第25話 呼び間違えはまた波紋を……


 反射的に俺のことを諒太と呼んでしまった海山愛莉。

 それによって、場の空気が凍りつく。


 それが単なる言い間違いだったら、なんとなくスルーされて上手いこと有耶無耶にできたかもしれないが、その場にいたのは才女・黒木瑠衣。


「——ねぇ、どうして? 愛莉?」


 爆乳とデカ腿以外の才能は、全て天から与えられたあの黒木瑠衣が、そのミスを見逃してくれるはずもなかった。


 それに黒木に関しては、陸上部の部員から俺と海山が学食でメシを食っていたことを知っている。


(そりゃ関係を怪しむだろうな……)


 黒木瑠衣はいつも以上に疑いの目を向けており、その目はまるで今日の曇り空のように、暗く、淀んで、濁っていた。


「あっ! 愛莉はいつも! 男子のこと下の名前で呼んでるし! これは彼氏の名前を呼ぶ時の名残りっていうか!」


 海山は咄嗟に機転を利かせて言い訳をする。


(な、ナイス! 海山!)


 海山にしてはかなり賢い切り返しだ。

 これでなんとか——。


「ふーん。じゃあ愛莉って彼氏くんのことはなんて呼んでるの?」

「えっ? えと……」


 さっきはなかなかキレのある返しをした海山だったが、一転して口篭ってしまう。


「よっ、、だよー?」


 おい! どうしてよりにもよって、俺(諒太)寄りの名前なんだ!


「諒太とヨウタ……なんか、ちょっと似てるね?」


 黒木の視線が俺の方に向けられる。


(ち、違う! 俺じゃない! 変な勘繰りするな!)


 俺はそう言わんばかりに、首を横に振った。

 するとさっきから静観していた市之瀬も俺の方を睨んでいた。


(い、市之瀬まで……)


「愛莉があたしらに彼氏の名前教えてくれるなんてねー」

「だって、優里亜はあんまりそういう話に興味ないのかなぁと思って」

「……ま、いいけど。ほら愛莉、さっさと自分の席座んないと担任にドヤされるよ」

「う、うんっ!」


 市之瀬のおかげでやっと話が途切れた。


 ふぅ……市之瀬はこの美少女グループの潤滑油みたいなものだな。

 頭が良すぎるゆえに、何でも気になってしまう黒木とうっかり屋で適当な海山。

 この二人だといつもこんな感じで問答が始まりそうだし、市之瀬の存在は不可欠だな。


 俺は安堵の息を漏らしながら自分の席に座る。

 さっきまで海山が座っていたからか、海山の甘い香水の残り香があり、さらに椅子には温もりがあった。


(海山って胸だけじゃなくデカ尻だからか、椅子があったけぇ……)


「…………」


 不純なことを考えていたら、右隣の黒木から鋭い視線が突き刺さる。


(ま、まさか、海山のデカ尻のことを考えていたのがバレたのか……っ!)


 焦っていると、今度は左隣からも視線を感じた。


「……ったく、あんた調子乗りすぎ。なんで愛莉とも仲良いんだか」


 市之瀬は小声でため息混じりに言った。


(市之瀬まで……いや、今回ばかりは俺の自業自得、なのか?)


 この3人のそれぞれの秘密を抱えることの重大さを思い知らされたのだった。



 ☆☆



 ——放課後。


 一日中、左右の席から鋭利な視線を感じたが……特に何もなく一日が終わった。


 今日は金曜。

 日曜日には市之瀬との映画デート(だと勝手に思い込んでる)があるので、今日は帰りに"服"を買おうと思っている。


(さすがにいつものダサパーカー&ダボダボジーンズで行く訳にもいかないしな)


 いくら俺が陰キャとはいえ、高校1のギャルである市之瀬優里亜の隣を歩くなら、身だしなみはしっかりしなければならない。


 とりあえず、服なら駅前のデパートにでも寄って……。


「——おっ、諒太やっと来た〜」


 俺が校門の前まで来た瞬間、門の外にいた海山がひょっこりと顔を出した(胸元の爆乳もたゆんと揺れる)。


「み、海山? なんで」

「諒太を待ってたのっ。スノートップスの新作フラッペ飲みたいからっ!」

「新作フラペチーノ?」

「ほらー、前に約束したじゃんっ。わたしと放課後スノトデートするって! もちろん諒太の奢りっ♡」


 そういえばこの前何かと理由をつけられて、また奢れって言われたんだっけか?


(やはり味をしめているな。カツカレーで)


 だが可愛いは正義だし爆乳も正義。


(海山の境遇を知っている以上、俺がメシを奢ることで、海山の爆乳の成長を手助けできるなら、それは俺の本望なのでは……!)


 それに今日は服を買うつもりだったので、財布には多めに入れているので大丈夫。


(よし! 俺が奢ることでその爆乳をもっとでっかくしてやるぜェ〜!!)


「なあに諒太? ボーッとしちゃって。もしかして愛莉とスノト行くの嫌?」

「ぜひお供させてもらいやす!」

「ぷっ……あははっ! なんで下っ端口調なのっ」


 海山は腹を抱えてケラケラと笑う。


「いやぁー、やっぱ諒太はノリ良くていいね。面白いし」

「そ、そうか?」


 俺なんてただの陰キャだぞ。


「奢って♡ なんて言ったけど、この前はカツカレー奢ってもらっちゃったし、やっぱ今日は愛莉が奢ろっか?」

「いや絶対に俺が奢る! 俺が育てる!」

「そ、育てる?? どゆこと?」


 しまった。海山の爆乳を『超爆乳』にしたいという俺の本音が!


「え、えと、そこまで言うなら諒太に奢ってもらおっと……あんがとねっ」


 海山は引き気味に苦笑いを浮かべながらお礼を言うと、先を歩き出した。

 スノートップスに行くとしたら、高校の近くにあるあそこか……。


(あそこは同じ高校の生徒が集まるし、また良からぬ噂が立ちそうだが……)


「てかさ! 今日の目的はフラッペだけじゃないんだった!」

「え? 他にも食べたいものがあるのか?」

「ちがーう! もちろんフードメニューも頼むけど! そうじゃなくて!」

「?」

「この前、空き教室で一緒にお昼した時に思いついた『いいこと』の話!」


 いいこと……あ、そういえば。


 てっきり海山の言ってた『いいこと』は、黒木と俺が相合傘をするように仕向けることだと思ったが、あれは黒木に仕組まれた相合傘だったんだっけ?


 つまり海山が言ってた『いいこと』は別にあるってことだよな?


 『いいこと』って、一体……?


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