第118話 追憶——そして甘々
お風呂に入る。
その行為に対して、ここまで高揚感を抱いたのはいつぶりだろう。
いや否——初めてだ。
俺は今、生まれて17年の月日の中で初めて、風呂に入ることに興奮している。
中学の修学旅行の時、同級生の男子たちが言っていた、女湯のお湯が男湯に流れてきているから実質女子と同じ風呂に入ってる、なんてバカバカしい理論を、大人びた思考で鼻で笑っていた俺だが……今は違う。
「これが……愛莉の、入った……お風呂」
シャワーで身体中を洗い流して清い身体になった俺は、真っ裸で小さなバスタブの前に佇む。
目の前には同級生の女子が入った風呂の残り湯。
こんなの、思春期男子なら誰だって喜んで顔から入る。
え? 普通の男子なら遠慮して入らないだって?
ふっ、悪いけど俺は入る。当然さ、変態紳士としてはね。
「さてと……そろそろっ」
俺はルパンダイブで入りたい気持ちを抑えながら、俺はゆっくりと足先から湯船に入っていく。
「あっ、温かい……っ。まるで自分の身体を、背後から愛莉に包み込まれているようだ」
これこそ思春期の圧倒的妄想力。
でも愛莉の残り湯なのだから、愛莉に包まれているという表現は強ち間違いではない。
「ここはもう……愛莉のすべてなのだから」
☆☆
1時間ほど風呂を堪能した俺は、満足気に笑みを浮かべながら屋根裏部屋に戻って来る。
「あ、おかえり諒太」
「ああ。お風呂いただきました……って、あれ」
屋根裏部屋には2枚の布団が横に並べてあった。
どうやら俺がいない間に、愛莉が2枚の布団を敷いてくれていたみたいだ。
「ご、ごめん愛莉、お布団出してもらっちゃって」
「もぉ、そういうのは言いっこナシだよ? 愛莉たちの仲なんだし」
愛莉は俺の肩をポンッと叩くと、笑顔で言った。
「あ、ああ。ありがとう愛莉」
「まぁ、今夜は愛莉が無理やり泊まってって言ったんだし、これくらいは愛莉がしないと。それよりお風呂はどうだった?」
「お風呂? 最高だったよ……これまで入った風呂の中で間違いなくダントツの1位だ」
「もー、お風呂くらいで大袈裟だなぁ諒太は。でもお湯の温度ちょっと熱かった? 愛莉、お湯には入らなかったからどれくらいかあんまり分かんなくて」
「………え?」
愛莉がぽろっと一言溢したのを聞いた瞬間に、俺は手に持っていた衣類を落とす。
ま、ままま……っ!
「ん? どしたの諒太? お口もあんぐりしてるよ?」
「ちょっ、ちょ、待て! 今なんて言った? 湯船に入ってない?」
「うん。シャワーだけで湯船には入ってないよ?」
「なっ! なんで入らなかったんだ?」
「そりゃ、愛莉が入った後のお風呂じゃ諒太が嫌かなって思ったから」
「ぬあっ!」
な、ななっ……なんだと!? 愛莉は風呂に入っていない!?
じゃ、じゃあ俺が湯船で感じていた愛莉の熱い抱擁は、もしかしてマボロシだったのか!?
「それにね? 愛莉の長い髪の毛とか、お風呂に浮いてたら諒太をびっくりさせちゃうと思ったし、ちょっと恥ずかしくて。えへへ……」
愛莉は恥じらいながら可愛らしく微笑む。
普段は深く考えていないように見えて、愛莉はこんなにも俺に気を遣ってくれてくれていたなんて……。
くっ! それに比べて俺はなんだ! 愛莉の残り湯(ただのお湯)でニヤニヤして、邪なことばかり考えて! 恥ずかしくないのか! 人間として!
俺は自分の恥ずかしさと愛莉への申し訳なさで、自責の念に苛まれる。
「諒太? なんで唇噛んでるの?」
「な、なんでもないんだ愛莉。ただ、俺は男として失格なんだ」
「失格? よく分かんないけど、ほら諒太。お布団に座ってさ、一緒に……しよ?」
は? お布団で……一緒に……っ?
俺の下半身が光の速さで反応してしまう。
「それってまさか、セッ——」
「じゃじゃーん! 愛莉が持って来たトランプとー、バ●ル●ーム! これで遊ぼー?」
それを聞いて一瞬にして下半身が鎮まった。
愛莉は満面の笑みでスーツケースから無駄にデカいバ●ル●ームを取り出す。
こんな無駄にデカい要塞をわざわざスーツケースで持って来たと言うのか……というツッコミが口から出ないほど、俺はガックリしていた。
「はぁ……やっぱり愛莉は愛莉だな」
「なにそれ! ほら、今から超エキサイティンッしよ?」
「はいはい」
僅かながら男女の営みの可能性を期待していた俺は、愛莉が満足するまでバ●ル●ームに付き合うのだった。
☆☆
深夜0時。
俺と愛莉は横に並んだ布団で横になる。
無論ここにエアコンはないが、田舎の夜はそこそこ涼しいのもあり、窓際に風鈴を垂らしながら扇風機を「強」にすればなんとか暑さを紛らわすことができた。
しかし扇風機の羽根が所々折れている所為で、ブンブンと音がうるさい。
俺をラッキースケベに導いてくれた蜂の羽音と同じくらいだ。
「電気、消すね?」
「お、おう」
愛莉が屋根裏部屋の電気を消すと、窓から差し込む月の光だけが、多少部屋を明るくしてくれた。
さて……色々と疲れたし、俺も寝るとしよう。
「ねえ諒太、起きてる?」
「そりゃ起きてるだろ。まだ電気消して2分も経ってないぞ」
「だ、だーよねー」
左隣の布団から愛莉の声が聞こえて来る。
「なんかこれ、修学旅行みたいだね」
「……そう、だな。でも普通、修学旅行なら男女分かれて寝るものだし、そもそもこうやって愛莉と俺が横に並んで寝てるのは、色々とマズイと思うが?」
「大丈夫だよっ。だって諒太は愛莉を傷つけるようなことする男の子じゃないもん」
愛莉はそう言うと、そっと身体をこちらに向けて寝ながら俺の方を見て来る。
愛莉はTシャツにホットパンツというパジャマなのかよく分からない格好をしているが、そのTシャツにプリントされた牛の立ち絵が、ダックスフンドくらい胴長になるくらい、胸元だけパツンパツンに張っていた。
えっっっろ。
「あのね、諒太」
「な、なんだ? 改まって」
「愛莉、諒太に言いたい事があって。文化祭の時は言えなかったことなんだけどさ」
「え、えっ……?」
文化祭の時に、言えなかった……?
これはもしかして、こ、告はっ!
「愛莉ね——昔の愛莉に、ウエハースをくれた男の子が諒太だったんじゃないかなって思ってるの」
愛莉から聞かされたのは、ある意味衝撃の内容だった。
「……は? う、ウエハース?」
「前に話したでしょ? 愛莉が貧しくて駄菓子屋さんのベンチに座ってたらウエハースをくれた男の子がいたって話」
あ、ああ、そういえば……前に駄菓子屋でそんなこと言っていたような。
「って、それが俺だって言うのか?」
「うんっ。その男の子が持ってた青い袋はきっと諒太の家にあった袋と同じだし、諒太って昔もよくあのウエハース買ってたんでしょ? この前二人で駄菓子屋に行った時、諒太とその男の子が似てるなぁ、って思った事があって」
「そ、そうなのか?」
「うんっ、まぁでもこんなの証拠にならないし、実際諒太は覚えてないんでしょ?」
「それは……ご、ごめん」
瑠衣との思い出も同様だったが、さすがに少年時代のとある1日をいつまでも覚えていない。
しかも助けられた側なら覚えていてもおかしくないが、助けた側ともなるとさほど記憶は薄れてしまうものだ。
ラノベ主人公とかなら「あの時の!」みたいに都合よく思い出せるのかもしれないが……現実は非情だ。
「でもね、仮に違っててもいいの! 愛莉は、あの時ウエハースをくれた男の子が諒太であって欲しい。諒太だったらいいなって思うし、そう思いたいから……」
愛莉はほんのり頬を赤く染めながら、真剣な顔でそう言うと、俺の方に背中を向けてしまった。
「あ、愛莉?」
「え、えへへ……ちょっと今の、告白みたいだったね?」
「えっ! あ、あぁ、そう、だな!」
「なーんて。ごめんね長話しちゃって。明日も早いし、もう寝よ? 諒太」
「お、おう!」
愛莉が急にドキドキすることを言うので、俺は動揺しまくってしまう。
なんだよ「告白みたいだったね」って! 青春漫画の1ページみたいに甘い展開じゃねえか!
も、もしかして愛莉、本当に俺に告白をしたとか……?
そう考えれば考えるほど、頭の中が愛莉のことで一杯になってしまう。
俺が興奮して頭を抱えていたその時、スマホにlime通知が入っ……て、おいおい。
俺はスマホを見た瞬間に目が飛び出そうになる。
『黒木:ねえ諒太くん? 今日陸上部の練習の後に諒太くんのお家に寄ったら、今日は帰って来ないってお母さんから聞いたんだけど、大丈夫かな? もしかして愛莉のご実家でお泊り?』
こ、これは……かなりマズイな。
風呂出たばかりなのに俺は脂汗が止まらない。
お泊りのことを、一番知られたらマズイ奴にバレちまったんだが!?
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