第99話 優里亜はツンデレ理解者
真夏の朝の屋上は灼熱の陽光に晒されており、普段なら朝のHRまで屋上の塔屋に一人でいる田中も、今日は姿が見えなかった。
「あっつー、あ、諒太やっと来たじゃん」
「お、お待たせ優里亜」
俺が屋上に到着すると、屋上では優里亜が一人げに、腰に手を当てながら金網に背中を預けて立っていた。
陽光に重なるその茶色の長い髪は、いつもよりも明るく見える。
屋上でギャルと二人きりという、本来ならウハウハドスケベイベントなのだが、今回ばかりは状況が違う。
「それで話ってのはなんだ? もしかしなくても、朝のことか?」
そう、愛莉を愛莉と呼んだ問題について、黒木からはその場で問い詰められたが、優里亜からはそこまで聞かれなかったのだ。
「ま、そうなんだけど……とりあえず、愛莉と諒太は本当に変な関係じゃないんでしょ?」
「あ、当たり前だ! 俺みたいなオタク陰キャがあんな爆乳美少女と付き合うとかファンタジーすぎるだろ!」
「それはそれで自己肯定感低すぎだと思うけど」
優里亜は俺をフォローしてくれるけど、それはオタク仲間だからであって。
「俺がオタクなのもそうだけど、そもそも愛莉には彼氏がいるだろ? だからそんな関係にはならないって」
「………」
「ゆ、優里亜?」
優里亜はやけに難しい顔をしながら眉を顰めている。
「そこなんだけどさ、前々から違和感を感じてたっていうか……愛莉ってあんなに天然でピュアなのに、本当に彼氏とかいるのかなって」
「……っ!」
やっぱり薄々バレそうになってんじゃねえかっ。
そりゃ1年間も一緒にいて、海山愛莉のことを知れば知るほど、他校で彼氏を作る感じの遊んでる女子ではないと思えてしまう。
「今まではあたしらの関係を崩したくないから本当にいるのか聞くのは野暮だと思ってたんだけど、最近の愛莉って諒太に対してやけに距離感近いし……余計に本当に彼氏がいるのか気になってさ」
つまり、これまでは愛莉の彼氏のことが少し気になっていた程度で深入りしていなかったけど、最近俺と仲良くなったことで、その違和感が余計に強くなったってことか。
実際彼氏なんていないわけで、愛莉は甘え上手というか、誰にでも愛嬌を振り撒いているからなぁ。そう見えてもおかしくはないか。
「それについて諒太はどう思う? それとも諒太——」
俺は生唾を飲み込む。
「もしかして、何か知ってる?」
優里亜は目を細めて俺に問いかける。
冷や汗なのかただの汗なのか、それすら分からない汗が頬を伝い、灼熱のコンクリートに垂れた。
ま、まま、まずい。
この一ヶ月間、意外と秘密に関しては守り切れて来たから油断をしていたが……俺が疑われることになるなんて。
こんな状況に陥るとは思ってなかったので、俺は必死に返事を考える。
「お、俺が知るわけないだろ? そもそも愛莉は、俺たち前ではピュアで天然かもだけど、彼氏の前では違うかもしれないじゃないか」
「彼氏の前では?」
「ああ。だから普段の愛莉の姿勢から、とても彼氏ができると思えないって決めつけるのは、安直なんじゃないかなって」
俺は上手いこと愛莉の私情を知らないことをアピールしながらも、愛莉に彼氏がいることを信じさせるためのフォローもして立ち回る。
我ながらかなり上手い立ち回りだと思う。
これで優里亜が少しでも考えを変えてくれたらいいんだが……。
「……そっか。ま、確かにあたし、彼氏とか出来たことないから、彼氏の前だと人格変わるとかよく分からんないけど……うん。やっぱり諒太が言うように、愛莉は愛莉で彼氏のために頑張ってるのかもね」
「優里亜……」
「よくよく考えたらあの愛莉が器用に嘘なんてつけないと思うし、あたし考えすぎてたのかも」
どうやら、なんとか上手くいったみたいだ。
まぁ愛莉に彼氏がいるのか怪しまれている件については、後で本人と一度話す必要がありそうだけどな。
「でもさ、それならあたしも……」
「ん?」
「もしも、あたしも彼氏とか出来たらさ、少しは違う自分になれたりするのかな?」
「……優里亜はなりたいのか? 違う自分に」
「どうだろ、でも今のあたしにはさ」
優里亜は俺の方をジッと見つめると、水色ネイルの人差し指でそっと俺の鼻頭を突いて来る。
「ギャルなあたしもオタクなあたしも、どっちも認めてくれる……諒太って名前のオタク男子いるから、彼氏とかは別にいらないかなって」
優里亜は白い歯を見せて笑いながらそう言う。
お、俺がいるから、彼氏はいらない……?
むしろ逆だろ、俺みたいなオタク男子しか男友達がいなかったらつまんないし、もっとイケメンな男と仲良くなりたがるのが女子なんじゃないのか?
「てかもしあたしに彼氏できたら、諒太があたしの太腿を見るの憚りそうじゃん? それはあまりにも可哀想だし、諒太があたしの太腿に飽きるまでは、あたしも彼氏作らないでおいてあげる」
「お、おい、それだと俺は一生飽きないと思うが、大丈夫か?」
「い、一生って……ったくもぉ。諒太マジでど変態じゃん!」
「笑顔で言うなよ。もっとドン引きしながら言ってくれ」
ついでにもっと罵倒してくれ。
「まぁ、そーいうとこがほんと」
「ん?」
「……なんでもない。そろそろ教室戻ろ?」
「ああ、そうだな」
そろそろ朝のHRの時間が近づいて来ていたので、俺と優里亜は小走りで教室へ向かう。
さっき俺のことを「ど変態じゃん」と言った時の優里亜の笑顔は、物凄く可愛かった。
シンプルに罵倒されて覚える喜びとはまた別の感動があった気がする。
「……なぁ優里亜、これからも俺のことを笑顔で罵倒してくれないか?」
「は? きも。引くんだけど」
今度はシンプルに引かれた。
これだよこれ、と頷く俺だった。
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