第15話 海山愛莉の誘惑


 結局、黒木が話しかけて来たのは朝だけで、その後は休み時間や教室の移動中も話しかけて来ることは一切なかった。


 しかし——それが尚のこと不気味さを漂わせる。


 中学の3年間と高校の1年間、同じ学校にいたのに一度も会話したことのないという関係の黒木が、急に話しかけて来た上にその後パタリと会話がなくなるのはどう考えても不気味でしかない。


(どうして黒木はわざわざlimeのことを俺に話したんだ?)


 単純にlimeのおすすめに俺が出たのが気になっただけなら別に構わない。

 だが、もしもに気づいていたとしたら……まずいな。


 もちろん海山や市之瀬との関係の変化は一昨日と昨日で起きたばかりの事象であり、バレることはまず有り得ない。

 しかし黒木瑠衣のIQは凡人のソレを遥かに超越しており、定期テストの問題で何が出るのかを教師の思考を読んで全て予見したという伝説も以前耳にしたことがある。


 さらに巷では黒木瑠衣は絶世の美少女にして文武両道の完璧超人とされている。

 中学時代の陸上ジュニアオリンピックは出た種目の全てを制覇し、高校一年時に受けた東大模試で理ⅢがA判定だったという頭脳を持つらしい才色兼備の大和撫子。


 ゆえに彼女に近づいて対等に話せるのは、を持っていた二人なのだ。

 海山愛莉の場合は、スレンダーな黒木が持っていない超高校級の爆乳を持っているし顔も美人系ではなく可愛い系だ。

 市之瀬優里亜に関しても、大和撫子の黒木にはない今どきの女子らしいファッションをしているギャルであり、さらに男が好きそうな魅惑の太ももを持っているのも黒木に勝る武器。

 海山愛莉と市之瀬優里亜の二人はそういった絶対的な個性を持っているからこそ、自信を持ってあの黒木瑠衣と話せていると思うし、シンプルにあの3人は仲が良い。


 だからこそ、海山と市之瀬の秘密をこんな陰キャオタクなんかに握られているのが黒木にバレたら、黒木は間違いなく大切な二人の友人を守るために俺を問い詰めるだろう。


(朝のアレが探りを入れたつもりだったなら……嫌な予感しかない)


 また、他に考えられるとしたら、市之瀬か海山のどちらかが俺に秘密を握られていることを黒木に相談した説もある。

 そのせいで黒木にマークされた可能性も……いや、それだと普通に自分の秘密がバレるかもだし、そもそもあの二人がそんなことをやるとは思いたくないな。


(だとしたら、黒木はなんで……)


 謎は深まるばかりだ。


「ちょい諒太っ」

「ん?」


 4限が終わってから俺がボーッと自分の机で考えに耽っていると、前の席から小声で俺を呼ぶ声がする。

 前の海山が半身で俺の方に手招きをしていた。


 昼休みに入っていたからか、両隣の市之瀬や黒木はいない。


「はやくlime見て。そこ集合」

「???」


 俺は首を傾げながらスマホを取り出す。

 俺がスマホを出している間に海山は席を立ち、ふらっとどこかへ行ってしまった。


(limeを見て、ってなんだろう……海山は何か俺に用事があったのか?)


 スマホには通知が来ており、limeを開くとそこにはこう書いてあった。


『海山:3階の空き教室でお昼食べよー? 優里亜は文化祭実行委員で瑠衣ちゃんは部活のミーティングでいないから愛莉ひまなのー』


 さらに『プンプン』と怒るタコのスタンプまで送られて来ていた。


 またランチのお誘いか。

 でも今度は人目のつかない場所にしてくれたってことは、意外と気を遣ってくれてるとか?


(しかし空き教室って……完全に二人きりになるってことだよな?)


 まさか海山は——俺の中に隠れた『男としての魅力』に惚れたのか?


(…………いや、ないだろそんなの)


 賢者タイム並みに冷静になって考えてみたら、俺の隠れた魅力なんて皆無だった。

 強いて言えば胸毛が3本くらい生えていることくらいだが……誰もそんなこと知らないもんな。


(海山と二人きりでランチ……はぁ、エロ展開の一つでも起こってあの胸を揉みてぇ……)


 俺は下世話なことばかり考えながら購買でおにぎりを買う。


(いやいや、今はそんなエロ展開より黒木のことだろ)


 昨日の市之瀬の問題も海山に相談したらなんだかんだで解決したからな……今回も海山に相談してみようか。


(それもそうだな。俺の知らない黒木の一面を海山は知っているかもだし)


 俺はおにぎりを片手に3階の空き教室へ向かった。

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