第3話 凄腕のマジシャン?
「
一日の授業を終えて、帰宅ムードが高まる教室。
帰り支度を終えた友達の
いつもなら明美と一緒に寄り道するところだけど、今日はそういうわけにもいかないんだよね。
「ごめん、
「え? なんでまた?」
「私もよくわからないんだけど……」
昨日、転入生の
あのあと、断っても全く聞いてくれない先輩に、私も仕方なく折れたのだった。
すると、察しの良い明美がため息を吐く。
「
「……うん」
「真紀先輩と仲いいもんね、結菜は」
「まあ、そうなんだけど」
「
「だったら、
「無理。私、全然器用じゃないし」
「私もそうなんだけどね」
「そういえば、あの転入生も奇術同好会の見学に行ったの?」
「うん。それで
「無駄に顔面偏差値の高い同好会だね」
「無駄とか言わないで……」
「だって、真紀先輩のマジックもひどいって聞いたよ」
「うん……確かに二人ともひどいけどさ」
「マジックを習得したら、いつか見せてよ」
「見せられる気がしないけど」
大迫くんと真紀先輩の実力を知っているだけに、不安しかない私だけど——ふいに明美が思い出したように告げる。
「そういえば、聞いた?」
「何を?」
「隣のクラスにも転入生だって」
「へぇ。この時期に多いね」
「その子も綺麗な顔してるって言ってたけど、すごく暗い子なんだって」
「ふうん」
***
結局、明美の誘いを断って奇術同好会の教室にやってきた私は、ため息ばかり吐いていた。
……真紀先輩は学園祭でマジックを披露するって言ってたけど、本当なのかな?
先輩が
てっきり、真紀先輩が来たのかと思ったけど、そうじゃなかった。
「おい、そこの女子」
「……はい?」
やって来たのは、どこかで見覚えのある男子生徒だった。
学ランをきっちりと襟まで閉めている、真面目な印象のその人は、硬質な雰囲気だけど、ちょっと猫みたいな顔をしていた。
この人、誰だっけ?
私が懸命に思い出そうとしていると、男子生徒は何やらぶっきらぼうに訊ねてくる。
「お前、奇術同好会の人間だよな?」
「ええ、まあそうですけど」
「真紀はどうした?」
「えっと……まだ来てないです」
「そうか。じゃあ、お前から伝えてくれ」
「はい」
「学園祭のステージに出たいなら、メンバーを五人以上集めて部に昇格しろってな」
「……そうなんですか?」
「当たり前だ。ただでさえステージは取り合いだと言うのに、同好会まで参加させられん」
同好会のことを言われても、何も言い返せなくて私が慌てていると、教室のドアが再び開く。今度こそ、真紀先輩だった。
「どうしたんですか? 生徒会長」
生徒会長、という言葉で、私も思い出す。
見た覚えがあると思ったら、生徒会長だったんだ。そういえば、全校集会で生徒代表として何か喋ってたっけ。
私がようやく思い出してホッとしていると、生徒会長はやれやれといった感じで真紀先輩の方を向いた。
「ようやく来たか……だがお前に説明する時間はないから、話はそこの女子に聞いてくれ」
「どうせ部に昇格させろって話でしょ?」
「わかっているじゃないか」
「ふふ……きっと五人なんてすぐですよ」
「そうか、せいぜいあと三人、騙して連れてこいよ」
「失礼な。ちゃんと合意の上で連れてきます!」
……私は合意してないんだけど。
気やすい雰囲気で話し合う二人に口を挟めず、モヤモヤしていると、そのうちまた教室のドアが開いた。大迫くんだった。
入れ替わりで生徒会長が教室を出ていく中、大迫くんは律儀に手を上げて挨拶をする。
「こんにちは~」
「大迫くん。遅かったね」
「転入の書類を出し忘れて、先生に怒られたんだ。部活はもう始まってる?」
「まだ今集まったところだよ」
「今日は何するんですか?」
大迫くんが訊ねると、真紀先輩はドヤ顔で告げる。
「まずはペンの素振り百回だね」
そのなんとも言えない活動内容に、不安しかない私は小さく挙手して訴える。
「私、やっぱり同好会やめたいんですが……」
けど、他人の話を聞かない真紀先輩は、相変わらずだった。
「よし、
「マネージャーって……」
同好会にマネージャーなんて必要なの?
とか考えていると、大迫くんが手を合わせて嬉しそうな顔をする。
「結菜はマネージャーかぁ。いいかも」
どうやら、他人の話を聞かないのは真紀先輩だけじゃなかったらしい。
私が困惑を極める中、真紀先輩は胸ポケットからボールペンを取り出すと、キラキラした目で告げる。
「じゃあ大迫くん、一緒に素振りをするぞ」
「だったら私……お茶でも買ってきます」
「さすがマネージャー、気が利くね」
結局、強く言えない私は、マネージャーというポジションを引き受けるような形になってしまったのだった。
***
「えっと、自販機は……ん?」
自販機を探して食堂にやって来た私は、ふいに、中性的な顔立ちの男の子に目を奪われる。
オレンジ色に髪を染めたその子は、人気のない食堂の片隅でハンカチを広げて何かしていた。
気になって近づいてみると——彼は左手にかぶせたハンカチを勢いよく取り払う。
すると、拳の上に一本のバラが出現した。
「すごい! 本物のマジックだ」
思わず声に出してしまった私は、手のひらで口を押さえる。
盗み見していたことがバレてしまった。
そんな私を見て、男の子は驚いた顔をしていたけど、そのまま何も言わずに立ち去った。
小さくなる背中を見送りながら、私は思わず小さなため息を落とす。
「あんな人がいれば、きっと真紀先輩も喜ぶだろうな。むしろ上手すぎてショックを受けるかな?」
なんて呟いていると、ふと後ろから声がした。
「すごい……魔法みたいだ」
振り返ると、大迫くんがそこにいた。
「あれ? 大迫くんは素振りやってたんじゃ……?」
「お茶代をもらってきたよ。真紀先輩が、歓迎会もかねて出してくれるって」
「ありがとう」
「それより、今の人は誰?」
「え?」
「今、そこで花を出した人」
「私も知らないよ。他のクラスの人じゃない?」
「さっきの人、魔法使いなのかな?」
「魔法使いはそうそういないと思うけど……」
「さっきの人も奇術同好会に入ってくれないかな」
「うーん……本格的な手品がしたい人だったら、奇術同好会はないんじゃない?」
「どうして?」
「……どうしてって……」
まさか真紀先輩が下手だからとは言えず、言葉を濁す中、大迫くんはオレンジ頭の彼が去った場所をじっと見つめていた。
***
「真紀先輩!」
自販機で買ったジュースを持って空き教室に帰るなり、大迫くんは興奮気味に口を開いた。
すると、真紀先輩は丸い目をさらに丸くする。
「大迫くん、どうした?」
「さっき、同好会に入るべきメンバーを発見しました」
「おお、同好会に入会希望か?」
「いえ、これから説得しようと思って」
「そうか。どんなやつだ?」
「魔法使いみたいなやつでした」
嬉しそうに言う大迫くん。
けど、魔法使いみたいなやつってもしかして……。
「魔法使い?」
事情を知らない真紀先輩が首を傾げていると、大迫くんは大袈裟に手を広げて説明した。
「はい。手からパッと花を出したんです」
「それは教えてほし……いや、俺の次に有望なマジシャンだな」
「だから、俺がなんとかして連れてきます!」
「頑張れよ」
「
「え? 私も?」
「こっちきて」
大迫くんに手を引かれて教室を出た私は、マジシャンの男の子がいた食堂に連れて行かれた。
無人の食堂は、電気もほとんどついてなくて、閑散としていた。
「魔法使いみたいな人って、さっきのオレンジ頭の人のことだよね? ここにはもういないみたいだよ? どうするの?」
「そうだね。呼びだしてみようか」
「呼びだす? クラスもわからないのに?」
「ちょっと待ってて」
大迫くんは手のひらにボールペンで何かを書き込むと、小さくつぶやく。
「あなたに幸運を」
すると、目の前に光が集まったかと思えば——光はくねくねと動いて人間の形になり、男の子の姿になる。
それは、さっきのオレンジ頭の男の子だった。
「え」
男の子は現れるなり、誰よりも動揺した顔をしていた。
私は思わず大迫くんに耳打ちする。
「もしかして大迫くん、魔法使ったの?」
「うん。これは『気になる男の子を呼びだしちゃうぞ♡』っていう魔法だよ」
「こんな場所で……魔法が他人にバレると困るんじゃないの?」
「え? バレる?」
「こんなの、自分からバラしてるようなものでしょ?」
「そっか……じゃ、あとで」
「記憶を消すの?」
「いや、見なかったことにしてもらおう」
行き当たりばったりの大迫くんに、私は頭が痛くなる。
そんな中、オレンジ頭の男の子は、状況が飲み込めない様子で、呟くように告げる。
「……俺はどうしてここに?」
「ど、どうしたんですか?」
「俺は家に着いたはずだったのに……」
どうやら、帰宅したばかりだったらしい。
男の子の話を聞いて、焦った私は思わずフォローするけど……。
「寝ぼけて学校に戻ってきたんじゃないですか? ははは」
「え? 違うよ、俺がまほ……」
自分からバラしかけた大迫くんの口を、とっさに押さえていた。
なんなの……大迫くんってもしかして天然なの?
なんだか呆れてしまった私は、躊躇いながらも、仕方なくオレンジ頭の男の子に告げる。
「あのよければ、話を聞いてもらえませんか?」
「なんですか?」
「実は私たち、奇術同好会の者なんですが……」
「え? この学校には奇術部はないって聞いたけど」
「部はないです。まだ小さな同好会なので、部費ももらえないですが……よければあなたのような、凄腕マジシャンに入ってもらいたいな、と思って」
「悪いけど……俺、手品は嫌いなんだ」
「え? あんなに上手なのに?」
「だから、奇術同好会には入れない」
厳しい表情で言うオレンジ頭の男の子だけど、大迫くんはまるで空気を無視して告げる。
「嫌いっていうのは嘘だよね? だってさっき手品してたし」
「嫌いなものは嫌いなんだ。悪いけど、他を当たってくれる?」
結局、彼は冷たい顔をして、去っていった。
「あーあ、機嫌を損ねちゃったみたいだね」
私が少しだけ残念に思っていると、大迫くんがぼんやりとした顔で口を開く。
「あの人……」
「どうしたの?」
「マジックしてた時だけ、笑ってたんだ」
「そうだった?」
「うん。だからきっと、嫌いなわけない」
そう言って大迫くんは、オレンジ頭の男の子が去った場所を見つめながら笑みを浮かべた。
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