第83話 田中はロリっ子メイド♡
2年C組のメイド喫茶に並ぶ列は、隣のクラスまで続いており、その盛況ぶりを表している。
(えーっと黒木は……ああ、いた)
黒木はまだ列の最後尾から5番目くらいで、後ろの方だった。
相変わらず周りから視線を集めながらも、黒木はそれを気にしていないかのように、列に並びながら文庫本を読んでいた。
本を読んでいるからか声をかける生徒はおらず、見られるだけで済んでいるようだ。
「黒木、ちょっといいか」
俺が声をかけるやいなや、すぐに文庫本を閉じる黒木。
「あれれ? 諒太くん? やけに遅かったけど……優里亜と乳繰り合ってた?」
「乳繰り合ってねえよ! ったく、俺の前だと口が悪いなぁ」
「そう言う諒太くんこそ、女遊びが過ぎるんじゃない?」
「しっ……してないだろ! 女遊びなんて」
「冗談だよ諒太くん。怒らないで? ふふっ」
黒木は笑いながら言うが、本当に冗談で言っているのか分からなくて冷や汗が出る。
実際、女遊びとまでは行かなくても、今日一日で海山の爆乳を触りそうになったり、優里亜にキスされたりと思い当たる節が多過ぎるんだよな。
「それより、ここに来る途中で愛莉と会わなかった?」
「あ、ああ。海山とならさっきA組の前で会ったよ。市之瀬と二人でA組の教室内縁日へ行った」
「諒太くんも一緒に行けば良かったのに?」
「お、俺は文化祭とかいいから。それより黒木も二人と一緒に文化祭縁日で遊んでこいよ。順番が来たらlimeするからさ」
「……ほんと、諒太くんって優しいよね」
黒木は遠い目をしながら小さく呟いた。
「ありがたいけど……わたしもあんまり賑やかなところは好きじゃないから。ここで一緒に待たない?」
「べ、別に……それはいいけど」
こうして俺は黒木と二人で並んで順番を待つことに。
黒木と二人……それだけで周囲からの視線が痛い。
海山や優里亜のおかげで嫉妬の視線は結構慣れたつもりだったが……黒木の場合はなんか違う感じがある。
「あいつ白雪姫の男だよな」
「海山さんや市之瀬さんとも一緒にいたよな」
「許せねえ……なんとしてもあいつを」
嫉妬というよりも殺気を感じるんだが……。
「諒太くんごめんね、わたしと一緒にいると……気になるよね?」
「周りの視線のことか?」
「うん。別にモテたくないのにモテちゃうから」
俺みたいな非モテ陰キャからしたら、嫌味ったらしく聞こえるが、黒木の場合はそれが嫌味でなく本心なのだとよく分かる。
黒木瑠衣は男に興味を示さない。
自分の目指す完璧のため、ストイックに自分を磨き続ける完璧超人。
そんな彼女でも、何かしら弱い部分はあるのだろうか。
完璧にできなかった事、とか……。
「黒木はさ、これまでに完璧に出来なかった事とか、あったりするのか?」
「……ふふっ」
「なんで笑うんだよ」
「だって、やっと諒太くんがわたしに興味を持ってくれたんだなって思ったら、笑みが溢れちゃって」
「はあ?」
ほんと、何を考えているのかよく分からない。
「そりゃわたしだって、全部が全部完璧にこなせるわけじゃないよ? けど……」
「けど?」
「わたしに何かある時は、いつも必ずヒーローが目の前に現れるから」
「ひ、ヒーロー?」
黒木の口から突然"ヒーロー"なんて横文字が飛び出したので、唖然としてしまう。
「なあそのヒーローってどんな——」
「おーい! 諒太ー! 瑠衣ちゃーん!」
俺たちが話していると、A組の方から海山と優里亜が歩いて来た。
「二人ともA組の縁日に行ってたんじゃ……?」
「いやぁ、あたしらだけ遊んでるのも悪いと思ってさ、諒太と瑠衣が並んでるならあたしらも一緒に並ぶし」
「そうそう! それにあの縁日、たこ焼きとか焼きそばとか美味しそうなのばっかりで全部食べたくなるの。午後の劇もあるし、目に毒だから戻って来た!」
ただでさえ爆乳な小人の腹がボテ腹になってたら、色んな意味で問題になりそうだから賢明な判断だな(見てみたいが)。
「てか、そろそろ入れそうじゃん」
「奏ちゃん、しっかりお仕事してるかな?」
田中の場合、根は陰キャだが意外と任された事はやるタイプの陰キャだからその辺は大丈夫だろう。
「お次の方どうぞ〜」
やっと俺たちも教室の中へ入れた……のだが。
「「「お帰りなさいませ〜」」」
教室に入るなり、メイド服を身に纏ったC組の女子たちが笑顔で迎えてくれる。
メイド服に金をかけ過ぎたのか、メイド喫茶にしてはかなりサッパリとした飾り付けなのだが、それでも客入りが好調なのは普通に女子のレベルが高いからだろう。
(うちのクラスには高校でもトップの美少女三人衆がいるが、それに比べてC組は、美少女三人衆までとは言わなくても可愛い女子が多いと男子の間ではよく言われている)
特出した3人の美少女がいるB組か、総合力のあるC組か……甲乙をつけ難い。
(まぁ、そんなC組に田中みたいな陰キャもいるわけで……)
俺たちが来たことに気づいたのか、テーブルを拭いていた田中が、すぐに俺たちの方へ来た。
「お帰りなさいませご主人様っ、お嬢様っ。今お席にご案内いたしますねー」
ロリッ子眼鏡っ子メイドの田中は、慣れたように活き活きと接客している。
頭に乗ったホワイトブリムに、黒のインナーとフリルのかかった白いエプロン。
田中は身体が小さいので、メイド服も小さいサイズだが、それがロリメイド界隈に激震を与えるほど似合っている。
地味に可愛いんだよな……普段は陰キャすぎて高校の屋上に行ってるヤツとは思えない。
「みんなで来てくれるなんて嬉しいです! B組の演劇もとても良かったですよ!」
「ふふっ、ありがとう田中さんっ」
この前俺の家に来た時は、黒木は田中のことを毛嫌いしていたイメージだったが……やけに今日は温厚だな。
一応この二人、テストだと学年1位と学年2位だからライバルと言ったらライバルなのだが……。
4人席に案内されると、俺と海山が並んで座り、向かい側に黒木と優里亜が座った。
「えーと、こちらがメニューで」
田中は持っていたメニューをテーブルの上に差し出す。
これがメニュー……ん?
「愛情たっぷりオムライスと、愛情たっぷり卵焼きに愛情たっぷりオムレツ、愛情たっぷりチャンプルー、愛情たっぷりキッシュ……って、おい田中。なんだこのメニュー」
「うちのメイド喫茶、卵料理一本でやってるんで」
「はあ?」
拘りの強い店みたいに言いやがって……食材絞ってるだけだろ。
しかも値段は全部700円……物価高の現代とはいえ、文化祭でこれは高いだろ。
「愛莉はオムライスー!」
「んじゃあたしはオムレツ」
「わたしはキッシュで。諒太くんは?」
「お、俺は」
この後も劇あるし……重いのは嫌だな。
そうなると、キッシュかチャンプルーになるのか……。
「じゃあ、チャンプルーで」
「かしこまりました〜。オムレツとオムライスとキッシュには"おまじない"サービスがございますが、いかがされますかっ?」
おまじない選択式なのかよ。
「「いらないから」」
黒木と優里亜が口を揃えて断る。
まぁ、この二人はそうなるだろうな。
「お二人ともノリが悪いですねぇ」
「いや、知り合いがアレするの見るのがちょい恥ずいっていうか」
「えー! 愛莉はやって欲しいー!」
「じゃ、じゃあ愛莉たんだけは一緒にやりましょうね!」
「うんっ」
海山はこういうの好きそうだもんなぁ……。
田中はぺこりと一礼すると、注文を料理担当へ伝えに行った。
「そういえば諒太くんってメイド喫茶にはよく通ってるんだよね?」
「え、そうなん諒太?」
「メイド喫茶? 別に俺……」
「ふふっ……」
俺が否定しようとしたら、黒木が不敵な笑みを浮かべる。
「あれれー? おかしいなぁ。この間、日曜日に駅で会った時は、隣町にある行きつけのメイド喫茶に行ったとか言ってたよねー?」
そう言われて、俺は反射的にあの日のことを思い出す。
あっ、やべっ……そういえば優里亜とデートしたあの日、黒木にはメイド喫茶に行ったとか嘘ついちまったんだった。
「日曜日って……」
優里亜がボソッと呟いて何かを察したように眉をピクリと動かすと、俺の方を見て来る。
さすが一番の理解者。どうやら優里亜は俺の状況を察してくれたようだった。
「い、今は諒太のことより、午後の劇が終わった後どこ行くか決めない?」
「……それもそうね。諒太くんが本当は何をしていたのかは置いておいて」
黒木は俺に向かって優しく微笑みながらそう言った。
うっわ……怖っっわ。
「あたしは1年C組のお化け屋敷とか行きたいんだけど、愛莉は?」
「愛莉もお化け屋敷行きたい! あ、でも劇が終わったらたこ焼きとか焼きそばいっぱい食べたいかも」
結局たこ焼きと焼きそば食うのか。
まぁ、海山のボテ腹見たいし私は一向に構わん。
「諒太くんはどこか行きたいところある?」
「な、なんで俺に聞くんだ? 3人の計画だろ?」
「諒太も一緒に回ろうよ!」
「え、ええ……」
この3人と一緒に回ってたら、他の男子たちが嫉妬で狂い出すぞ。
「お待たせしましたー」
俺たちが劇の後の予定について話していると、田中が料理を運んで来た。
「こちら愛情たっぷりオムレツと愛情たっぷりオムライスと愛情たっぷりキッシュと愛情たっぷりチャンプルーです」
くどくなるほど「愛情たっぷり」を連呼しながら田中は料理を置いていく。
「それでは愛莉たんっ! 手にハートを作ってもらってご一緒に」
「うんっ」
「美味しくなーれっ、美味しいなーれっ、萌え萌えキューンっ」
「わぁ……す、凄いね、田中ちゃん」
海山は最初こそノリ良くハートを作ったものの、ノリノリで萌え萌えキューンをする田中を見て若干引いていた(そしてなぜか奏ちゃんではなく田中ちゃんになっている)。
まぁ、いくらオタクの俺でも流石に親友の「萌え萌えきゅん」は聞きたくなかった。
「ほら諒太くんもやりましょうよー」
「やらねえよっ!」
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ついにこの作品のフォロワーが1万人を超えたので嬉しくて泣いています。
いつも本当にありがとうございます。
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