第77話 ハイタッチパイタッチ


 一通り校内を回って演劇の宣伝をして来た俺と海山は、体育館の方へ戻って来る。


 すると体育館の中では、すでに生徒たちが各々の作業をしていた。


「いっぱい宣伝して回ったけど、みんな来てくれるかなぁ?」


 海山は体育館の入り口で足を止めると、ため息混じりに言う。

 どう考えても男子は来るだろ……海山の爆乳を見るために。


 あと午前は優里亜、午後は黒木のファンが来るから大盛況間違いなしだろう。


 そして俺はキモい女装をしたお笑い者……ほんと、主役ってなんなんだろうな。


「諒太、もしかして緊張してる?」

「き、緊張?」

「うん。だってあと少しで愛莉たち、舞台で演劇するんだよ?」

「そう、だな……少しは緊張してるけど、どうせ俺を見てる客なんていないだろうし……そこまでかな。あはは」


 と、自嘲しながら言う。

 すると海山は一緒に笑うのではなく、やけに神妙な面持ちで俺の方を見つめて来た。


「愛莉はね、してるよ緊張……」

「え? 海山が?」

「ほら……」


 海山はそっと俺の右手を取ると、自分の胸元に……にっ!?

 俺の右手は海山の左鎖骨付近に置かれ、右手の母指球と小指球が海山のたゆんとした爆乳に触れる。

 何という……柔らかさッッ!


(こ、このまま少しでも下にズラしたら、勢いと衝動でこの爆乳を揉みしだいてしまう!)


「愛莉の心臓……ドクドク、してるよね?」


 し、してるけど……むしろ俺の下半身がドクドクビクンビクンしてしまうんだが。

 って、そうじゃない! これ以上触っていたら誰かに勘違いされる!

 やっと危機感を覚えた俺は、すぐに手を離した。


「いつもなら愛莉は……緊張とかしないんだけど」

「そ、そうなのか?」

「でもね、諒太の前では失敗したくないって思ったら……なんか緊張して来ちゃった」

「お、俺?」


 急に俺が出て来てびっくりする。


「なんで俺なんだ? 俺は海山がミスっても怒らないしイジったりもしないぞ?」

「そう、なんだけど……」


 海山は何かが喉に詰まったような様子で口籠ってしまう。


「……あのね、愛莉、この前諒太の家に行った時に少し気づいたことが」


「おーい! そこの二人ー! そろそろ集合時間だぞー」


 俺たちが体育館の入り口で話していたら、妃のコスプレをした火野が体育館のステージから声をかけて来る。


「わ、分かった! 今行く! ……それで、俺の家でどうしたんだ?」

「う! ううん! やっぱなんでもない!」

「え? でも」

「愛莉ね! 諒太のお家に行ったらなんかより一層諒太に負けられないって思ったの! ただ、それだけ!」


 海山は捲し立てるようにそう言うと、小人の衣装をバルンバルン揺らして先にステージの方へ行く。


 よく分からないが……俺に対抗心を燃やしたと言うことか?


「諒太っ」

「ん?」


 海山について行こうとしたら、背後から俺を呼ぶ声がしたので、振り向くと……。


「……っ! ゆ、優里亜っ」


 白い上着に赤いパンツ、さらに黒のブーツという、王子の衣装を着た優里亜がいた。


 いつものギャルメイクを落として美形男子風にメイクをした優里亜。


 純白の地で金色の刺繍が入った上着には、金と赤のストライプが入った立ち襟と金色の肩飾りがあり、肩から斜め掛けした赤色のタスキはいかにも王子っぽさがある。


 より男っぽく見せるためなのか、優里亜はいつもの長い茶髪を一つに纏めて右肩に流しており、下半身のデカ腿もピチピチの赤いスキニーパンツを履いてスリムに見せようとしていた。

 こうして上から下までじっくり見ると、多少は太腿がムチッとしているとはいえ、優里亜の方がいつもの俺の数百倍イケメンなんだが……。


「その……どう? あたしカッコいいかな?」

「普段の俺の100倍カッコいいぞ。なんていうか、生物としてのステージが違うというか、何もかも負けた気分だ」

「そ、そんなに? マジ? 良かったぁ」


 優里亜は嬉しそうにニヤける。


「てかさ! 諒太もそのー、可愛いよ? 赤いリボンとか」

「はあ?」


 そんな初々しいカップルの無理な褒め合いみたいなのは要らないんだが……。


「さ、白雪姫……ステージにご一緒してもらっても?」

「あ、ああ」


 優里亜に促され、俺と優里亜は並んでステージへと歩き出す。


(ついに、本番……なんだな)


 舞台にいた火野が、俺たちの方へ歩み寄って来る。


「泉谷、お前……」

「なんだよ。キモいならキモいって言——」


「なんつーか、ちょっと可愛いな?」


 火野は俺の女装を舐めるように見ながら、恥じらい気味にそう言った。


 なんとなく……掘られる予感がした。

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