第78話 黒木さんは見ている


 ステージに集まって演劇の最終確認を終えた2年B組の面々は、前のクラスの劇が終わるまで、体育館の壁際に並べられた待機用のパイプ椅子に座って待つことに。

 俺は着慣れないドレスのスカートを気にしながらパイプ椅子に座ると、ステージの方を観ていた。


 一度暗転する体育館。

 そして——ステージの光と体育館の2階から注がれる照明の光がステージにいる演者を照らす、

 一番手の1年A組の演劇が始まった。演目は羅生門。


(ついに……始まったな)


 自分たちの番が来るまでの時間、俺は生きた心地がしなかった。

 こうして劇をやっているのを側から観ていると、余計に緊張感が増して来る。


(ある程度は緊張がほぐれたと思い込んでいたが……)


 他人の劇だと30分過ぎるのがあっという間だった。

 そのまま前の劇が終盤に入ると、実行委員に促されて俺たちのクラスは舞台袖の方へと誘導される。

 王子役の優里亜も小人役の海山も、やけに落ち着きを払っているが、俺はそんな余裕があるわけもなく、何度も自分のセリフを確認していた。

 舞台袖の隅の方でブツブツと念仏のようにセリフを確認する主役(陰キャ)。


「はぁ……自信がどんどんなくなっていく」


(きっとエ●●に乗る前のシン●もこんな気分だったろう)


 シン●が乗りたくもないエ●●に乗せられてパツパツのスーツを纏っていたように、俺もやりたくもない主役をやらされて着たくもない衣装を着せられている。

 もう実質俺はシ●ジなのかもしれない。


「ふふっ。諒太くんったら、凄い緊張してる」


 いつの間にか俺の隣にいた黒木が、俺の顔を覗き込むようにして訊ねて来る。


 黒木瑠衣……全ての元凶。

 見た目は綾●レイ並みの美少女だが、中身は完全にゲンド●である。


「どうしたの?」

「な、なんでもない。それより……もしこの後俺が劇で失敗しても、絶対にイジるなよ」

「わたしが人の失敗をイジり倒すような人に見えるの?」

「だって……本当の黒木は打算的で性格悪いし」

「もおー、わたし性格悪くないよ? ただ完璧主義なだけっ」


 完璧主義なのは知っているが、その完璧のためにたまに性格が悪くなるんだよなぁ。


「劇なんて案外始まってみればあっという間だと思うけど、やっぱり緊張するの?」

「そりゃそうだろっ。俺のことなんだと思ってんだ」


 こちとらぼっち陰キャオタクの万年童貞ルート確定男子だぞ!


「えー? わたしの知る諒太くんは、もっと度胸のある人だったと思うけど?」

「なっ! お、俺が?」

「だってわたしや優里亜、あと愛莉とも普通に会話できる男子なんだから」


 それを言われると……確かに肝は据わっているのかもしれないが。

 でもそれは、それぞれの秘密を知ってしまったのが大きいのだが……そんなの言えるわけない。


「自信持てないかな? それじゃあ、1回目の劇が成功したら……午後の2回目、してあげるってどうかな?」

「は…………?」


 く、黒木が……本当のキスを?


「ぶっ、ば、バカ言うなよ! こんな時まで、童貞陰キャオタクの俺を揶揄うのは——」


「はーい2年B組のみなさーん。準備お願いしまーす」


 文化祭実行委員の女子が小声で俺たちに呼びかける。


「も、もう時間か。あのな黒木っ」

「ふふっ、さっきのは嘘だよ? 少しは気が紛れるかと思って」

「な、なんだよそれ……」


 結局演劇の直前まで黒木に揶揄われてしまった。


 でも少しだけ……ほ、ほんの少しだけだが、黒木に揶揄われたおかげで気持ちが楽になっていたのも確かだ。


「……あ、あのさ。ありがとな黒木」

「どういたしまして」


 俺が素直にお礼を言ったら、意外にも素直に受け止められた。

 ったく、相変わらず調子狂うな……。


 前の劇が終わり、撤収している間に俺はステージへ上がる。


(ここまで来たら……やるしかないよな)


 吹っ切れた俺は、堂々と客席の方を向いて……って、ん?


「お姉さんお姉さん、シャッターはこっちですよ」

「あー、そかそか」


 最前列に見覚えのあるメイド服と"クソ姉"が並んで座っていた。


(た、田中と姉貴……っ!?)


 クソ姉はカメラを構えており、メイド服の田中は『諒太!ファンサちょうだい!』と書かれたうちわを持っていた。


(あ、あいつらァァァっ!)


 劇が終わったらあの二人を真っ先に●そう。


『むかし——とある王国のお城に白肌の美しい白雪姫というお姫様がいました——』

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