第4話 転入生
いつもより早い時間に登校した私——
なんとなく動作が重いのは、放課後のことを考えてしまうからだろう。
そんな風にげんなりする中、私よりも早くに登校して座っていた明美が、私の元にやってくる。
「
「何が?」
「朝から大迫くんが隣のクラスの転入生を追いかけまわしてるって話」
「は?」
「なんでも、奇術同好会の勧誘とかで……転入生に熱いアプローチかけてたよ」
奇術同好会の勧誘と聞いて、ピンときた私は、おそるおそる訊ねる。
「転入生って……もしかして、オレンジ頭の男の子?」
「そうそう、髪色は明るいけど、中身は暗い子」
「暗い子って」
「クラスで誰とも喋らないし、いつも下向いてるから、そう言われてるよ」
「人見知りなのかな?」
昨日、階段で見かけたマジシャンの男の子は、確かにあまり喋りたがらない雰囲気だった。
けど、大迫くんに追いかけられて迷惑していると聞くと、同好会のマネージャーとしては、申し訳ない気がした。
「あとで見に行こう……」
なんだか厄介ごとの予感がしたけど、動かないわけにはいかなかった。
***
「えっと……大迫くん、どこかな?」
明美の話を聞いた私は、放課後になってから大迫くんを探した。
すると廊下を歩き回るうちに、遠くから大きな声と駆け回る音が聞こえてくる。
「まてまて!」
「ついてくるな!」
「いた! 大迫くん!」
噂は本当だった。
オレンジ頭の男の子を追いかけ回していた大迫くんは、あっという間に私の前を通り過ぎていった。
必死に逃げ回る転入生くんを見て、なんだか可哀想になった私は、慌てて大迫くんを追いかける。
「待って! 大迫くん!」
そして校内をぐるぐると三人で走り回ったあと、ようやく大迫くんを捕まえた頃には十五分が経過していた。
「よ……ようやく捕まえた……お、大迫くん……転入生くんをストーカーするのはやめなよ」
「ストーカーじゃないよ。勧誘だよ」
十五分も走ったのにケロっとしている大迫くんに、やや驚きながらも私は強い口調で告げる。
「でも転入生くんは嫌がってるでしょ?」
「嫌なのかな?」
「こんな風に全力で追いかけられたら逃げたくもなるよ」
「そう? じゃあ、こっそり追いかけるよ」
「こっそりって」
それから大迫くんは、転入生くんをこっそり追いかけるようになった。
けど、追いかけてることには変わらないし、尾行はバレバレだったので、大迫くんに気づくたび、転入生の男の子は嫌な顔をしていた。
見ていられなくなった私は、教室で大迫くんを見かけるなり、声をかける。
「大迫くん! ダメだよ、転入生くんに迷惑かけちゃ」
「迷惑?」
「堂々と追いかけても、こっそり追いかけても一緒だよ」
「……」
そして、毎日のように大迫くんが追いかけるうち——とうとう、転入生くんは学校に来なくなったのだった。
***
「だからダメって言ったのに」
転入生くんが休んだ金曜日の放課後。
真紀先輩がまだ来ていない空き教室で、私は大迫くんをたしなめる。
けど、大迫くん本人は私の言っている意味がわからないみたいで、きょとんと目を丸くしていた。
「あの人、どうして今日は学校に来ないんだろ」
「それは、大迫くんが追いかけ回すからだよ」
「じゃあ、どうやって勧誘するの?」
「同好会に入りたくないって言ってる人を無理に勧誘するのは良くないよ」
「でも絶対、あの人は奇術同好会に向いてると思う」
「だったら、大迫くんが奇術同好会に引き寄せられるような、上手なマジシャンにならなきゃ」
「そっか……俺が上手になれば、来てくれるかな?」
「そうだね」
「じゃあ、明日公園で練習するのを付き合ってほしい」
「え? 私も練習するの?」
「ううん。結菜はお客さん役をしてほしいんだ」
「わかった」
ようやく追いかけ回す以外のことを考えてくれた大迫くんに、私は心底安堵していた。
***
「ちょっと早すぎたかな? まだ大迫くんは来てないし……」
家から近い公園に来たのは、大迫くんと出会って以来だった。あれからお婆ちゃんが公園には来なくなったから、私も公園に来る理由がなくなったのである。
魔法使いが存在するなんて、いまだに信じられないけど、大迫くんは間違いなく魔法使い……なんだよね?
最近の大迫くんの行動を見ていたら、そうは見えないけど。
などと思いながら、私が複雑な気持ちで公園を歩いていると——。
そんな時、ふいにオレンジ頭を見つけて、大きく見開いた。
「あ、転入生の——」
思わず声をかけると、男の子は驚いた顔をする。
けど、話す間も無く回れ右して逃げ出そうとする転入生。
私は慌てて口早に告げる。
「待って、逃げないで! 今までのことを謝りたいの!」
私が大声で叫ぶと、男の子は立ち止まっておそるおそる振り返る。
その顔は警戒しているようだった。
「謝る?」
「奇術同好会のメンバーが追いかけまわしてごめんなさい」
「……あいつはなんなんだよ」
頭を掻きながら困惑気味に言う転入生くんに、私は大迫くんのことを説明する。
「大迫くんに悪気はないんだ。ただ、大迫くんは手品が好きで……」
「あいつ、しつこいんだよ」
「ごめんなさい。私のほうから言っておくから、もう迷惑かけたりしないよ」
「君も奇術同好会なの?」
「私はマネージャーだよ」
「はは、奇術同好会でマネージャーって何するの?」
転入生くんが初めて笑うのを見て、私はようやくホッとした。
「勝手に決められたから、よくわからないけど……うちの同好会、意外と楽しいよ」
「ふうん。……でもきっと、俺が入ったら、つまらなくなると思うよ」
「どうして?」
「俺、昔から人とコミュケーションをとるのが苦手で……」
「そうかな? そんな風には思えないけど」
「お前がいると場がしらけるってよく言われるんだ」
「ひどいね。そんな言葉、鵜呑みにしちゃだめだよ。場がしらけるだなんて、言う人のほうがどうかしてるよ」
「なんで君が怒るの。まだ会ったばかりで、俺のこともよく知らないのに」
「なんでかな」
「君は変な人だね」
「そう?」
私が苦笑いしていると——そんな時、背中から大きな声が聞こえる。
「あ! 結菜! ずるい!」
「大迫くん」
私の後ろから現れた大迫くんを見て、転入生くんは怪訝な顔をしていた。
けど、転入生くんの気持ちなんておかまいなしに、大迫くんは訊ねてくる。
「どうして結菜が転入生と一緒にいるの?」
「偶然会ったんだよ。それより、大迫くん。せっかくだから、この人に謝って」
「え? なんで?」
「たくさん迷惑かけたでしょ? 同好会のイメージも悪くなるから、謝ったほうがいいの」
私は大迫くんにヒソヒソと耳打ちするけど、話が筒抜けだったみたいで、転入生くんはため息を吐いていた。
そんな中、ようやく状況を理解したのか、大迫くんは素直に頭を下げる。
「……ごめんなさい」
「わかったなら、もういいよ」
「じゃあ、明日は学校に来てくれる?」
「学校? なんのこと?」
目を瞬かせる転入生くんに、私も目を丸くする。
「だって昨日、休んだでしょ? 大迫くんのせいじゃないの?」
「……違うよ。昨日は祖父の命日だったから」
「転入生のお爺ちゃん?」
「
「え?」
「俺の名前は
長谷部くんはわざわざスマホに名前を書いて見せてくれた。
すると、大迫くんは嬉しそうな顔をする。
「
あくまで勧誘をやめない大迫くんに、長谷部くんだけじゃなく、私も呆れた顔をする。
「大迫くん、まだ言ってるの?」
「じゃあさ、俺の手品見て」
「ちょっと、大迫くん!?」
大迫くんの実力を知ってる私は、血の気が引くのを感じた。
でもきっと長谷部くんは断るだろう、と思えば——。
「いいよ。奇術同好会の実力、見せてよ」
「ああ! 見てくれ」
「ええ!?」
私が慌てる中、興奮した大迫くんは、背負っていたバックパックから、何やら包みを取り出した。開封されたそれは、ハンバーガーだった。
……これは嫌な予感がする。
「ちゃらららららん♪」
いつもの調子で歌い始めた大迫くんは、ハンバーガーを転入生や私に見せつけた。
「ここにハンバーガーがあります! ……けど!」
そして、大迫くんはハンバーガーを勢いよく頬張った後、何もない手を再び見せつけた。
「はい、なくなった!」
「やっぱり、こうなると思った」
公園一帯が吹雪に包まれる中、私はとにかく長谷部くんに謝った。
「ごめんね、長谷部くん」
こんな寒いギャグを見せつけられて、長谷部くんも迷惑だよね? と思えば……。
「——って、長谷部くん!?」
なぜか、長谷部くんは泣いていた。
「どうしたの? 長谷部くん」
「いきなりごめん……ちょっと祖父のことを思い出して」
「亡くなったお
「祖父も手品が好きだったんだ」
「長谷部くんがあんなにマジックが上手なのは、お祖父さんから教えてもらったから?」
「違う。祖父はとても下手だったんだ」
それから長谷部くんは黙り込んだ。
悲しそうな顔をする長谷部くんに、さすがの大迫くんも空気を察したのだろう。
しばらく沈黙が続いたあと、長谷部くんは再びゆっくりと口を開く。
「ごめん、感傷的になった」
「長谷部くんはお祖父さんが大好きだったんだね」
「……そうかもしれない」
「お祖父さん、どんな人だったの?」
大迫くんが訊ねると、長谷部くんはぽつりぽつりと話し始めた。
「祖父はマジシャンだったんだ……けど、下手くそだから、コメディアンとして、よくテレビに出演していたんだ。でも祖父が有名になるにつれて、俺はいじめられて……祖父に反抗するようになった。それから、祖父は心臓が悪くて入院したけど……俺は会いに行かなくて……そのうち、祖父は亡くなったんだ。だからこうやって、毎年祖父の命日には謝りに行くんだ」
「そっか……お祖父さんに長谷部くんの声が届くといいね」
「おかしいな……なんでだろう。こんな話をするなんて」
「じゃあ、どうして手品が嫌いなの?」
「ちょっと、大迫くん!」
「……実は、祖父の遺品から、手品の教本を発見したんだ。それは、俺への誕生日プレゼントだったけど……俺はずっと祖父の手品をバカにしてたから、俺が手品をする資格なんてないんだ」
「……そうだったんだ」
「じゃあさ、今からでも、お爺さんに手品見せる?」
突然の大迫くんの言葉に、長谷部くんは呆れた声を出す。
「は? お前、何言って……」
「僕が会わせてあげるから、ちょっと待ってて」
「え? まさか大迫くん」
何がなんだかわからず、ポカンとした顔をする長谷部くんを置いて、私はまたもや茂みに連れていかれる。
そして大迫くんは茂みに隠れるようにして屈み込むと、手のひらにボールペンで何かを書き込んだ。
「あなたに幸運を」
いつもの呪文。
大迫くんがそれを呟くと——長谷部くんの前に、見知らぬお爺さんが現れたのだった。
優しい笑顔のお爺さんを見るなり、長谷部くんは心底驚いた顔をする。
「じ、爺ちゃん!?」
「よう、
「幻……なのか?」
「そう思うか?」
「本物に見える」
「わしのプレゼントは見たか?」
「……あ、ああ……見たよ。今少しずつ練習してるところだ」
「じゃあ、わしに手品を見せてくれ」
「わかった」
それから長谷部くんはお爺さんに見事な手品を披露した。
それを見たお爺さんは始終嬉しそうな顔で頷いていたけど……いつしかお爺さんの姿が消えても、長谷部くんは手品を続けていた。
***
月曜日の放課後。
奇術同好会が活動している教室にやってきたのは、人見知りが激しいと言われる、あの転入生くんだった。
「こんにちは」
「長谷部くん!」
「三木、奇術同好会ってどうすれば入れるんだ?」
「え? 長谷部くん、同好会に入るの?」
私が目を瞬かせていると、窓際にいた真紀先輩が素振りをやめてやってくる。
「おお、君が長谷部くんか! 噂は大迫くんから聞いているよ。手品が上手いだけあって、オーラが違うね」
「先輩……何を言ってるんですか」
相変わらずわけのわからない真紀先輩に私が呆れた目を向ける中、長谷部くんは大迫くんの前に立った。
「おい、大迫」
「なんだよ長谷部」
……え? もう呼び捨てしあってる?
すでに旧知の仲みたいな雰囲気の二人は、当然のようにハイタッチしていた。
「これからよろしくな」
「ああ、よろしくしよう!」
「それと……」
仲の良い二人を呆然と見ていると、そのうち長谷部くんは私のすぐ近くにやってきて、そっと耳打ちしてくる。
「あんた、魔法使いなのか?」
「え? 違うけど」
「そうなんだな。すごいな……奇術同好会に魔法使いがいるなんて」
「え、だから違うって」
「大丈夫、内緒なんだろ? だから、黙っといてやるよ」
「だから違うんだけど……」
こうして魔法使いだと勘違いされた私は、否定しても信じてもらえないまま——奇術同好会は部へと一歩近づいたのだった。
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