第8話 部員募集



「でさ、真紀先輩が学園祭でやる手品をなかなか決めないから、とうとう長谷部くんが……」


 とある木曜日のお昼休み。


 私——三木みき結菜ゆいなが必死になって奇術部の話をしていると、向かいに座る友達の明美あけみがなぜか大きなため息を落とした。


「……」

「どうしたの? 明美。黙りこんじゃって」

結菜ゆいなはまだ奇術部にいるんだよね?」

「まだっていうか……なんとなくマネージャーしてるよね。それがどうかした?」

「実はさ、真紀先輩が女子の入部をことごとく断ってるって聞いたから……結菜は大丈夫かなと思って」

「真紀先輩が女子の入部を断ってるの?」

「そうだよ。ペンで素振り百回できたら入部してもいい、なんて振り文句で……」

「いや、それは振り文句じゃなくて、先輩本気なんだよ」

「そうなの? でも噂になってるよ。結菜と真紀先輩ができてるって」

「はあ? なんでそうなるの?」

「だって、マネージャーだけ免除されるんでしょ? 素振り百回」

「まあ……そうだけど」

「だから、結菜だけ特別扱いなんてズルいって言われてるよ」

「え、なにそれ」

「結菜のことだから、断れないままズルズルいるんだろうけど、気をつけたほうがいいよ。なまじイケメンばっかの奇術部だし」

「わかった。教えてくれてありがとう」

「女子が一人だと注目を浴びるから、私の名前だけでも貸そうか? 私今のところ帰宅部だし」

「気持ちはありがたいけど、迷惑かけるかもしれないし……」

「水臭いなぁ。迷惑だなんて」


 明美が不服そうな顔をする中、背中から足音が近づいてくる。


「明美もイイコだね」


 大迫おおさこくんだった。


 最近、隣のクラスの長谷部くんとお弁当を食べている大迫くんは、教室に戻ってきたばかりのようだった。


 そんな大迫くんに、明美は釘を刺すように告げる。


「大迫くんからも、部長にそれとなく言っておいてよ」

「何を?」

「結菜だけだと負担になるから、もう一人くらい女子を奇術部に入れたほうがいいって」

「うーん……わかった」






 ***






「というわけで、結菜が女子から嫌な視線を浴びないように、もう一人女子を入部させるぞ」


 放課後の奇術部室で、真紀先輩が最初に言った言葉はそれだった。


 どうやら大迫くんが、明美が言ったことをそのまま報告したらしい。部室はなんだか複雑な雰囲気になっていた。


「女子が増えることに問題はないけど、三木はそれでいいの?」


 長谷部くんの言葉に、私は苦笑して頷く。


「私は構わないよ。ていうか、私一人だけ女子っていうのは目立つみたいだし、増やしてほしいかも」

「そうか。じゃあ、今から入部テストをしてもらおう」


 真紀先輩の提案に、私は目を丸くする。


「入部テストですか?」

「ああ。藤間先輩が入ってから、入部希望者が殺到しているんだよ」

「申し訳ありません、部長。私がハンサムなばかりに」


 藤間先輩は申し訳なさそうに言うけど、その顔はどこか自慢げだった。


 確かに藤間先輩はイケメンだけど、きっと女子の狙いは藤間先輩だけじゃないよね。奇術部は綺麗な男の子ばかりだし。


 なんて思っていると、真紀先輩が頭を掻きながら告げる。


「じゃあ、入部希望者の中から新しいメンバー決めるから、俺は部活休むわ」

「先輩だけで大丈夫ですか?」


 私が心配になって訊ねると、真紀先輩は胸を張って見せる。 


「これでも人を見る目はあるつもりだから、俺一人でじゅうぶんだよ。お前たちは学園祭のことだけを考えておいてくれ」

「わかりました」

「あと、ペンの素振り百回も忘れずにな、大迫」

「はーい」

「本当に大丈夫かなぁ」






 ***






「奇術部の志望動機を教えてください」

「えっと、やっぱり綺麗な顔かな?」

「顔だけですか?」

「顔だけです」

「……」


 非常階段の踊り場を会場に、奇術部の入部面接を行なっていた真紀だが、集まった女子にまともな動機の人間はいなかった。


 それでも結菜のためだと思い、真紀は列をなす女子たちに次々と声をかける。


「奇術部の志望動機を教えてください」

「マジックとは、古代ペルシアの祭司階級であるマゴスが語源で、始まりは紀元前……」

「お、詳しそうだね。……長くなりそうですか?」

「古代エジプトのベニハッサン村がなんたらかんたら」

「……」


 それから女子生徒の口上こうじょうは三十分続いたのだった。




「……これはひどいなぁ」


 結局、一人もまともな部員を見つけられなかった真紀は、階段の踊り場で大きなため息を吐いた。


 結菜のために女子生徒を入部させたいとは思うもの、これでは部員だけでなく結菜もストレスが溜まるだろう。

 

 そう思うと、入部させようという気にはならなかった。


 そしてこれ以上面接をするか否かを考えていた最中、結菜が缶ジュースを片手にやってくる。


「先輩……大丈夫ですか?」

「ああ、結菜。今日は結菜が女神に見えるよ」

「そういうこと言うから、誤解されるんですよ」


 苦笑する結菜の顔に、真紀が手を伸ばす——が、触れる寸前で、大迫の声が響いた。


「結菜!」

「大迫くん? どうしたの?」


 嬉しそうな顔をしてやってきた大迫に、結菜は目を丸くする。


 大迫は両手を広げて結菜に説明した。


「分断のマジックが成功したから、結菜にも見てもらいたいんだ」

「わかった」

「じゃ、そういうことで……先輩、がんばってくださいね」

「あ、ああ……」


 それから颯爽と階段をおりる大迫と結菜の背中を、真紀は複雑な顔で見つめていた。






 ***






 部活が終わって、やや暗くなった帰り道。


 私——三木みき結菜ゆいな大迫おおさこくんは、いつものように古い街並みを抜けて、住宅街を歩いていた。


「今日はすごかったね。段ボールであそこまで出来るなんて……さすが長谷部くん」

「長谷部はすごいな。俺も頑張らないと」

「あとは部長に見てもらうだけだね」

「きっと部長なら、すぐにOKくれると思う……結菜が大丈夫って言えば」

「私が言えば?」

「そうだよ。真紀先輩は結菜の言うことなら聞いてくれるし」

「そんなことないよ。真紀先輩は天邪鬼あまのじゃくだから」

「そうかな……」

「大迫くん、今日はどうしたの? らしくないよね」

「らしくないかなぁ」

「大迫くんは奇術部の話をするとき、いつも楽しそうなのに、今日は元気ないよね」

「俺にもよくわからないけど、最近、真紀先輩と結菜を見てると……こう、胸がぎゅっとなるんだ」


 大迫くんは言って、胸のあたりに拳をつくる。


 それはきっと、寂しいからだよね。


「……大迫くんも仲間に入りたいからじゃない?」

「そうなのかな?」

「きっとそうだよ」

「そっか」

「私に遠慮なんかしなくていいんだよ」

「遠慮……しなくていいの?」

「うんうん」

「わかった。これからは遠慮しないことにするよ」

「そのほうが大迫くんらしいよ」


 すると、大迫くんがあまりに綺麗な顔で笑うから、私は少しだけドキドキしてしまった。






 ***






「あの二人……なかなかもどかしいですね。心を操る魔法があれば、もっと素直にさせられることができるのに! じれったい」


 帰宅途中の結菜ゆいな大迫おおさこを少し離れた場所から見つめていた藤間ふじまは、口惜しそうにハンカチを噛む。


 大魔法使いの下僕しもべになったことを自負する藤間は、大迫のために動くことがいつの間にか喜びとなっていた。


 なので、大迫の変化にも反応し、こうやって何かできないかと息巻いているのである。


 そんな風に電柱の陰から見守る藤間だが——そこへ、たまたま通りかかった長谷部がやってくる。


「藤間先輩、何やってるんですか」

「やー、長谷部くんではありませんか」

「大迫たちを尾行してどうするつもりですか」

「尾行ではありません。帰り道を見守っているだけです」

「それを尾行と言わずしてなんだよ」

「ああ、そんなことを言っている間に、大迫様たちがいなくなったではありませんか」

「大迫のことは放っておいてやれよ」

「長谷部くんもお気づきなのですか?」

「まあね。真紀先輩に従順かと思いきや、たまに嫉妬でギラギラしてるし、気づかないほうが無理だろ」

「では、どうすれば結菜さんの心を動かせるのでしょう」

「三木が恋愛に興味持つまで待つだけだろ」

「結菜さんは真紀先輩のことをどう思っているのでしょうか」

「さあな」


 はぐらかすように言って立ち去った長谷部を見て、藤間もしぶしぶ尾行をやめたのだった。






 ***






 ——翌日の放課後。


 奇術部室にやってきた私は、真紀先輩にさっそく訊ねる。


「先輩、新しい部員は決まりましたか?」

「それが……まともなやつがいなくて、二十人全員却下した」

「二十人!? 一人くらい、普通の人がいたんじゃ……?」


 私が驚いて見開く中、長谷部くんも訊ねる。


「真紀先輩の普通ってなんですか?」

「もちろん、結菜のように良い子を探したよ」


 その言葉に、長谷部くんは何やら口の中でボソボソと呟く。


「こりゃ、ダメだな。好きな子を基準で考えたら、他の人間は落ちるに決まってる」

「どうしたの? 長谷部くん」

「いや、なんでもない。そんなことより真紀先輩、少しだけ妥協しませんか?」

「これも奇術部の明るい未来のためだ」

「奇術部がいくら部活になったからって、調子に乗ってたらまた同好会に戻りますよ」


 長谷部くんが厳しいことを告げると、真紀先輩は笑いながら話を変えた。


「それより、分断のマジックが成功したって聞いたけど、どんな感じだ?」

「ああ、先輩も見てくださいよ。大迫と藤間先輩がそれぞれ別の箱に入って、胴体が分断されたように見せかけるんです」

「おお! 大作だな。俺に見せて——」


 真紀先輩が目を輝かせる中、どこからともなく低い声が響く。


「おい」


 気づくと、真紀先輩の後ろに生徒会長が立っていた。


「お、生徒会長」

「良い報せと、残念な報せ、どちらが先がいい?」

「急になんですか」

「せっかく俺が出向いてやったのに、なんだその言い草は」

「なんだか嫌な予感がするけど……良い報せを先に教えてください」


 真紀先輩がごくりと固唾を飲み込むと、生徒会長は不敵に笑う。


「ああ。良い報せだが……この学校のOBが手品グッズや教本を寄付してくれるらしい」

「え? 手品グッズを?」

「そうだ。これで人前に出ても恥ずかしくない手品ができるだろう」

「良かったですね、先輩」

「ああ。これで学園祭は——」

「それで悪い報せだが、学園祭のステージは残念ながら落ちたぞ」

「……」

「俺のせいじゃないからな、じゃあ、俺からはそれだけだ……」


 生徒会長の足音が遠ざかる中、部室は静まり返っていた。





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