第5話 幽霊部員
「ねぇ、魔法見せてよ」
放課後の空き教室で
あれだけ無口で暗いと言われていた長谷部くんだけど、いつの間にかすっかり打ち解けていた。
それは嬉しいんだけど、私——
「いや、だから私は魔法使いなんかじゃないって。そもそも、魔法使いなんて、いるわけないでしょ?」
「他の人間には言ってはいけないとか、そういうやつ?」
「違うよ、だから……」
まさか大迫くんが魔法使いだなんて言えるわけもなくて、必死になって否定していると——そこに真紀先輩がやってくる。
「どうしたの?」
事情を知らない真紀先輩は、私と長谷部くんのやりとりを見て心配していた。
「さっきから揉めてるみたいだけど」
すると長谷部くんは何もなかったかのように、
「なんでもないです」
「ふうん。長谷部くんはペンの素振り終わったのか?」
「どうしてマジックの練習に素振りなんているんですか?」
「もちろん、精神と腕を鍛えるためだよ。軽やかな演技をするには、土台が必要だからね」
「先輩、もっともらしいこと言って……」
私がツッコミを入れる中、長谷部くんは真剣な顔を真紀先輩に向ける。
どうやら、ちゃんとした部活動が見たいらしい。
私が真紀先輩の実力を説明するか否か迷っていると、長谷部くんがとうとう真紀先輩に訊ねた。
「先輩のマジックはいつ見せてもらえるんですか?」
「え? 見たいの? 仕方ないなぁ」
嬉しそうな顔をする真紀先輩に、私は嫌な予感しかしなかった。
けど、私が口を挟む間もなく、先輩は机を一つ持ってきて、その上にトランプのカードを並べ始めた。
「ここに五枚のカードがあります。俺が後ろを向いてる間に、この中から一枚だけカードを選んでください」
「え、なんだか本当のマジックみたい」
いつになく普通の段取りを見て、私が驚いていると——長谷部くんは机の上からカードのひとつを手に取った。
「選びました」
「では、カードを元の場所に戻し、残った四枚を入れ替えてください」
「終わりました」
「あなたが引いたカードは……あれ?」
机に視線を戻した先輩は、並んでいるカードを見て首を傾げる。
やっぱり真紀先輩にマジックは難しいのかな?
焦りながらカードを見つめる真紀先輩の傍ら、長谷部くんは嬉しそうに笑っていた。
「ふふ」
「あれ? どれだろう」
「せ、先輩……?」
「おかしいな、全部に印をつけておいたはずなのに……ひとつ印がなくなってる?」
とうとう種明かしまで口にする真紀先輩を、私がなんとも言えない気持ちで見守っていると、ふいに長谷部くんが真紀先輩の胸ポケットを指差す。
「先輩、制服のポケットを見てください」
長谷部くんに言われて、真紀先輩は胸ポケットを探った。
すると——。
「あ、あれ? 印のカードがこんなところに!」
「どうやら俺のカードは先輩のポケットに移動したみたいですね」
にっこりと笑う長谷部くんは可愛いかったけど——そんなことよりも、どうやってトランプが移動したのだろう。
私が大きな口を開けて目を瞬かせていると、長谷部くんはしたり顔で私にウインクして見せた。
そんな中、いつの間にかそばにいる大迫くんが拍手をする。
「うわあ、すごい! 長谷部くんは魔法使いなの?」
「かもしれないね」
なんて、長谷部くんが胸を張って肯定すると、大迫くんはいっそう嬉しそうな顔をして告げる。
「そうなんだ! 奇遇だね。僕もまほ——」
「まほうびん! 欲しいよね、やっぱり!」
大迫くんの言葉にかぶせるようにして私が告げると、長谷部くんが不思議そうな顔をする傍らで、真紀先輩がため息混じりにこぼした。
「俺も新しいタンブラーが欲しいんだよね。毎日自販機ってのも、バカにならないし。せめて部費があれば……」
「部になっても、自販機に部費を使うのはどうかと思いますよ」
思わずツッコミを入れると、真紀先輩は真面目くさった顔で告げる。
「じゃあ、部費は何に使うんだよ」
その言葉を訊いて、呆れて何も言えなくなるけど——その時、私を代弁するように背中から声が聞こえた。
「そこは、マジックの小道具を買うべきじゃないのか?」
「生徒会長!」
気づけば、今日もしっかりと
真紀先輩の旧友らしい生徒会長は、少し嫌味っぽく告げる。
「とうとう四人になったそうだな」
「これで、部に昇格するのも時間の問題ですよ」
真紀先輩が自慢げに告げると、生徒会長は不敵な笑みを浮かべる。
「それはどうかな? 学園祭ステージ使用の申し込み期限は、あと三日だぞ」
「あと三日? 期限は十日後だったはずじゃあ?」
「ステージ使用の申し込みが殺到してな。早めに締め切ることになったんだ」
「そんなぁ」
「あと三日で一人ですか」
「残念だったな」
そう言って、生徒会長は空き教室を出て行ったのだった。
残された私たちに、沈黙が続く。
「……あと三日はさすがに無理だよね」
暗い空気に耐えきれず私が口を開くと、長谷部くんが考えるそぶりを見せる。
「一人くらいなら、幽霊部員を誰かに頼めばよくない?」
「ダメだ。
幽霊部員を否定する真紀先輩に、私は思わずツッコミを入れる。
「この同好会のどこに由緒なんてあるんですか……それより、学園祭に出たいんじゃなかったんですか?」
猶予は三日と聞いて、今後のことをどうするか考える私たちだったけど——そんな時、教室のドアがガラガラと開いて、知らない男の子が入ってくる。
とんでもなく端正で、上品な顔立ちをした男の子だった。
奇術同好会の面々が注目する中、男の子は空き教室の中を見回すと、誰となく訊ねた。
「あの……すみません。ここに奇術同好会があると聞いたんですが」
「え!? 奇術同好会に何か用ですか?」
私が目を
「見学したいんですが」
ここに来て、まさかの展開だった。
「もしかして……入会希望?」
真紀先輩がおそるおそる訊ねると、男の子は綺麗な笑顔で肯定した。
「はい」
「ええ!? ほんとに?」
まさかこんな早くに入会希望者が現れるなんて思わなくて、私が目を瞬かせていると、真紀先輩がどこからともなく紙を取り出した。
「さっそく、入会届け書かせるか」
「まだ入るとは言ってないですよ、先輩」
またもやツッコミを入れる私に、真紀先輩は悪い笑みを浮かべる。
「名前さえ書いてもらえれば、こっちのものだ——さあ、この用紙にサインを!」
「先輩、無理やりは駄目です」
私がイエローカードを出すと、真紀先輩は口を尖らせる。
だけど私はそんな真紀先輩を無視して、大迫くんと長谷部くんにお願いした。
「二人とも、入会希望の人の話を聞いてもらえる?」
「はーい!」
素直に返事をする大迫くんの横で、長谷部くんはさっそく入会希望の人に話しかける。
「マジックの練習を見ていきますか?」
「はい!」
嬉しそうな入会希望の男の子にホッとする私だけど、蚊帳の外の真紀先輩はなんだか不服そうな顔をしていた。
***
「ねぇ、みてみて。ここに種も仕掛けもないコップがあります」
入会希望の男の子に、説明もかねてマジックを披露しようということになった途端、大迫くんの笑えないマジックが始まった。
「え、ちょっと待って! 大迫くん、そのネタは——」
私が慌てて止めようとする中、大迫くんは堂々と水を飲み干して見せる。
「ゴクゴク……ぷはぁ。これで中身はなくなりました」
「ああ、やっちゃったよ……大迫くん」
せっかくの入会希望者だったのに、これで間違いなくドン引きされたに違いない。
私が心底ガッカリしていると、ふいに長谷部くんが大迫くんに指摘する。
「待って、コップの中を見せてください」
「あれ? オレンジジュースが増えてる!」
「え? どうして? もしかして、長谷部くんが?」
大迫くんのコップは飲み干されたはずなのに、いつの間にか増えているオレンジジュースを見て私は
そして長谷部くんの方を見ると、長谷部くんは人差し指で口を押さえて、内緒のポーズをしていた。
おまけに長谷部くんはまるで何も知らないとばかりに説明する。
「すごいですね。水を飲みほしたら、オレンジジュースが増えるなんて」
「長谷部くん、どんな魔法使ったの?」
私が思わず長谷部くんに訊ねると、長谷部くんは周りに聞こえないくらいの声量で教えてくれた。
「仕掛けつきのコップにすりかえておいたんだ。大迫の手品がひどいことは、俺のクラスにまで知れ渡ってるからね」
「長谷部くんはそれでよく奇術同好会に入ろうと思ったね」
私が苦笑して告げると、長谷部くんは、「なんでだろうね」とだけ呟いた。
そんな中、大迫くんは入会希望の男の子に訊ねる。
「えっと、あなたは……」
「
「何年生ですか?」
「二年生です。病気でしばらく休学していたので、本当なら三年生だったんですが」
「藤間先輩は二年生かぁ……ちなみに俺は一年の大迫で、そっちが結菜と長谷部。で、あそこでいじけてるのは真紀先輩です」
教室の隅で三角座りをしている真紀先輩を指差す大迫くん。
どうやら私がイエローカードを出したせいで、いじけているらしい。
けど、大迫くんはそんな真紀先輩に構わず藤間先輩に訊ねた。
「それにしても藤間先輩、顔色悪いですね。体調は大丈夫ですか?」
「今日はまだ元気なほうなんだけどね」
「じゃあ——えっと、お願いします! 幽霊部員になってください!」
「お、大迫くん!?」
いきなり幽霊部員になるようお願いする大迫くんに、心底驚いていると、同じように長谷部くんもツッコミを入れる。
「おい大迫、さすがにいきなりすぎるだろ」
「だって、部に昇格すれば、学園祭に出られるんでしょ?」
「それはそうだけど……」
私が言葉を濁していると、藤間先輩はとくに気分を悪くした風もなく訊ねる。
「奇術同好会は、学園祭に出たいの?」
「実はそうなんです。いっそ幽霊部員でもいいから、入ってもらえたら……っていう話をしていて。ちょうどそこに藤間先輩が来たので……」
「なるほど。まだどの部に入るか決めてないけど、別に奇術同好会に入っても構わないよ」
「本当ですか?」
「他の部と掛け持ちでもいいのかな?」
「掛け持ちでもかまわないよ! 名前さえ書いてくれれば」
開き直ってやってきた真紀先輩を見て、私と長谷部くんの目が点になった。
こうして新しいメンバーをゲットしたところで、私たちはいつもの活動風景に戻ったのだった。
そんな中——。
「あの、
ペンの素振りもそこそこに、大迫くんが藤間先輩に声をかける。
「はい?」
「あの、藤間先輩。僕とどこかで会ったことないですか?」
「新手のナンパかな?」
「そうじゃないです。あなたとはここじゃないどこかで会った気がするんだ」
「僕はどこにでもいるハンサムだから」
「うーん……」
「それより、入会してもいいんだよね?」
「本当に? 本当に入会してくれるの?」
キラキラと目を輝かせる真紀先輩に、藤間先輩はくすりと笑う。
「ええ。いつでも大丈夫だよ。ただ、体が弱いので、毎日は出られないかもしれないけど」
「それはかまわないよ。……これで同好会も部に昇格か! さっそく生徒会長のところに急ごう!」
***
「なんだ。もう集まったのか? つまらないな」
生徒会室にやってきた私と真紀先輩は、なぜか生徒会長からつまらないと言われた。
いくら真紀先輩と仲がいいからって、この生徒会長、冷たくはないだろうか。
「つまらないってなんですか。ちゃんとメンバー五人以上になったので、部に昇格と、学園祭のステージをお願いします」
それでもめげずに言う真紀先輩に、生徒会長はさらに現実をつきつける。
「言っとくが、学園祭のステージは抽選だからな。簡単に通ると思うなよ」
「わかってます!」
「それで、新入部員の届けは持ってきたか?」
「はい、これです」
「
「ええ……それがどうかしましたか?」
「いや、そんな名前の生徒は聞いたことがないな」
「生徒会長、全生徒の名前を憶えてるんですか?」
私が驚いて訊ねると、生徒会長は当然のように告げる。
「ああ。人の名前は自然と記憶に残ってしまうんだが……その藤間とやらはいったい……」
生徒会長が狼狽えていると——そんな時、生徒会室のドアが開く。
「すみません」
やってきたのは、藤間先輩だった。
「ん? なんだ?」
「藤間先輩」
私が名前を呼ぶと、藤間先輩は申し訳なさそうな顔をしてこちらにやってくる。
「入会届けに記入漏れがあったので」
「そうなの? わざわざ来てくれてありがとう」
お礼を言う真紀先輩だけど、なぜか生徒会長は怪訝な顔を藤間先輩に向ける。
「む? お前……本当にうちの生徒か?」
「いやだな、生徒会長。僕はこの学校の生徒ですよ」
それから藤間先輩と生徒会長が睨み合うこと数秒。
最初は一触即発の雰囲気かと思えば——途中から生徒会長の表情が柔らかいものに変わる。
「……そういえば、そうだったな。ああ、今思い出した。藤間か」
「僕のことだけ忘れるなんて、心外だなぁ」
「ああ、悪い」
「では僕はこれで失礼します」
そう言って、藤間先輩は何もなかったかのように去っていったけど、その時の私は——藤間先輩に妙な違和感を覚えていた。
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