2章 美少女ハーレムは難しい
第14話 黒木瑠衣とは何者か
ポツポツ、ポツポツ……。
部屋の窓に当たる弱々しい雨音で、俺は目を覚ます。
「ああ……もう朝、なのか」
今日の雨空は朝を感じさせないくらいに濁った色をしていた。
スマホで時間を確認する。
(まだ6時半か。今日はゆっくり朝支度ができそうだな)
ついでにカレンダーを見たが、どうやら今日から6月に入ったらしい。
6月は俺が一番嫌いな梅雨の季節だ。
「昨日はあんなことがあったのに、今日はこんな天気か。つくづくツイてないな俺」
昨日の放課後、俺は隣町のゲーセンで市之瀬優里亜がオタクだったことを知ってしまった。
limeで話した感じだと市之瀬とは気まずくなったわけではないが、関係に変化があったことに違いはない。
海山愛莉の時もそうだったが、秘密を知ったからといって教室で関係の変化を露呈してしまうのは、周りにそれを悟られる可能性もあるので非常にまずいのだ。
(海山は教室内では話しかけて来なかったが、市之瀬はどうだろうか)
市之瀬のことだからさすがにベラベラ話しかけて来るとは思えないが……。
「まぁ、そんな心配したところで、俺にはどうにもできないしなぁ」
そもそも海山と学食でランチしてた時点で、俺の平穏は既にぶっ壊れてる。
もう煮るなり焼くなり勝手にしてくれ。
「おーい諒太ー! はよ起きろー! お姉ちゃんがお前の朝ごはん全部食べちゃったぞー」
「事後報告かよ!」
朝メシは本当に無かった。
☆☆
雨空の下をポチャポチャと歩いて高校まで登校して来たが、昇降口でやけに周りの視線を感じる。
「おい見ろ、あの冴えない陰キャが海山と食堂でランチしてたらしいぞ?」
「マジかよ! 2年1組の美少女3人って男を近寄らせないことで有名なのに。すげえな」
「はぁはぁ、僕の愛莉たんが……」
「も、もう手とか繋いだのかな……?」
どうやら海山愛莉とランチをした俺の顔は割れてしまっているようだ。
(この高校には特定厨でもいるのだろうか……)
教室に向かう俺に嫉妬と羨望の眼差しを向けられる。
つい3日前までは俺もそっち側だったのに……何でこんなことに。
別に俺は特別な努力をしたわけでも、異世界転生・転移をしたわけでもない。
それなのに『席替え』というどこの学校にも存在するありふれたイベントによって、俺の世界は変わってしまったのだ。
教室に到着しても、周りの視線は変わらない。
クラス内の陰キャ男子から陽キャ男子までがこぞって俺の方を見て何やらボソボソ言っている。
俺の平穏は崩れてしまった……ただ、そんな失望感とは裏腹に、少しづつ俺の中に新しい感情が芽生えつつある。
(やっべぇ……なんだこの背徳感ッッ!)
つい最近までクラスカースト最底辺だった俺が、海山愛莉とランチをしただけで今となってはクラス内tier表のURランクに君臨しちまった。
しかも表面的にはランチをしただけだと思われているかもしれないが、俺は海山と市之瀬の秘密を知っておりそれを共有する関係……オタク陰キャ童貞の俺からしたら脳汁が吹き出そうほど背徳感が増す一方だ。
(ハーレムモノの主人公ってこんな気持ちだったのか……)
陽キャたちの羨望の眼差しには、恐怖どころか優越感すら覚える。意外と悪くないな。
海山愛莉、市之瀬優里亜、黒木瑠衣の3人はガードが固く、クラス内カースト上位のチャラ男やイケメンすら近づけていない。
理由はおそらく昨日海山が言っていた『市之瀬優里亜の男嫌い』が原因だと考えられる。
この美少女グループは(寂しがり屋と噂の)市之瀬が海山と黒木を引っ張っている感があり、彼女が男嫌いならば必然的に他の男たちが近づけないだろう。
まぁ実際のところは、海山の場合は俺のことメシを奢ってくれる都合の良い男子くらいにしか思ってないだろうし、市之瀬に関してはただのオタク友達になんだよなぁ。
他の男子たちの関係値よりはマシとはいえ、断じてモテ男になったわけではない。
(モテモテハーレム主人公への道は遠いな……)
「あっ、おはよう——泉谷くん」
朝メシの代わりに極上の背徳感を味わっていると、右隣からほんわかな声が聞こえる。
「ふふっ、今日の泉谷くん、楽しそうだね」
右隣に座る大和撫子——そう、黒木瑠衣が俺に挨拶をして来たのだ。
漆黒の緑なすストレートヘアにその小さくて端正な顔立ちと気品のある佇まい。
相変わらず隙が全くない完璧超人オーラが凄い……。
「なにか良いことでもあったのかな?」
「……べ、別に」
どれだけtier表が上がっても陰キャな俺は、彼女を直視できない上に素っ気なく対応してしまう。
海山や市之瀬はまだしも、やはり黒木は苦手だ。
完璧超人の美少女である黒木はもちろん性格までも良すぎるのだ。
しかし……俺にとっては逆にそれが信用できない。
人間、どう足掻いても裏がある生き物だ。
現に海山や市之瀬にも裏の顔があった。
しかし……黒木瑠衣にはそれを感じない。
それが不気味で、ずっと前から俺は、黒木に一番強い苦手意識を持っていた。
(単に同じ中学で黒木のこれまでの活躍を見過ぎて嫌気が差しているだけかもだが)
「あっ、そういえばね」
右隣に座る黒木は自分の鞄を机の横に掛けながら、何かを思い出したかのように俺にまた話しかけてくる。
「昨日たまたま見かけたんだけと、limeで泉谷くんのアカウントがおすすめに上がっててー」
「えっ……」
それを聞いた瞬間、俺は思い当たる点が多すぎてビクッと反応してしまう。
「中学の時から違うクラスだったし、共通のお友達も少ないと思うけど……ふふっ、なんでだろうね?」
俺の額に嫌な汗がジンワリと滲む。
その時ふと見てしまった黒木の瞳は、自慢の黒髪よりも真っ黒で、深い闇を感じさせた。
(なんだ今の、黒木の目は……っ)
「あっ、瑠衣ちゃんおはよー」
「瑠衣おはよ」
「二人ともおはよー。なあに優里亜、寂しくて愛莉と登校したの?」
「ち、ちげーし」
「あ、嘘つきー! 優里亜ったら愛莉と登校したいってラブコールしてくれたのにー」
「もう、愛莉っ、やめろって」
クラスカーストトップに君臨するギャルと爆乳と黒髪のいつも通りの癒しの会話。
周りのクラスメイトはニヤける中、俺はただ一人、悪寒がしていた。
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