第46話 愛莉の嗅覚


 海山の言う「行きつけの店」というのは、駅の近くにある古びた駄菓子屋だった。


「だ、駄菓子屋!? スノトとかじゃなくて?」

「うん! 駄菓子屋ってめっちゃ安いじゃん? だからいっぱいお菓子が食べれるし大好きっ」


 そ、そっか……海山は色々と苦労してるんだもんな。


「愛莉は小学生から駄菓子屋によく通っててね? 愛莉の家の近所にも駄菓子屋さんあったんだけど、そこがもう閉店しちゃって。だから駅の近くにあるこの駄菓子屋さんが今の愛莉の行きつけなの!」

「へぇ、じゃあバイト終わりとかに来るのか?」

「うん! うみゃー棒とか棒きなことか、いつも10本くらい買ってから帰るし!」


 なるほどな。つまり海山の爆乳は駄菓子で出来ているのか……。


 なら今すぐ全国の中高生に山ほど駄菓子を食わせた方がいい。

 超爆乳化社会。これは国をあげてやるべき重要国家戦略だ。


「諒太? 急に難しい顔してどうしたの?」

「あ、いや、ちょっと政治的なことを考えていて……」

「政治!? そんな難しいこと考えてるなんて、やっぱ諒太って凄いね」

「あ、あはは」


 あっぶねぇ……碌でもないこと考えてるのがバレるところだった。


 上手いこと誤魔化した俺は、そのまま海山と駄菓子屋の中へ。

 引き戸を開くとチリンチリンと風鈴の音がして、店主と思われるご老人が、奥の部屋からレジの前までゆっくり歩いて来た。


「ここが……駄菓子屋」


 昔ながらの水飴に、手の形をしたグミやカラフルで小さい餅。さらにくじ引き、ひも引き、ダーツまであって、昔ながらの駄菓子屋を想起させるものがそのまま存在していた。


 店の窓には色褪せしたチラシが貼られ、まだ動くのか怪しいくらいの筐体まである。

 店内の値札を見るとどれも10円から30円のお菓子ばかりで、物価高騰の現代とは思えないくらいに安い。


(全てがノスタルジックというか。こういう空間が今も残っているのは凄いな)


「諒太って駄菓子屋に来たの初めて?」

「いや、小学生の頃はよく自転車を走らせて少し遠い所にある駄菓子屋まで行ってたけど……」

「へぇ! じゃあ慣れてる感じ?」

「あ、ああ。でも最近は行ってないから」


 小学生の頃、ウエハースキッズだった俺は、推してるアニメや戦隊モノのウエハースが出たら、近所のスーパーや駄菓子屋でそれをかき集めていたな。


 俺はあの頃を懐古するように、店内の少し高い所にある戦隊モノのウエハースを手に取る。


 棚の高さに比例するように、ウエハースは他の商品より少しお高めの100円。


 値段的にもあまり売れていないようだ。


「おっ、諒太はウエハースにするの?」

「あーいや、ちょっと見てただけで」

「ウエハース、めっちゃいいよねー」


 海山はやけにウエハースを気に入っているようだ。

 買う奴の大半はウエハースがいいというより、そのおまけが目当てだと思うけど。


「愛莉ね、ウエハースはお菓子なの」

「お、思い出深い?」

「うん。前にも話したけどさ、愛莉って小学生の頃からめっちゃ貧乏だったから、駄菓子屋さんでもたまにしかお菓子が買えなくて」


 海山は俺の手にある戦隊モノのウエハースを手に取ると、しみじみと話し始める。


「お菓子が買えない日は駄菓子屋さんの前にある赤いベンチに座って、みんなが食べてるのいつも見てた。でもある日ね、青い袋を片手に持った男の子が、急に愛莉の隣に座って来て、ウエハースをくれたの!」

「あ、青い袋を持った……男の子」


 そういえばどこかで聞いた話にも、そんな感じの似たようなヤツがいたような。

 海山の話を聞いていたら急にモヤッと訪れた既視感デジャブ

 最近、どこかで聞いたような気がするが……気のせいか?


「なんかその男の子はシールが欲しかったらしくて、ウエハースの方は愛莉にくれたの。愛莉、その時すっごく嬉しくて……」


 海山はそう話しながら、今にも泣きそうな声で言う。

 そんなにウエハースが嬉しかったのか。


「愛莉さ、ずっと貧乏ってだけでイジメられてたから同い年くらいの子に優しくされたことなくて。その男の子は別の小学校の子だったと思うけど、愛莉はあの日からずっと、その男の子のことが大好きだったの。だから愛莉は高校まで、他の男子に興味がなかったっていうか。彼氏も作れなかったんだよねー」

「そ、そうなんだな」


(うっわその男子、死ぬほど羨ましいぃ……!)


 今でも海山がそいつに惚れてるなら、もし再会したら間違いなく付き合えるし、海山とズッコンバッコンし放題じゃねえか!

 ウエハース一個で爆乳美少女の海山の心を射止めるとか……羨ましすぎる。

 いつまでも姿を見せないなら、俺と代わって欲しいくらいだ……(まぁこんな下心丸出しの俺じゃ、その男の子みたいにはなれないのだろう)。


 俺は心の中で泣きながら結局そのウエハースと、適当に瓶ラムネを買った。

 一方で海山はうみゃー棒10本を買っていた。


「ねえねえ、せっかくだし外のベンチに座って食べようよっ」

「お、おう」


 海山に言われて、俺は店の前にある横長の赤いベンチに座った。


 友達と駄菓子屋で菓子を食べるなんて……小学生の頃は味わえなかった経験だ。


「んん〜、うみゃー棒、うみゃ〜!」


 海山は口を大きく開けて、サクサクとうみゃー棒を食す。

 うみゃー棒の粉がデカすぎる胸元にポロポロ落ちて制服が少し汚れていた。


(粉が下に落ちないほどの爆乳……実に素晴らしい)


「むふ〜、やっぱうみゃー棒だよねー」


 次から次へと大きくて逞しい"うみゃー棒"を必死に咥える海山を横から見てると、だんだんまで逞しくなって——。


「諒太? さっきから何こっち見てんのー?」

「あ、いや、なんでもない! って、やべっ」


 焦った俺は、ついよそ見しながら瓶ラムネを開けてしまい、瓶ラムネの泡が俺の手の中で噴射して来た。


「うっわ、べとべとだ」

「もー、何やってんのー! 諒太まじウケる〜」


 海山はケラケラと笑いつつもバッグからポケットティッシュを取り出し、2枚ほど中から出して俺にくれた。


「これで手拭いて。ベトベトのままだと嫌でしょ?」

「お、おう。ありがとう海山」


 やっぱり海山は優しい。

 最初の頃はオタクの俺に嫌悪感があったと思うが、こうして一緒の時間を重ねると、いつの間にかこんなに海山と仲良くなっていた。


 でも海山にはウエハースの王子様がいるから、きっと俺のことをとしては見てくれないのだろう。


 それは優里亜や黒木だってそうだ。

 なんだかんだ仲良くなっても、二人にも過去に惚れた男子がいる。

 優里亜は漫画をくれた王子様がいて、黒木にも猫を助けた王子様がいた。


 誰だって高校2年生にもなれば、すでに初恋は済ませているものだし、好きな相手はすでにいるものだ。

 今さら俺みたいな弱者男子高校生のことを好きになってくれる女子なんて……なかなかいないよなぁ。


「はぁ……」

「諒太〜、愛莉もウエハース食べたいなぁ〜」

「ウエハース? はいはい。俺は中のシールだけでいいから、ウエハースはあげるよ」


 俺はウエハースの袋を開けると、中身のシールだけ貰ってウエハースは海山に差し出す。

 差し出した……のだが、なかなか海山は受け取ってくれない。


「ん?」

「…………っ」

「お、おい海山?」

「えっと……なんか少し重なったと言うか、全く同じセリフだったから」

「は?」

「な、なんでもない! ウエハースいただきまーす!」


 海山は俺からウエハースを受け取ると、大きな一口でウエハースを食べた。


「けほっ、けほっ、やばい、粉吸って咽せちゃった」

「あーあー、そんな急いで食うからこうなるんだ。ほら、俺のラムネ飲んでいいから」

「あ、ありがと諒太」


 海山は俺から受け取ったラムネをグビッと呷る。


「ぷっ、はぁー! 生き返ったぁ。諒太は命の恩人だねっ」

「おいおい、咽せたくらいで大袈裟だな」

「ううん。多分だけど諒太は命の恩人……多分、だけどね」

「?」


 海山はいつもの無邪気な笑顔ではなく、少し大人びた静かな笑みを浮かべ、俺にラムネを返してくれる。


「ありがとう——諒太」

「え、あ、おう」


 なんか今の海山……ちょっと変だったな。

 どこかスッキリしたような顔だった。

 それはそうと、この瓶ラムネ……スノト以来のなのでは?


 この前は優里亜に邪魔されてしまったが、これを飲めば……やっと海山と……Kiss……!


 俺は周りを確認しながら思いっきりラムネを呷る。

 ラムネの淡い炭酸が喉を刺激し、興奮のあまり唇が震える。


(やった。やったぞ。海山のファーストキスの相手はウエハースの王子ではない! この諒太だッ!)


「諒太ってさ……」

「ん?」


 俺がキモ童貞みたいな思考で一人げに興奮していると、海山が話しかけて来る。


「その……や、やっぱ、なんでもないっ」

「え? なんなんだよ」

「とにかくなんでもないっ。それよりも早くラムネ飲んじゃって、一緒に帰ろ? 家まで送ってー?」

「それは、構わないが……」

「えへへ、やったー」


 さっきの海山、何か言いたげな様子だったけど、何のことだったんだろう。

 間接キスのことじゃなければいい、そんなことばかり考える俺だった。




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また新しい伏線が出たので過去の話を読み返しておくのおすすめします!(ニヤニヤ)


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