第113話 ストッキング事件


「蜜知らないの? カブトムシ取る時の基本だよ?」

「き、基本って言われても」


 俺みたいなシティボーイ(自称)は虫取りなんてしたことないし。


「ていうか、カブトムシなんて森へ行けばいくらでもいるんじゃないか? きっと今もブンブン飛んでるだろ?」

「あまーいっ! 考えが甘すぎるよ諒太! そんな簡単にカブトムシとかクワガタが取れたらみんな苦労しないし!」

「そ、そうなのか?」


 よく分からないが、俺はてっきり田舎の森へ行ったら木に山ほど昆虫がいると思ってたし、簡単に獲れてすぐに帰れるものかとばかり思っていたが……そんなに大変なのだろうか。


「そもそもカブトムシの狙い目は深夜から早朝で、餌を塗って誘き出す必要もあるのっ」

「へ、へぇー」

「だから早速、準備始めるよ!」

「え、今から!?」

「当たり前! ほら、キッチン行くよー!」


 なんか愛莉って、好きな事の話になるとめっちゃ熱が入るな。


 俺は愛莉についていく形で台所までやって来ると、元爆乳おばあちゃんことBBが、バナナと焼酎が混ざった変な色の"ブツ"を持っていた。


「ほら愛莉。しっかり用意しておいたよ」

「ありがとうおばあちゃん!」


 愛莉はBBからそれを受け取ると、台所のシンクの上に置いた。


「な、なんだよそれ……キモいな」

「これがカブトムシを誘き寄せる"エサ"だよ?」

「エサ? これを、使うのか?」

「うんっ。この焼酎とバナナを混ぜた蜜を使うとね、カブトムシたちがたくさん寄って来るの!」

「へ、へぇ……」


 見るからに発酵してるし、確かに匂いは凄そうだが……これがカブトムシの好きな樹液に近い匂いにでもなるのだろうか。


「とりあえずそれを木に塗るのか?」

「木にも塗ったりするけど、今回はこれも持って来ててー」


 愛莉はポケットから何やらゴムのようなものを引っ張り出す。


「じゃーん、ストッキングー!」


 某猫型ロボットみたいにそれを出した愛莉は、ビヨンビヨンと引っ張りながら俺にそれを見せた。


 愛莉の手にあったのは肌色のストッキングで、その質感を見ているだけで男心が擽られる。


(す、すす、ストッキング、だと!?)


「このストッキングにね、蜜を入れて一晩中木に巻いておくの! そうすると次の朝にはたくさんのカブトムシが」

「こ、こんな……っ」

「え? どしたの諒太?」


「女子のストッキングみたいなでカブトムシを誘き寄せるとか! カブトムシどころか変態が寄りつくだろ!」


 俺は目をかっ開きながら愛莉に訴えかける。


「は、はあ? 諒太、何を言って」

「こんな女子のストッキングに群がるのを法的に許されるとか、カブトムシは優遇されすぎだ!」

「ちょ、諒太落ち着いて!」

「落ち着いてなんていられるか! いいか? これは俺がすぐに没収を」


「それ! 100均で買った新品なんだけど!」


 ……し、新、品?

 じゃあ、愛莉が使ったわけでもない……ってことか。


「ふぅ。よし、さっさとこれに蜜を詰めよう」

「もー! なんなのそれ!」


 俺は即座に頭を冷やし、愛莉に蜜を入れるよう促す。


(こんな新品のストッキングなんて……ただのストッキングだからな)


「諒太ってさ、やっぱりヘンタイさんだよね」


 呆れ顔の愛莉はジト目で俺の方を見て来る。


「そっ、それは、否定しないが……男子なんてみんな変態だぞ」

「そうなの?」

「当たり前だ。でもそれは女子も例外じゃない。女子だってイケメンを見たら『抱いて!』って絶対なるだろ? あれと同じようなものだ」


 俺はそれっぽく適当なことを言っておく。

 というか、完全に偏見である。


「うーん。愛莉にはそういうのないよ? そもそも愛莉はイケメンとか興味ないし」

「きょ、興味ない? さすがにそんなことないだろ?」

「本当だもん! 愛莉は顔なんかよりも、性格と心が優しい男の子の方が好きだからっ」


 性格と心……か。

 いかにも愛莉らしいというか、愛莉本人がそうだからこそなのかもしれないが。


「なら、その性格と心が清い理想の王子様ってのは、もう見つかったのか?」


 と、俺はわざと意地悪なことを聞いてみる。


 子供っぽい愛莉のことだ。そんなの見つかってるわけ。


「いっ、いるよ……? 王子様というより、お姫様だったけど」

「は? お姫様? もしかして愛莉は女の子が好き、なのか? それはそれでアリなんだが」

「はぁ……もう違う! 諒太のアホちんっ!」


 あ、アホちんってなんだよ。

 でもどうやら愛莉は女子が好きという訳ではないらしい。

 じゃあそのお姫様ってのは、一体……。


「ほんと諒太って勉強が出来るだけのアホちんだよね!」

「どうして急にそんなディスって来るんだよ」

「……ふんっ」

「なんだよ。怒ってるのか?」

「うん、めちゃ怒ってる」

「いや、怒ってる奴は怒ってるって言わないだろ」

「ほんとに怒ってるもん! よーしこうなったら、今回はストッキングだけじゃなくて、諒太のパンツにもエサを包んで木に引っ掛けるから!」

「は? 何をバカな、って、おい!」


 愛莉はバカなことを言い出すと、すぐさま俺の下半身に手を伸ばしてパンツを剥ぎ取ろうとして来る。


「ぬーげー!」

「ちょ、おい! バカ言うんじゃあない!」


「あらまぁ。二人とも昼間っからお盛んねえ」


「B、じゃなくて愛莉のおばあちゃん! こ、これは誤解ですから!!」


 俺は下半身を守ることで精一杯だった。

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