第12話 ギャルとオタクの新しい関係


「あたしもオタクなの。だからあんたから貰ったこのフィギュアも……死ぬほど嬉しい」


 市之瀬は恥じらいのこもった笑みを浮かべながら小さく呟く。


 あのダウナーギャルな市之瀬優里亜が、まさかオタク……。

 乳きゅんみたいな激エロアニメを観てる時点で、相当変わってるとは思ったが……まさかオタクだったなんて。


「つまり、今までは隠れオタクだったということか?」

「別にあたしは隠したくて隠してたわけじゃない。ただ……愛莉や瑠衣の前でこの趣味をオープンにするのは……ちょい厳しいっていうか」


 そりゃそうだろう。

 完璧超人の黒木瑠衣はオタク文化とは無縁の大和撫子であり、キャピキャピ爆乳美少女の海山愛莉は(実は苦労人だが)常に可愛いを追い求めている誰もが認める美少女……この二人に自分がオタクだとカミングアウトするのは、少しハードルが高いようにも思える。


 そもそも市之瀬だって彼女たちと同等、もしくはそれ以上に容姿端麗であり、胸も太ももも完璧なスタイル抜群美少女なのだが……むしろそういう存在だからこそ、話せないのかもしれない。


 一度一つのグループに入ったら、違う自分をそこで曝け出すのは確かに怖い。

 これはオタク云々関係なく、人間関係の面倒なところだ。

 自分の意外な面を見られて、人間関係が崩れてしまうことを危惧するのは、人として当たり前のことだしな。


「アニメが好きってだけなのにそれが理由で大切な友達が離れていくのは……もう二度と嫌っつうか。だからあたしは隠してる」


 市之瀬は意味あり気にそう言う。

 そう呟いた彼女の目は、写真シール機の方ではしゃぐJKたちの方を向いていた。


(詳細は分からないが、きっと市之瀬は過去に辛い経験をしたのかもな)


 オタクが生きづらいというのは、オタクとして生きていれば誰もが通る道だし、仕方ないのかもしれない。

 ただ、そうだからこそ一つ疑問が残った。


「そんなに好きならギャルを辞めようとか、思わなかったのか?」

「それは絶対ダメ」


 市之瀬は俺の方に手の甲を向けてネイルを見せびらかす。


「ネイルもコスメもファッションも、あたしは好きだから拘ってやってる。あたしはオタク趣味も派手なファッションも両方好きだから」

「……そ、そう、だよな。ごめん、無粋なことを言ったかもしれない」


 さっき好きなことを隠す必要はないと言ったのは俺の方だ。

 市之瀬はギャルとして、コスメやファッションに自信を持っていた。

 彼女はクラスカーストトップに君臨する陽キャだから当たり前だが。


「あんたの名前、泉谷だっけ」

「う、うん」


 海山の時といいやはり俺はクラスカースト最底辺だからか、俺の名前は覚えられていないらしい。


「泉谷お願い。あたしがオタクだってことは誰にも言わないで。特に愛莉や瑠衣には絶対」


 海山の時にも似たようなこと言われたな……。


 ただでさえ席がご近所という俺に、こんな秘密を知られたらみんなこうなるよな。

 それに俺は得体の知れない陰キャオタク。

 きっと秘密を握られてどエロいことされるとでも思っているのだろう。


「お、俺は誰にも言うつもりはない」

「ほんとに?」

「ああ。そもそも俺がそんなこと言ったところで現実味がないから誰も信じないと思うし」

「……ああ、それもそうか」


 何が「それもそうか」だよ!

 その反応はシンプルに傷つくのだが……。


「まぁそれなら安心。オタクのことがバレたらあたしも一貫の終わりだったから」


 市之瀬は急にいつものダウナーで抑揚のない話し方に戻る。


「でもそれなら尚更、あんたの前ではってことだよね?」

「へ?」


 市之瀬は徐に自分のバッグを開くと、中から一冊の本を取り出して俺に見せた。


「あたしもさっき買ったから。あんたが朝読んでたラノベ『異世界でS級美女のおっぱい吸いまくってチートスキルも吸い上げてやった』の1巻」

「お、俺の読んでたおぱ吸い!? なんでそんなこと……って、は!」


 まさか……朝言ってた『覚えたから』っていうのは。


「朝、あんたが読んでたラノベのタイトル覚えたから。それでさっきこの商業施設内にある本屋で買ったの。残り一冊だったけど」


 やはり、おぱ吸いの人気は凄い……じゃなくて!


「い、市之瀬も、それ読むのか?」

「当たり前。ちょうどあたしも新しいラノベ探してたから」


 それでオタクの俺が教室で読んでたラノベのタイトルを。

 あまりにも棚ぼた展開だが、市之瀬の秘密だけじゃなくて、朝言われたことの意味まで分かってしまった。


「ねぇ、ラノベの感想言い合いたいからあんたのlime教えてよ」

「は、はあ? なんで急にそんな」

「あたしは普段オタ活ができない分、これからはあんたにオタク談義を付き合ってもらうことに決定したの」


 さも当たり前のように言う市之瀬。


「そ、そんなの勝手すぎるだろ!」


 もちろんさすがの俺でも物申す。

 これ以上クラスの3大美少女と仲良くなったら、俺の平穏は——いや、海山と仲良くなってる時点でもう破滅の一途を辿ってはいるが……。


「ったく、少しはノリ良くなりなよ」

「ノリとかそういう問題じゃ」

「じゃあもし付き合わないなら……泉谷があたしのことで見てることみんなにバラすから」

「え、エロい目ぇ?」

「この際だから言っとくけど、授業中にあんたが横目でジロジロ見てるの、全部分かってるからね?」


(ぬぅぅぅっ!? ば、バレてた、だと……)


 正直に話そう。

 俺はあの3人に苦手意識を持っているものの、それに反して海山の胸は性的な目で見ていたのだが、実は市之瀬も同様だった。


 市之瀬の太ももに挟まれテェ……と思いながらチラチラ左隣のデカモモを見ていたことは何度かあったが……どうやらそれはバレバレだったらしい。


「あんたはあたしの秘密を守り、あたしはあんたの秘密を守る。あたしたちはこれからだから」


 市之瀬はニヤッと口角を上げて、悪戯っ子みたいに微笑む。


「だからよろしく、泉谷」

「は、はぁ……」


 海山とはまた少し違った関係をクラスカーストトップのギャル・市之瀬優里亜と築いてしまう俺だった。

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