第76話 コスプレ巡回(田中もあるよ)


 海山に連れられて、既に体育館へ移動していた衣装担当の元へ到着すると、すぐにトイレで衣装へ着替えるように言われた。


 体育館の男子トイレで女装をするという、字面だけでもヤバそうな匂いがプンプンする行為に、塩ひとつまみほどの興奮を覚えながらも着替えが完了。


(一応、すね毛とかは以前、優里亜によって脱毛クリームで抜かれたから大丈夫だが……はぁ)


 俺は鏡に映る自分の女装姿を見る。


 鈍☆器で揃えた安っぽい白雪姫の衣装。

 服はAラインのドレスで、クルーネックの青い上半身に黄色のスカートという、いかにも白雪姫という格好であり、さらに黒いウィッグと赤いカチューシャも着けるように言われた。


 陽に当たらない陰キャオタクらしく俺は年中白肌だし、元々細身な方なのでこうして見ると少しは女子にも見えなくもないが……。


「……普通に無理があるだろ」

「おーい諒太ー! 看板もらったからもう行くよー!」


 俺を呼ぶ海山の声が男子トイレに木霊する。

 もし大便に誰かいたら海山の声だけでビクンと来てしまうところだったろう。


 呼ばれたので俺がトイレから出て来ると、小人のコスプレをした海山が立っていた。


 赤い頭巾を被って口元にもこもこした白髭を着けている海山。

 そのマスコット的な海山のキャラクターも相俟って、普通に可愛い……のだが。


 上から下へと視線を下げると、可愛いなんてものじゃなくなる。


 その真っ赤な上着の真ん中にあるボタンは、デカすぎる爆乳のせいで一番上のボタンだけ留められなくなっており、さらにムッチムチな太腿によって履いているショートパンツもパツパツになっている。

 さすがのデカパイにデカモモ……。


(こ、これは……とても小人とは言えないほどにボリューミーだ。R17くらい付けないと方々から怒られそうなほどエロい)


「この衣装を買う時に一番大きなサイズにしたんだけど、どうしても胸元がパツパツになっちゃって……愛莉のおっぱいが大きいからだよね。ほんと、いつも困らせるんだから」


 海山は自分の胸元に向かって怒っている。

 否——海山の爆乳は何も悪くない。

 海山の爆乳は皆に元気(意味深)を与える、既に人間国宝クラスの爆乳デカパイ

 全日本国民はこのデカパイ様を崇め讃える必要があるのだ。


「海山……そのままでいい。いや、もっと大きくなれ」

「ほへ? なんのこと?」

「あ、ちょっとちょっと二人とも! 忘れ物だよー」


 小道具担当の女子が小走りで俺たちの方に来ると、両手サイズのダンボールを2つ手渡して来た。


「それじゃあ、これ持ちながら校内歩いて宣伝よろしく〜」


 渡されたダンボールには『2年B組の演劇【男女逆転・白雪姫】10時から体育館でやります!』と雑に書かれている。


「よーし! 愛莉たちの宣伝で、いっぱいお客さん呼ぼうね!」

「お、おう……」


 そりゃ、こんなエロい奴が出るって知ったら山ほど来るだろうな……変態が。


 ☆☆


「なにあれ女装?」

「スカート履き慣れてない奴の歩き方じゃんっ、うけるー」

「てか隣のデカパイ……(ごくり)」


 看板を持って廊下を歩いていると、周りの視線が痛いほど突き刺さる。

 中にはスマホで写真を撮る生徒もおり、間違いなく拡散不可避だ。


 ああ……もう死にてえ。

 まだ舞台に立つ前だってのに……既に黒歴史確定だ。


(コミケにあんまりウケないコスプレして行くと、こんな気持ちになるのだろうか)


「むぅ……大丈夫、だよね」


 隣を歩く海山はなぜかさっきからやけにチラチラと辺りを見回している。

 胸がポロリしないか気にしているのだろうか。


「海山、どうしたんだ?」

「ええっとね、諒太を狙う人がいないか注意してたの!」

「俺を狙う?」

「だって諒太は白雪姫なんだよ!? こんなに可愛いし、男子が飛びついてこないか心配で心配で」


 突然海山に「可愛い」と言われて少しキュンと来てしまった自分のことをキモいと思えるだけ、まだ自我があるのだろう。


「つまり、俺を守るつもりだったのか?」

「だって愛莉は諒太の小人だよ? ボディガードもしないと!」


 小人ってそんな役割じゃないような……でもまあ、このデカパイになら守られてぇ……顔も突っ込みてえ……。


「おやおや? 諒太くんと愛莉たんではありませんか」

「ん?」


 通り過ぎようとした教室から俺たちを呼ぶ声がして、振り向く。

 するとそこには。


「ほほぉ……愛莉たんのコスプレもエロすぎンゴですが、諒太くんの白雪姫のコスプレ……意外と似合ってますねえ」

「俺たちの感想よりも、田中お前」

「へ?」


「なんで……なんだよ」


 黒と白のモノクロなメイド服に身を包み、いつもの赤縁眼鏡を掛けながら髪型をあざといツーサイドアップにした、ロリッ子メイドの田中。


「いやぁ2年D組はメイド喫茶をやるんですよ。昨年のコスプレ喫茶に続いて2年連続で同じ感じなんですが」

「そういえば去年は愛莉たちコスプレ喫茶だったね。愛莉は怪獣のコスプレしたもん!」


 あれ? コスプレ喫茶?

 そういえば朝、黒木が優里亜のパンツがどうのこうのって言ってたのも、去年コスプレ喫茶だったからなのか?


(これは……優里亜のパンツ事件について聞けるチャンスでは!?)


「な、なあ二人とも? ちなみにそのコスプレ喫茶で市之瀬は何のコスプレをしてたんだ?」

「優里亜……! あ、うん……」

「市之瀬さんのコスプレ……あれは、悲しい事件でした」


 急に顔色を変えて答えようとしない二人。


 いや、だからマジで何があったんだよ!?


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