第114話 愛莉の気持ち。諒太の想い。


 BBこと愛莉のおばあちゃんが、事前に用意してくれていたバナナと焼酎を混ぜた蜜を、早速ストッキングに詰めて準備を進める。


 発酵しているからか、独特の臭いを漂わせるその蜜は、鼻を摘んでいないと酔いそうな臭いを発していた。


「これ、シンプルに臭いんだが」


 まだJKだった頃の姉が、よく玄関に脱ぎ捨てていた靴下みたいな臭いがする。


「カブトムシはね、この臭いに反応して寄って来るんだから我慢だよ諒太」

「そ、そうかもしれないが……」


 俺は鼻を摘みながら、やっとストッキングの中に蜜を入れる作業を終わらせる。


「それにしても愛莉は慣れてるよな? 虫とりはよくやってるのか?」

「うーん。最近はあんまりだけど、子どもの頃はこれくらいしか遊べるものがなかったから、いつもしてたかなぁ。それに愛莉、カブトムシ大好きだし」


 愛莉は指でカブトムシの角を作ると、俺の肩にツンツンと押し当ててくる。


(可愛い……こんなカブトムシなら何体でも欲しい……)


「諒太は? 男の子なんだからカブトムシ好きでしょ?」

「決めつけるなよ。俺は虫苦手なんだ」

「えー? 苦手ぇ? でも今日はこうやって付き合ってくれてるじゃん!」

「それは、約束だっから仕方ないというか」


 テストの結果次第で夏休みに3人の言いなりになるのはテストの前からの約束だったわけで。


「でもでも! 本当に嫌なら優里亜たちみたいに断るよね? なんで来てくれたの?」

「な、なんでって……そりゃ、愛莉が……」

「え? 愛莉が?」

「だって愛莉はどうしても虫とりに行きたかったんだろ? 他の2人が来てくれないなら、もし俺まで断ったら1人で行くことになっちゃうじゃないか。それだと愛莉が可哀想だと思ったっつうか」


 愛莉から執拗に問い詰められた俺は、正直な気持ちを吐露する。


「じゃあ諒太は、愛莉を1人にしないために来てくれたってこと?」

「え? ま、まぁ……」


 愛莉が目を丸くしながら聞いて来たので、俺は照れを隠しながら頷く。


「……そっか」


 愛莉は小さく笑いながら蜜入りのストッキングを手に取る。


「諒太はやっぱり優しいなぁ。愛莉のことをそんなに考えてくれる男の子初めてだもん」

「そ、そうか?」


「うんっ。諒太のそういうとこ、カッコいいよ?」


 白い歯を見せながら満面の笑顔を見せる愛莉。

 くっさいストッキングを持っていることを除けば、それはあまりにも完璧すぎる笑顔だった。


「さ! ストッキングに蜜は詰めたし、木に塗る用の蜜も取ったから準備万端だね?」


 すると愛莉は照れくさそうな顔でアンダーツインの髪を解いた。


「あ、愛莉! 麦わら帽子探して来るねっ」

「ああ……」


 なんかさっきの愛莉、普段の子どもっぽさがなくて、自然な笑顔だったというか……。


(何より、俺のことカッコいいって……)


 俺は麦わら帽子を取りに行く愛莉の背中を見ながら、ドキドキが止まらなかった。

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