第7話 禁忌の魔法
今日も楽しい放課後の奇術部室。
ようやく同好会が、部に昇格したのは良かったけど……。
「——で、学園祭では何を披露するんですか? 脱出マジックはもうしないですよね?」
私——
「ああ……実は、脱出マジックで失敗したこと、生徒会長にバレてこっぴどく叱られたんだ」
「ですよね。なるべく安全なマジックがいいと思います」
「じゃあさ、人が消えるマジックなんてどうだろう?」
「人が消えるマジックですか?」
「ああ。人で壁を作って、散らばった時に消えるんだ」
「想像がつきません」
「なら、やってみようか」
「今からですか?」
「結菜に俺たちの実力を見せてやるよ」
それから真紀先輩は机をどけた教室の中心に、奇術部員を集めた。
「まず人で壁を作るか」
「真紀先輩、壁を作るには、奇術部員だけだと人数が少なくないですか?」
心配そうな
「だから助っ人を頼んである。おーい、入って来いお前たち」
真紀先輩が教室の外に声をかけると、見知らぬ男子生徒たちがぞろぞろとドアから入ってくる。
「真紀先輩、俺たちは何をすればいいんですか?」
集まった十数人ほどの男子生徒たちは、真紀先輩に指示を仰いだ。
すると、真紀先輩は教室を横切りながら説明する。
「君たち、ここで壁になって並んでくれ」
「壁? こんな感じでいいですか?」
「ああ、いい感じだ」
横に整列した男子生徒たちを見て、真紀先輩は満足げに頷くと、さらに告げる。
「次は消えてもらう人間だけど……前回は
「俺ですか?」
「さあ、壁の後ろに行ってくれ」
「はーい、スタンバイできました」
人で出来た壁の後ろから頭だけのぞかせる長谷部くん。
なんだかすでに嫌な予感しかしなかったけど、真紀先輩は嬉しそうな顔をしていた。
「じゃ、壁のみんなは散らばってくれ。それで長谷部くんは一番大きなやつに隠れて、一緒に散らばるんだ」
「……」
人の壁が左右に散ると、長谷部くんは大きな人の後ろに隠れていなくなる。
それからバラバラになった男子生徒の中に、長谷部くんの姿は見えなかった。
「おお、いい感じだな。長谷部くんがいなくなった!」
手を叩いて喜ぶ真紀先輩。
えーっと、これは……。
「あの……これはどこから突っ込めばいいんでしょうか」
ただ人に隠れて移動しただけの長谷部くんを見て、私が動揺していると、大迫くんが感動したように声を上げる。
「さすが先輩です。見事なマジックですね」
「ほんとに!? ほんとにそう思う!? ——じゃあ、長谷部くんはもう出てきていいぞ」
大迫くんに褒められて鼻を高くする真紀先輩だったけど、長谷部くんが出てくる様子はなかった。
「あれ、長谷部くん? どこにいるの?」
訊ねても、オレンジの髪はどこにも見えなくて。
部室に困惑が広がる中、真紀先輩は声を張り上げる。
「おーい、終わったぞ!」
すると、背中から「俺ならここにいますよ」という声が聞こえて、私たちはいっせいに振り返った。
「い、いつの間に」
真紀先輩が驚く中、長谷部くんは呆れた顔をしていた。
「先輩……本当にこのマジックで勝負するつもりですか?」
「なんだ? 駄目か?」
「ダメというか、これ……マジックなんですか?」
長谷部くんに続いて、私もツッコミを入れると、真紀先輩はしくしくと泣き始める。
「結菜がひどい」
「何度も言いますが、先輩のマジックのほうがひどいですよ」
「じゃあ、結菜なら、どんなマジックをやるんだよ」
「そういえば、大迫くんが朝見せてくれたマジックとか良かったですよ」
「え? 俺?」
「朝からマジックだと! 生意気な」
泣いたり怒ったり忙しい真紀先輩の傍ら、大迫くんは少し照れくさそうに説明する。
「あれは、昨日、長谷部に電話で教えてもらったんだ」
「大迫くんは長谷部くんと電話するくらい仲がいいんだね」
二人とも仲が良くて微笑ましい気持ちになっていると、なぜかどす黒いオーラを放つ真紀先輩が口を挟む。
「どうして俺には電話してくれないんだ」
「なんのために電話するんですか?」
すかさずツッコミを入れた長谷部くんに、真紀先輩は再び涙を流す。
「しくしく……後輩がいじめる。いいもん、俺は結菜と電話するから」
「嫌ですよ」
「結菜も冷たい……入学したての頃はいっぱい電話してくれたのに」
「ちょ、ちょっと! そんなこと言わないでくださいよ」
真紀先輩の言葉に、私が焦っていると、長谷部くんが目を丸くする。
「何? 結菜って、真紀先輩と付き合ってるの?」
「違うし! 入学当初は友達がいなくて心細かったから……」
「あの頃は先輩、先輩って可愛いかったのになぁ。いつの間にか生意気になって……!」
「もう、余計なことを言うのはやめてください。今はマジックの話ですよ!」
「結菜が照れてる~」
冷やかす真紀先輩に、私は大きく口を膨らませる。
「怒りますよ!」
「すでに怒ってるように見えるよ」
「もう、先輩なんて知らない。私たちだけで考えよう、大迫くん、長谷部くん」
「夫婦喧嘩は犬も食わないってやつだね」
「ちょっと! 変なこと言わないでよ、長谷部くん!」
楽しそうに笑う長谷部くんや真紀先輩に、私が怒りを主張する中、大迫くんはなんだか寂しそうな笑みを浮かべていた。
***
学校の帰り道。同じ方角に住んでいることがわかって、一緒に帰るようになった私と大迫くんだけど——今日の大迫くんはどこか元気のない様子で始終俯いていた。
「結局、今日も学園祭でやることが決まらなかったね」
「……うん」
「どうしたの? 大迫くん。今日はやけに静かだね」
「そうかな?」
「ごめんね。私ばっかり喋って」
「……結菜は先輩と仲いいよね」
「ああ、それは……私の交友関係が狭いから」
「結菜は……先輩のこと、好き?」
「え? いきなり何? そりゃ、先輩のことは嫌いじゃないけど……まあ、好きだと思うよ。友達として」
「……そっか」
「大迫くん、どうしたの?」
「実は俺……ひとつだけ使えない魔法があるんだ」
「へぇ……どんな魔法?」
訊ねると、大迫くんは真っ直ぐ前を見つめる。
「恋の魔法だよ」
大迫くんが苦い顔で告げる中、すぐ近くから視線のようなものを感じた気がした。
***
「おはようございます、
——翌朝。
登校途中の住宅地で、
先輩とは家が逆方向なはずだけど、今日は何か事情でもあるのだろうか。
なんだか意味深にニヤニヤしている先輩に、とりあえず私は挨拶をする。
「あ、おはようございます。藤間先輩はこんなところで何をしているんですか?」
「あなたをずっと待っていました」
「私を?」
「ええ。ちょっとお話がありますので、一緒に来てくれませんか?」
そう言って、藤間先輩に案内されたのは、学校の裏庭だった。
誰もいなくて静かな裏庭に連れて来られた私は、違和感を覚えながらも、気にしないふりをする。
「それで、話ってなんですか?」
「私の目を見てください」
私は言われた通りに藤間先輩の大きな目を見つめた。
すると、世界がねじれるような感覚に陥って……頭がぼんやりとする。
「あなたは大迫様のことが好きですか?」
「……はい、友達として好きです」
「それではいけません。あなたの眠っている感情を大迫様に向けていただかなくては」
「眠っている感情?」
「恋心ですよ。あなたは、大迫様のことを——」
その時だった。
「何してるの?」
「!」
「大迫くん」
大迫くんが裏庭にやってきた。
どうして私たちがここにいることがわかったのだろう。
そんな風にぼんやりと考えていると、大迫くんは藤間先輩にいつになく厳しい目を向ける。
「ねぇ、今何してたの? 藤間先輩」
「いえ……その……大迫様の恋のお手伝いを、と」
「今、結菜によくない魔法をかけてたよね?」
「……はい。ですがこれは大迫様のためで……」
「悪い魔法は使っちゃダメだよ——結菜、聞こえる?」
大迫くんに顔を覗き込まれて、私は目を瞬かせる。
「……大迫くん?」
「良かった……間に合ったみたいだね」
「私、いったい何してたんだっけ?」
確か、藤間先輩に呼び出されて、変なことを聞かれた気がするんだけど——なんだか頭にモヤがかかって、思い出せなかった。
そんな風に私が必死になって思い出そうとしていると、藤間先輩が固唾を飲んで口を開いた。
「大迫様」
すると、大迫くんはいつになく厳しい口調で告げる。
「先輩、人の心を操る魔法は、誰も幸せにできないんです」
「ですが私は——」
「だったら、先輩が身をもって体験しますか?」
「申し訳ありませんでした」
「もう二度とこんなことしちゃだめですよ?」
大迫くんが怒った顔で念を押すと、藤間先輩はこくりと小さく頷いた。
「……二人とも、どうかしたの?」
ようやくハッキリしてきた頭で訊ねると、大迫くんは心配そうに私の顔を覗き込む。
「結菜、大丈夫? どこか苦しかったりしない?」
「うん、大丈夫だよ」
「良かった」
「今、何があったの?」
「実は藤間先輩が結菜に——」
言いかけた大迫くんに、藤間先輩がかぶせるようにして告げる。
「未遂ですから、いいじゃありませんか!」
「……未遂って、藤間先輩は私に何をしようとしたんですか?」
なんだか怪しい藤間先輩に私が詰め寄っていると、ふいに足音とともに聞き慣れた声がした。
「——なんだなんだ。裏庭から声が聞こえると思ったら……こんなところで何やってるんだ? みんな早く校舎に入れよ」
風紀委員の腕章をつけた真紀先輩だった。
どうやら校舎の見回りをしているらしい。
真紀先輩は私たちを見つけるなり、教室に入るよう促した。
「真紀先輩、本当に風紀委員だったんですね」
「なんだよ、疑ってたのか?」
「いえ、似合わないと思って」
「結菜は正直者だな」
「先輩は嘘くさい人ですよね」
「言ったな~」
「ひょ、ひょっとへんはい! はめへくらはいよ!」
真紀先輩に口の端を引っ張られて、私は手足をぶんぶん振り回す。
「よく伸びる顔だな」
「ちょっと! 何するんですか!」
「いて!」
私が真紀先輩の足を踏んづけて威嚇する中——それを見ていた大迫くんは、どこか悲しそうに笑っていた。
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