第11話 そして誰もいなくなった


 学園祭まであと五日。


 ほとんどのクラスが学園祭の準備に励む中、奇術部もマジックの練習をしていた。


 そんな中、部室の窓から見えるハナミズキの赤を、私——三木みき結菜ゆいながぼんやりと眺めていると、ガラガラと教室のドアを開く音がする。


 部室にやってきたのは、生徒会長だった。


「予定より時間はかかったが、ステージを設置したぞ」


 その言葉に、奇術部員たちは喜んで手を叩いた。


 私もなんとなくホッとしていると、一番嬉しそうな真紀先輩が拝むように告げる。


勇吾ゆうご先輩、ありがとうございます」

「生徒会長と呼べ」

「生徒会長!」

「舞台の強度を確認したいから、飛んだり跳ねたりしてもかまわんぞ」


 生徒会長がプリントを確認しながら告げると、大迫おおさこくんが嬉しそうに頷いた。


「じゃあ俺、先に準備しますね」

「え? 準備?」


 訊ねると、大迫くんは周りに聞こえないよう小声で言った。


「魔法を使いたいから、俺だけ先に行きたいんだ」

「うん、わかった」


 それから大迫くんはみんなに聞こえるように声を張り上げる。


「俺、先に人を集めてくるから、みんなは少し待っててほしいんだ」

「客寄せなら手伝うぞ」


 真紀先輩の申し出に、大迫くんはかぶりを振る。


「俺一人で大丈夫です。知り合いばかりなんで……先輩たちはマジックの練習をしてください」

「じゃあ、三木も行ってやれよ」


 長谷部くんに言われて、私は目を瞬かせる。


「え?」

「三木はとくに練習することもないだろ?」

「そうだね。わかった」

「長谷部くんはなかなか、気が利きますね」


 怪しい笑みを浮かべる藤間先輩に、長谷部くんは苦笑する。


「俺はただ、手の空いてそうな三木を選んだだけだ」

「こらそこ、無駄口たたいてないで練習するぞ」

「はーい」


 気合いの入った真紀先輩を見て、長谷部くんと藤間先輩は小道具の準備を始めた。






 ***






「なんだか思ってたステージと違う……」


 学園祭で使われるステージにやってきた私と大迫くんだけど、その圧倒的な存在感にポカンと口を開けた。


 至る所にライトが設置された大きな野外ステージは、アイドルが歌って踊りだしそうな雰囲気があった。


「なんだか明るいステージだね」

「明るいっていうか、派手すぎない? 生徒会の予算ってすごいんだね」

「じゃあ、とりあえず友達を呼ぶから、他の人に見られないよう、結菜は見張っててほしいんだ」

「さっそく魔法を使うの?」

「そうだよ」

「わかった。誰かに見られたら大変だもんね」

「うん」


 大迫くんは小さく頷くと、ステージに上がって呪文のようなものを唱え始める。


 歌のように紡がれる呪文に、心地良さを感じながら耳を傾けていると——そのうち、ドーン、と大きな破裂音が空から聞こえた。


 何事かと見上げると、そこには大輪たいりんの花火が上がっていた。


 昼間でも不思議なほどハッキリと見える花火に、私は目を丸くする。


 そして無数の花火が散った後、視線を落とすと——いつの間にか周囲には大勢の観客がいて、年齢も性別もさまざまな人たちが、楽しそうにお喋りをしながらステージを囲んでいた。


 その数、ざっと百人はいるだろうか。


「嘘! この人たち、みんな大迫くんの友達なの?」

「そうだよ。地元から呼び出しちゃった」

「地元って……」

「それは秘密」

「でもこれで、真紀先輩も喜ぶね」

「まだ人を集めただけだし……マジックを頑張らなきゃ意味ないよ」


 そう言いながらも、嬉しそうな顔をする大迫くん。


 そこへ、奇術部員たちがぞろぞろと舞台袖にやってくる。


「おい、何がどうなってるんだ……?」


 ステージの観客席を見て、真紀先輩は驚いた顔をしていた。


「真紀先輩! もう来たんですか?」

「花火の音が聞こえて、気になって来たんだ」


 そういえば、花火なんてあげて——先生や生徒会長がビックリしないのかな?


 ちょっとだけ心配になったけど、大迫くんは気にしていない様子なので、私も気にしないことにした。


「真紀先輩、早くマジックを披露しましょう。みんな待ってますよ」

「本当にこれみんな、大迫の友達なのか?」


 長谷部くんも目を丸くして観客席を見ていた。


 そりゃそうだよね。突然、これだけの人数が現れるなんて、不思議に決まってるし。


 すると、大迫くんは張り切って告げる。


「そうだよ。みんなマジックを楽しみにしてるよ」

「ちょっとハードル上げすぎじゃないか?」


 長谷部くんの言葉に、私も頷く。


「……私まで緊張してきちゃった」

「結菜は何も考えずに、最前列で座ってたらいいから」

「そのつもりですが……大丈夫ですか、真紀先輩?」

「ああ、もちろん。何度も練習したし、失敗はしないと思う」


 真紀先輩は自信ありげだったけど、長谷部くんは心配そうな顔をしていた。


「……もう本番だしな。俺がどうこう言っても仕方ないか」

「長谷部くん、どうしたの?」

「ちょっとな……」

「この期に及んで逃げるなよ、長谷部くん」


 真紀先輩の言葉に、長谷部くんはため息を落とす。

 

「今すぐ逃げたいけど、我慢します。赤っ恥をかくのはみんな一緒ですから」

「赤っ恥とはなんだ! さあ、ショータイムだ!」


 それから私は、真紀先輩に促されて、最前列で見守ることになった。


「まずは軽くウォーミングアップだ。みんな、準備はいいか?」


 真紀先輩がステージに出ると、大迫くんや藤間先輩もそれに続いた。


「はい!」

「もちろん」

「……」


 けど、長谷部くんだけは憂鬱な足取りでステージに進む。


 ……なんだか嫌な予感しかしないんだけど。


「さあ、みんなでコップを飲み干すぞ!」


 その真紀先輩のかけ声に、私は思わず「へ?」と変な声が出た。


 そして予感は的中した。


 観客たちがキラキラした目で見守る中、部員たちはいっせいにコップに入った水を飲み干すと——。


「はい、これで中身がなくなりました!」


 真紀先輩がドヤ顔で告げた。


 ————静まり返る会場。


 あまりの寒さに、会場全体が凍っているように見えた。


 しかもさすが魔法使いの友達である。


 一瞬で現れた観客たちは、一瞬で姿を消したのだった。


「え? あれ? 一瞬で誰もいなくなった……」


 全く状況を理解できていない真紀先輩が瞠目する傍ら、長谷部くんは泣きそうな顔をしていた。


「だから、最初にこれをやるのはやめたほうがいいって言ったのに」

「まだこれから、大きな仕掛けのマジックがあったのに……」


 マジックはたくさんあるはずなのに、どうして最初にアレをしようと思ったのだろう。

 

 あまりの寒さに私まで震えてしまう中、大迫くんさえもわかっていないようで——きょとんとした顔で観客席を見ていた。


「みんな、どうしていなくなったんだろう」

「おそらく、これから行われるマジックに恐れをなして去ったのだと思います」


 藤間先輩のフォローに、大迫くんは「なるほど」と納得していた。


 これからもっと寒いマジックがあるかと思うと、確かに恐れをなして帰った可能性もあるよね。


 そんな風に思っていると、長谷部くんがズバリ言った。


「いや、単にドン引きしただけだろ」


 けど、大迫くんは諦めない様子で、真紀先輩に訊ねる。


「どうしますか? また人を集めますか?」

「いや……結菜がいるからいいよ。このまま続けよう」


 真紀先輩の言葉に、長谷部くんは呆れた顔をする。


「それじゃあまるで、三木のためにマジックをやるみたいですね」

「おかしいか?」

「この部長は……天然なんでしょうか」


 藤間先輩の呟きは、ため息とともに消えた。


 こうして観客はいなくなってしまったけど、奇術部員たちはただ一人の観客——私のためにマジックを披露したのだった。




「——そもそも、私は練習風景を見てるから、どんなマジックか、だいたいわかってるんだけど」


 ショーが終わって、マジックの小道具を片付けながら、私は思わず呟く。


 すると、真紀先輩は「約束は約束だから」と満足げに告げる。


「私はみんなの頑張りを知ってるから、大勢の前でマジックが見たかったです」

 

 私が大きなため息を落とすと——どこからともなく拍手が聞こえた。


 ステージの脇から現れたのは、生徒会長だった。


「生徒会長」


 真紀先輩が声をかけると、生徒会長は拍手の手を止めて微笑む。


「よくやったな。学園祭当日じゃないのが惜しいくらいだ」

「いいんですよ。もともと自己満足のために作った部ですから」

「だが、他の部員は不完全燃焼という顔をしているぞ」


 生徒会長が指摘すると、長谷部くんは不満を口にする。


「そりゃ、観客のいない舞台なんて、つまらないものはないですからね」

「――それで、火器を扱うにあたって、消防署にはちゃんと連絡はしたのか?」


 生徒会長の言葉に、真紀先輩は目を瞬かせる。


「消防署? さっきの花火は生徒会長が用意したものじゃなかったんですか?」

「消防署?」

 

 大迫くんが首を傾げるのを見て、私は小声で訊ねる。


「もしかして大迫くん……花火を打ち上げること、消防署に連絡してなかったの?」

「あれは魔法使いを呼ぶおまじないだから、魔法使いにしか見えないようにしたよ」

「でも、真紀先輩や生徒会長は見えてたみたいだよ」

「たまに見える人もいるから」


 私と大迫くんがヒソヒソと話し合う傍ら、生徒会長が怒り気味に声をあげる。


「おい、さっきの花火を用意したやつは誰だ?」

「……生徒会長、怖い顔してるよ。どうするの?」


 私が心配していると、大迫くんは藤間先輩の方に声をかける。


「藤間先輩、記憶を操作するのは得意ですよね? 生徒会長の記憶から花火を消してください」

「え? 悪い魔法は使ってはいけないと、大迫様がおっしゃったのでは?」

「今回だけです」


 その堂々と反則技を使おうとする大迫くんに、私は苦笑するしかなかった。


「わかりました。――さあ、生徒会長。花火のことなら、あちらでお話ししましょう」


 藤間先輩が舞台袖を指し示すと、生徒会長は訝しげな顔をしながらも、素直に従った。

 

「お前があの花火を打ち上げたのか?」

「今はそういうことにしておいてください」






 ***






 ステージでのショーが終わった帰り道。


 古い街並みを一緒に歩く大迫くんは、いつになく無口だった。


 何かを考え込む大迫くんはなんとなく声をかけづらくて、最初は私も黙っていたけど——そのうち静けさに耐えられなくなった私は、おそるおそる口を開いた。

 

「……マジックショーの舞台、残念だったね。せっかく人が集まったのに……あの人たち、みんな大迫くんの友達なの?」

「友達もいるし、そうじゃない人もたくさんいたよ」

「友達じゃない人まで、どうして集まったの?」

「魔法使いを呼び寄せるための花火だから、知人も、そうじゃない人も引き寄せられたんだ」

「じゃあ、何かあった時は花火を使えば助けが来るの?」

「そういう使い方もあるけど、今回のことで……次はもう来てくれないかも」

「だから水を飲み干す芸はやめたほうがいいって言ったのに」

「……真紀先輩は最初から結菜だけに見て欲しかったのかもしれない」

「え? どういうこと?」

「最初から、観客を散らすためにあのマジックを披露したんだと思う」

「どうして……」

「きっと、真紀先輩は結菜のことが……」

「え?」


 その時、強い風が吹いて、私は慌てて髪を押さえた。


「大迫くん? ごめん、よく聞こえなかった」

「ごめん、ちょっと頭冷やしたいから先帰るよ」

「え、ちょっと!」


 そして大迫くんは早足で先に帰っていった。







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