 声の主は、いつの間にか部室にいた生徒会長だった。

 

 ていうか、生徒会室に入る時はノックとかうるさいのに、奇術部室には音もなく現れるよね。


 そう思いながらも、私はあえてツッコミは入れずに訊ねる。


「ボランティアってなんですか?」

「ああ、校長に慰問交流いもんこうりゅう打診だしんがあってな、お前たちに頼みにきたんだが……どうだ? やってみないか?」


 慰問交流いもんこうりゅうという言葉に、部員たちは顔を見合わせる。その顔は困惑というより、ステージができるチャンスに興奮している雰囲気だった。


 すると、真紀先輩も急に調子を取り戻して、誰となく声をかける。


「俺は別に構わないですが……みんなはどう思う?」

「私はいいと思います!」

「無観客のステージよりは百倍マシだ」


 長谷部くんもにこやかに賛成する傍ら、藤間先輩は大迫くんの顔色をうかがっていた。


「大迫様が良いなら、私も賛成です」

「俺もいいと思います」


 そして最後に大迫くんもOKして、生徒会長は満足げに頷く。


「じゃ、決定だな。校長には俺から話しておく」

「ありがとうございます、生徒会長」

「こちらこそ、だ。じゃあな」


 それから生徒会長が静かに去るのを見届けたあと、私は真紀先輩に告げる。


「真紀先輩、良かったですね。今度こそ観客のいるステージで披露できますよ」

「ああ。いまから練習しておかないとな——素振りから始めるぞ!」

「……はい、先輩」


 気合いを入れる真紀先輩に比べて、大迫くんは浮かない顔で頷いた。


 そのいつになく暗い様子に、長谷部くんが声をかける。


「なんだ大迫、元気がないな」

「……そうかな?」

「もしかして、この間のステージで、せっかく呼んだ観客が帰ったこと、気にしているのか?」

「……そうじゃないけど」

「元気だせよ。誰にだって上手くいかないことはあるんだから」

「……そうだね」


 長谷部くんが元気づけてくれたけど、それでも大迫くんはなんとなく納得のいかない顔をしていた。


 私が大迫くんの様子を気にする中、真紀先輩が唐突に告げる。


「それはそうと、もうすぐ学園祭だが……結菜はどうするんだ?」

「学園祭ですか?」

「良かったら……俺と一緒に回るか?」

「それなら大丈夫です。大迫くんが一緒に回ってくれることになったので」

「大迫くんが?」

「はい」

「……ずるい」

「え?」

「俺も結菜と一緒に回る」

「先輩? 先輩は友達と回るんじゃ?」

「いや、俺も結菜と回りたい」


 突然、子供のように駄々をこね始めた真紀先輩に、私が困惑していると——素振りをしていた大迫くんもこちらにやってきて、譲らない様子で強く告げる。


「でも、俺が先に約束しましたから」


 真紀先輩と大迫くんが睨み合う中、長谷部くんが「おお」と謎の声をあげる。


 でも、このまま雰囲気が悪くなるのも嫌だし、私は思い切って提案する。 


「だったら、三人で回ろうよ!」


 私の言葉に、真紀先輩と大迫くんは同時にこちらを振り返った。


 みんなで学園祭回るのも、きっと楽しいよね。


 私が二人の答えを待っていると、近くにいた藤間先輩も挙手をする。

 

「なら、私もご一緒してよろしいですか?」

「藤間先輩もですか? どうぞどうぞ」


 私が笑顔で答えると、傍観していた長谷部くんが何やら口の中でブツブツと呟く。


「藤間先輩は大迫のために真紀先輩を蹴落とすつもりだな。俺は誰の味方でもないが……ややこしいことになる前に藤間先輩を止めないと」


 長谷部くんの言葉が聞き取れなくて、何を言っているのか訊ねようと口を開きかけたその時、長谷部くんも手を挙げた。


「俺も一緒に行っていいか?」


 なるほど、長谷部くんも一緒に行きたかったんだね。


「いいよ! 結局、みんな一緒だね」


 いつものメンバーで学園祭を回ることになって、私がなんとなく安心する中、真紀先輩はなぜか肩を落としていた。






 ***






 奇術部の部活動を終えたあと。


 紺野こんの真紀まきは暗い道路橋を歩きながらため息を吐く。


 本当は結菜と二人で学園祭を回るつもりだったが、予定が狂ってしまい、憂鬱な気持ちで帰り道を歩いていた。


「……少し前までは、俺だけの結菜だったのに……奇術部に人が増えたのは嬉しいが、複雑だ」


 などと不満を口にする真紀だったが——その時、ふいに黒い布をかぶった怪しい人間が向かいからやってくる。

 

 真紀が警戒していると、年齢も性別もわからないその相手は、真紀に向かって口を開いた。


「……あなた、真紀さんですね」


 真紀よりほんの少し高い声。少年の声だった。


 深くかぶった布から見える口元は、笑っているように見えた。


 真紀はますます警戒して訊ねる。


「は? 誰だ? あんた」


 すると、相手は笑いを含んだ声で告げる。


「通りすがりの占い師です」

「は? 占い師?」

「ええ。あなた今……恋をしているんじゃないですか?」


 言いながら、じりじりと近づいてくる黒い布の少年に、真紀は怪訝な顔をする。


「恋? なんのことだ?」

「無自覚なのですね。まあいい、私が手を貸しましょう」


 自称占い師は、それだけ告げると、真紀の額に手をかざした。






 ***






 ——翌朝。


 寝坊してしまった私——三木みき結菜ゆいなは、食事を抜いて飛び出した甲斐あって、なんとか始業までに教室に滑り込んだ。


「良かった。なんとか間に合った」


 思わず私が机に突っ伏していると、そこへ明美あけみがやってくる。


「珍しいね。結菜がギリギリの時間に来るなんて」

「うん。昨日ちょっと夜更かししちゃって」

「そっか……それよりさ、今朝、面白いもの見たよ」

「面白いもの?」

「結菜は今日も部活動あるよね?」

「うん、あるよ」

「だったら、部室で見られるよ」

「何が?」

「面白いものだよ……いや、面白い人か」

「奇術部員はみんな面白いよ」

「そうじゃなくて……まあいいや。私はあえて言わないでおくよ」

「……変な明美」




 そして放課後になり、私は明美から聞いた言葉を思い出しながら奇術部室に向かった。


「明美が変なこと言ってたけど……なんだろう」


 でも奇術部員が変なのはいつものことだし、私はあまり気にせず部室のドアを開ける。


 すると——。


「こんにちは……」


 そこには、妙にキラキラした真紀先輩の姿があった。


 キラキラと言っても、発光しているわけじゃなくて——今日の真紀先輩はなんだか髪の毛がサラサラで、制服もきっちりと着こなしているから、雰囲気がいつもと違って見えた。


 その変貌ぶりに私が驚く中、真紀先輩は顔をぱあっと輝かせてこちらにやってくる。


「結菜!」

「へ?」

「会いたかった」

「せ、先輩!? どうしたんですか? その頭」

「結菜は嫌いか? この髪型」

「そんなことはないですけど……なんだか雰囲気が変わりましたね」

「そうかな? 外側は変わっても、俺が結菜を好きなことは変わらないよ」

「な、な、な、ななな」

「どうしたの? 結菜、真っ赤な顔して」

「せ、先輩? 今なんて……」

「今更だろう? 俺が結菜を好きなのは、生まれる前から決まっていたことだから」

「えっと……本当に真紀先輩ですか? 大丈夫ですか? 頭でも打ったんですか?」

「冷たいなぁ、結菜は。そんなところも好きだけど」

「はい?」


 何があったのだろうか。先輩のいつもと違う様子に、若干ひいていると、長谷部くんがやってくる。


「ちょっと先輩、アピールはいいけど、三木がドン引きしてますよ。何かあったんですか?」

「ドン引き? どうして? 俺は思っているままに伝えているだけだけど」

「それが先輩らしくないって言ってるんですよ」

「俺らしくない? じゃあ、俺ってどういう人間なの?」

「え?」

「他の誰かに取られるのを見ているだけでいいなんて思わないけど?」


 先輩の言葉に、何がなんだかわからず狼狽えていると、部室のドアがガラガラと開く音がする。


「こんにちは」

「あ、大迫くん!」

「どうしたの? みんな変な顔して」

「いや、あのね……ちょっと先輩の様子がいつもと違ってて……」

「先輩?」

「真紀先輩だよ」


 私が大迫くんに告げると、大迫くんはふと周囲を見回して怪訝な顔をする。


「この教室、なんだか毒々しい空気が漂ってるね……」

「どういうこと?」

 

 大迫くんがいつになく険しい顔をする中、そんな大迫くんに真紀先輩はゆっくりと詰め寄る。


「この際だから言っておくけど、結菜は俺のだから。横取りするなよ」


 真紀先輩の言葉にさっと青ざめた私は、思わずツッコミを入れる。


「は? 先輩、何言ってるんですか! 私は誰の物でもないです!」


 すると、長谷部くんも呆れた顔をする。


「真紀先輩、さすがに今の発言はよくないですよ」

「自分の物を自分の物と言って何が悪いの?」

「ダメだ、この人……話が通じない」


 私が頭を抱えていると、大迫くんもいさめるように告げる。


「先輩、結菜が困ってますよ」

「なんだよ、邪魔するなよ大迫くん」

「邪魔っていうか、いつも優しくてカッコいい先輩が変ですよ」

「なんだと?」

「ちょっと、喧嘩はダメだよ」

「こいつが変なことを言うから」

「変なのは先輩ですよ」


 大迫くんがまっとうな指摘をする中、藤間先輩はそんな大迫くんにそっと耳打ちした。


「ちょっと大迫様、よろしいですか?」

「え?」


 そして藤間先輩は大迫くんに何か告げたあと、教室を出て行ったのだった。






 ***






「大迫様……遅いですね」


 十一月中旬にもなると夜になるのは早く、すでに赤焼けは暗い色に変わろうとしていた。


 大迫おおさこ啓太けいたを呼び出した藤間ふじまたもつは、肌寒い屋上で十五分ほど待っていたが、啓太はいっこうに現れず。


 そろそろ帰ろうかと考えていたところ、ようやく階下から足音が聞こえて安堵の息を吐く。


 だが——。


「待たせたね」


 現れたのは、なぜか奇術部部長の紺野こんの真紀まきだった。

 

「? え……部長?」

「藤間くん、大迫くんと何を話すつもりだったんだ? もしかして俺のこと?」

「どうしてあなたがここに」

「大迫くんなら、来ないよ。先生に仕事を頼まれてたから」

「……なら、私はあなたに用はありませんので、失礼しま——」

「藤間くんは魔法使いなんだよね?」


 真紀の言葉に、たもつは大きく見開いた。








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