第1話 新星の発見

 に置くと、両手を素早く動かしてグレアムに訴えた。グレアムは目を丸くする。




「・・・・・・新しい星を、観測した?」




 グッドリックは嬉しそうな顔をして大きく肯くと、先程グレアムが置いた机の真中に位置するレポートと、自分が置いた端に位置するレポートを持ち、グレアムの手を引くと、下った階段をまた上って自身の部屋へと誘導する。

「おっと・・・一体どうしたのですか?」

 この部屋の窓は全開で、冬の寒さの残る空気が中まで入って来ていた。先程居た部屋と比べても、かなり寒い。

 寒くないのですか、風邪をひきますよ。そう言う間も無く、グッドリックは慣れた様子で屋根の上を歩き、グレアムに手招きをする。

「屋根の上を歩くだとか、した事が無いのですがね・・・」

 そんな事、グッドリックには聞えちゃいない。グレアムは仕方無く屋根に足を着き、慎重に歩いて彼の許へ着くと、間髪入れずに今度は星空を指さす。グレアムは空を見上げた。

「・・・・・・え?」


 アクリシオス(ペルセウス)。怪物メドューサを模したその星座の首の部分。

 グッドリックがグレアムの顔を引き込んで、こっち、と改めて指をさした。



 大して大きくはない、他の星に紛れてしまいそうな星。



「・・・あれですか?」

 大きく頷くグッドリック。彼はレポートを裏にしてペンを出すと、屋根を台にさらさらとまた訳の解らない式を書き出してグレアムに見せた。




 V=5.8+7/10*(5.8-6.6)=6.36




「・・・・・・?」

 何かの理論にる公式に当て嵌めた、きちんとした計算なのだろうが、その専門でないグレアムにはまるで解らなかった。グッドリックは右手でフレミングの法則の様な形を作り、次に人さし指・中指・薬指の3本を立てながら左手の紙とペンを置くと、今度は左手で輪を作りながら右手をフレミングに戻した。



「・・・あの星の“等級”が・・・・・・?」



 グッドリックが肯く。ペンが転がって屋根から墜ちる。その聞えない音を境に、彼は両手を忙しなく動かし始めた。


 <あの星は、之迄これまでの観測とは等級の割り出し方が少し違う。あの星には“ついてくる別の星”がある>


「ついてくる・・・別の星・・・・・ですか?」

 グッドリックは先程指した“あの星”と隣り合っている、更に暗い星を指さした。グレアムは目を凝らす。辛うじてだが肉眼で視えた。


「あれが・・・・・・?」


 <星は、大抵は毎日同じ明るさでえます。その星でり続ける限り。でも、同じ星でも違う明るさで視えるものがある。その存在は既に歴史的人物によって見つかっていましたが、今回のケースは違う。あれは、星の表層の膨脹・収縮が問題なのではなくて、あの“ついてくる星”に影響している>

「待ってください。専門外ですので・・・えぇと整理しますと、貴方の言いますその星は、まず日によって明るく視えたり暗く視えたりするという事ですか?」

 グレアムは口に手を当てた。理数系は苦手だが・・・頭が悪いわけでは無い。噛み砕いて訳せば理解は出来る。

 そう、とグッドリックはうなずいた。

「そして、その明るく視えたり暗く視えたりする原因は“星の膨張や収縮”であると」

“表層”と、グッドリックは手話で補足した。

「・・・・・今回は、それが原因では無いのですね・・・?」

 グッドリックはまた手を動かす。

 <今日まで30時間毎に観測してきて、この星だけは定期的に明るくなったり暗くなったりしていた。星の表層の膨張・収縮が原因だと星が楕円形に視えたり、明るさが常に一定でなかったりと全く規則性が無いが、この星だけは独自の規則がある。そして其は、あの“ついてくる星”が、あの星と、そして私達の星と丁度軌道面が平面上に並んだ場合に変る>

 彼にはこの星空が、大きなグラフにでも視えているのだろうか。平面上と言われても、グレアムにはいまいちぴんとこない。

 <規則性があれば、公式に当て嵌める事が出来る。これを>

 今度は忙しく先程の紙を掴み、文字を書こうとする。だが、ペンが何処かへ行ってしまい、辺りを見回すがどうも見つからない。その姿が可笑しくて、グレアムは笑いながら胸ポケットにあった万年筆をグッドリックに渡した。

「・・・はい。貴方のペンは先程、屋根から墜ちてしまいましたよ」

 後で拾いに行きましょうね。そう言って渡すと、グッドリックは軽く礼をして早くもさらさらと書いた。




 V=a+α/10*(b-a)




 <星の等級をVとして、明るい方のあの星をa、暗い方のついてくる星をb、目測結果がα:βとなる公式がこれで>

 そう手早く会話をすると、先程書いた『V=5.8+7/10*(5.8-6.6)=6.36』の紙を隣に並べて、また手を動かしこう言った。

 <今日の観測結果は、aが5.8等だから2つの星の間の明るさを10等分した時7となり、bが6.6等だから3になる。よって計算式はこうなる>

 グレアムはこの辺りまでいくともう訳が解らなかった。10等分して6.6が何故3になるのか。頭を捻ってみても、閃きは浮ばない。

 <aの明るさは、bがaを掩蔽すると2m1からcaに低下する。9時間以上の掩蔽となると3m4。之は日食みたいなもので、其(それ)により等級が変るので仮定して『食変光星(アルゴリア)』と呼ぶ事にしてみた>

『V=a+α/10*(b-a)』の紙を裏返しにする。其が今回のレポートの題材だった。




「『食変光星の、メカニズム』・・・・・・」




 途端、パチパチと拍手が聞え、グレアムは背後を振り返った。彼の様子を見て、グッドリックも振り返る。


 背後では、グッドリックの師事する物理・数学者のアンドレアス=ドップラーが部屋の窓枠より後ろに立っていた。


「素晴しい!」

「アンドレアス先生」

 何故此処へ、とは訊かなかった。彼がグッドリックに多分に目を掛けていた事は、見ているだけですぐ判る事だった。

「之は新しい発見ですよ、グレアム先生。私は彼をエスカランテ・ハウスに連れて行きたい」

「エスカランテ・・・?」

 グレアムはグッドリックを見た。彼は目を白黒させて、口を中途半端に開いている。アンドレアスは高揚した様な声で言った。

「前々から感じていたのですが、やはり彼は天才です。エスカランテの学術審議会で之を発表すれば、彼は科学者として認められる」

「申し訳有りませんが、アンドレアス先生・・・私にはその、エスカランテ・ハウスというものが解らないのですが・・・・・・」

「エスカランテ・ハウスとは、かの有名なアイザック=クレーンコートやアランデル=フックが所属するサイエンス・アカデミーです。この観測は必ず皆を呻らせる。就職の件で困っていたのでしょう?その心配も無くなる」

「そう・・・ですか」

 そう話されても返事に困ってしまう。まずこの理論が理解できないのだから。

 だが、アイザック=クレーンコートやアランデル=フックというと、テレビを観ていれば耳に入ってくる程の相当な有名どころである。

「おっと・・・っ」

 アンドレアスが慣れない足取りで屋根を伝い、二人のもとへ来る。

「グレアム先生、ちょっと」

 と言って彼からレポートを受け取ると、うん、うん、と大きく頷いてグッドリックの方を向いた。


「完璧だ!」


 グッドリックは真黒な眼を大きくする。


「どうだ?エスカランテへ行って、研究所に永久就職する心算つもりは無いか?君にはその才能がある」


 グレアムはくすりと笑った。

「永久就職、ですか」

 表現としては何だかおかしいが、するとしたらそうなるのかも知れない。

 グッドリックは期待を籠めた眼で、グレアムを見ている。グレアムは彼を見るなり二つ返事で了承した。

「いいですよ」

 余りにあっさりした答えに、グッドリックどころかアンドレアス教諭も驚いた。

「いいのですか?こちらも彼の能力とエスカランテ・ハウスの信頼性を照らし合せた上で提案していますが、そんな簡単に答えを出して」

 グレアムは理数の学問に疎い代りに、アンドレアスの誠意が本当か否か、彼の言葉に嘘偽りが無いか、そしてグッドリックの熱意がどれ程のものか、少なくとも本人達以上に読み取る事が出来た。アンドレアスが連れて行くのであれば、特に問題は無いと判断できる。

「別にいいですよ。何か問題が起ればマウンダー《こちら》へ戻ってくればよい事です。彼は職業訓練もまだでしたし・・・先ずは数日体験という形でもいいでしょうしね」

「・・・ナルホド」

 アンドレアスがふむふむと納得する。によく似るとは云ったものだが、彼のその姿は苦手な文系の教科がやっと理解できる様になった時のグッドリックの反応と似ている。

 グッドリックは表情を明るくして、グレアムに「ありがとう」の手話をした。

「ほら、アンドレアス先生。彼は今からでも行きそうな感じですよ。実際は、いつ行くのです?」

「4月18日に行なわれる公開講座に合せて行こうと思っています。25日と26日には討議会も行なわれますので其も覘いてから帰ろうかと。討議会では、グッドリック君の発言の機会も与えられます」

 アンドレアスもグッドリックと負けず劣らずの興奮の仕様で、ぱぁっと顔を明るくさせて言った。声も高らかである。

「あと1ヶ月半程ですね・・・何か特別に用意しておく物は?」

 グレアムが訊く。アンドレアスは条件反射と謂っていい程の即答性で

「いえ、何も要りませんよ。其よりもグッドリック君、君は旅立ちの日までにこのレポートに書いた式を確立させて、討議会でプロの学者さんとわたり合える様に纏めるんだ。後、あの星だけで無く、他の、あの星と同じ様な法則性を持つ星を見つけて、データを取る。1つの星だけのデータでは、見間違いではないかと言われてしまうからね。そして、君の作った式に他の星も当て嵌まるか、確めてみるんだ。データと、その式に矛盾が生じなければ完璧だ」

 と、手話を交える事も忘れ、一気に喋った。唇の動きが速すぎるので、グレアムが隣で手話通訳をする。

 速すぎて、グレアムの手も疲れた。声から数秒遅れて通訳を終らせると、グッドリックは恍惚と目を潤わせていた。

「言うのは簡単だが、星1つ見つけるのは可也かなりの難関だぞ。頑張れるか」

 グッドリックは、髪が揺れる程に大きく頷いた。その仕種を見て、アンドレアスも大きく肯く。

「有り難うございます、グレアム先生。彼は大成しますよ」

 アンドレアスはグッドリックの肩に手を乗せて、紅潮した顔をグレアムに向ける。グレアムは首を横に振って笑った。

「彼に才能がある事は、私も薄々気づいてはいたのです。只、私にはどうも理論が理解できなくて・・・・・・グッドリック君を、よろしくお願いします」

 グレアムが丁寧に頭を下げると、アンドレアスはびっくりして慌てて頭を下げた。

「いえいえこちらこそ・・・理解の有る先生が彼の担当で、本当に助かりました」

 改まった態度が苦手なのか、アンドレアスは先に頭を下げたグレアムよりも早く頭を上げると

「さぁ、そろそろ中へ入りましょう。さすがに寒い」

 と、少し慌てた声で言って一足早く部屋の中へ歩いて往った。

「そうですよ、グッドリック君。屋根の下に落したペンを拾いに行かなければ」

 そう言って、グレアムも両手を擦り合わせながら部屋へと戻ってゆく。グッドリックは彼の後をついて歩くが、途中で立ち止り、振り返って自分の発見した唯一つの星を見上げた。




(私が・・・エスカランテ・ハウス《学術審議会》へ・・・・・・)




 流れ星が一つ、天上で光り大気圏内で燃え尽きた。願い事を唱えれば叶うだとか、一つ流れる度に一人の命を奪うだとか云うが、無論グッドリックは信じていない。


 だが、この時ばかりは、今回の話が夢でないよう、少し願掛けをしてみたい気持ちにもなった。

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