第5話 海山愛莉の本性と意外な一面
海山愛莉は放課後、彼氏とデートするから市之瀬たちの誘いを断っていたはず。
それなのにどうして海山がこんなところでバイトを……。
タツヤの制服姿で本を持つ海山を見てしまった俺は、唖然としてその場に立ち尽くす。
嘘をついていたってことはきっと何かしら深い事情があるのだろうが、俺みたいな部外者には関係のないことだ。
(よし。ここは見なかったことにして逃げ——)
スタコラサッサと逃げようと思って踵を返した刹那——海山は抱えていた本たちをレジ前に置き、レジから出てきて俺の肩を思いっきり引っ張った。
「ねえ、何しに来たのオタク」
俺を引き留めた海山は、怪訝そうに眉を顰めるながら俺の方を睨んで来た。
(お、俺はただ本を買いに来ただけなんだが)
「もしかして……愛莉がバイトしてるのをみんなにバラすつもり?」
「はあ?」
「い、言っとくけど学校の許可は貰ってるし、校則で決められた労働時間内のバイトだから! 後ろめたいことなんて……何も……」
徐々に顔が曇って、最後には今にも泣きそうな目に変わる海山。
どうやら海山は、バイトしていることを俺が悪いように風説すると思い込んでいるようだ。
オタク陰キャに対する偏見と被害妄想は大概にして欲しいと思うが……まぁ、日頃の行いを考えたら妥当か。
「あの、さ。何か勘違いしてないか?」
どう話すべきか分からずに、俺は辿々しい口ぶりで話しかける。
「お、俺は単にラノベを買いに来ただけで、海山のことは何も」
「お願いだからッ!!」
「えっ……」
「優里亜や瑠衣ちゃんには、こ、このこと……言わないでっ!」
海山は大粒の涙を流しながら必死な形相で俺に頼み込んで来た。
「お願い……お願い、だからっ」
な、泣くほどなのか?
ど、どどど、どうしたらっ!
(オタク陰キャに女の涙は拭けないぞ!)
「——はいはい。アンタら痴話喧嘩はそこまで」
いつの間にか俺たちの間に割って入ってきた金髪ショートの女性店員。
大人びた雰囲気のある女性で、エプロンの胸元のバッチには『齋藤』という名前と『店長』という文字があった。
「海山ちゃんさ、バイト中に痴話喧嘩はマジアウトだから」
「……っ」
海山は泣きながら嗚咽を漏らしており、反論できないようだ。
お前が彼氏じゃないって反論してくれないと場が収まらないんだが……。
「ったく仕方ないなぁ。海山ちゃんは一旦休憩室入って。彼ピくんも付いてきて?」
「え、あ、はい」
☆☆
レジ裏にあるスタッフの待機室に通された俺たちは、部屋にあった小さなパイプ椅子で向かい合って座った。
(こんな所に連れられるなんて、まるで万引き犯みたいな扱いだな)
「痴話喧嘩ならごゆるりと〜、あっ、でもバイト代から引かせてもらうから」
金髪ショートの女性店長はニヤリと笑顔を残して行ってしまった。
「ごめん、オタク……」
「いや、なんていうか俺もごめん」
俺には謝る必要性が全くないのだが、流れでつい謝ってしまう。
泣くまでして黙っていて欲しい理由があるのだろうか。
海山は落ち着いてくると目元の涙を指で払って俺の方を見つめて来る。
(あ、あの海山愛莉が、俺を一心に見つめて……)
10文字以内で率直な感想を述べるなら『おっぱいでっけえ』。
顔や髪型もファッション誌のモデル並みに可愛いが、おっぱいはグラドルのそれと堂々、いやそれ以上にエロい……。
(って、こんな状況で何を邪なこと考えてるんだ俺は!)
すぐに目を逸らし、俺は視線を泳がせる。
陰キャにこの距離で向かい合うのはやはり無理が——。
「愛莉ね、急に怖くなっちゃって」
ここに移動してから会話が無かったが、海山は自分からゆっくりと話し始めた。
「また昔みたいに、貧乏って言われたらどうしようって思ったの」
「び、貧乏……? それってどういう」
俺が聞き返すと海山はグッと唇を噛んで、また話し始める。
「実は愛莉の家、めっちゃ貧乏なの。小さい頃にお父さん死んじゃって、お母さんが女手一つで育ててくれたんだけど、色々大変でさ。昔からお小遣いとか貰えないから……辛い思いすること多くて」
海山は徐に身の上話を始める。
それはこれまで俺が思っていた海山愛莉のイメージとはかけ離れた境遇だった。
(想像してた1000000倍ほど激重な話が始まったんだが……)
「中学の時にね、友達がみんなお化粧とか始めたのに、愛莉だけ乗り遅れてたくさん辛い思いした。高校からはそんな思いしたくないから、必死にお金貯めてオシャレやメイクもいっぱい勉強して可愛い自分になれた。おかげで自分でも愛莉が一番可愛いって思ってたけど、可愛い自分を演じるにはお金が要るって現実に直面したっつうか」
なるほど。だからバイトをしてるのか。
今までの海山愛莉はファッションの最前線にいるようなイメージだった。
身に付けている物がいつも煌びやかで、センスに富んだ物ばかりを持っていたが、それほどまでに苦労人だったなんて。
「べ、別に愛莉は貧乏って馬鹿にされても平気だし! 周りから貧乏って言われるのには、慣れてる……でも、せっかく1年の時から友達になってくれた優里亜や瑠衣ちゃんには、絶対にバレたくないのっ! だから」
どうやら海山はまだ俺が馬鹿にすると思っているみたいだ。
そもそもバイトしてる=貧乏とはならないと思うんだが。
(実に心外だ。オタク陰キャの代表として、ここはしっかり言っておかないとな)
「お……俺は、海山のこと尊敬するっ。馬鹿になんて絶対しない」
「え?」
「俺なんか自分で稼いだ金で物を買ったことなんてないわけで……だから、なんていうか海山は大人だ。そんな海山を俺なんかが馬鹿にはできないし、しない」
「オタク……」
オタク陰キャの俺にはこれくらいのフォローしかできないが……これで俺が馬鹿になんてしないと伝わってくれればいいが。
「……なんだ、意外と優しいんじゃん」
海山の顔にじんわりと笑顔が戻った。
これは伝わったということでよろしいか?
「オタクのことだから『エッチなことさせてくれたら黙っておいてやる』とか言われると思ってた」
「な゛っ! お、俺はそんなこと言わな——」
「それとも揉んでみる? 愛莉のおっぱい」
海山はとろんとした赤い目で妖艶な笑みを浮かべながら白いブレザーの一番上のボタンに指をかけた。
チラッと垣間見えた爆乳の谷間を俺は見逃さない。
い、いいのか……あの海山愛莉のデカパイを揉んでも、いいのか?
全男子が憧れたデカパイを……!
「なーんて嘘だよー。期待したの? やっぱオタクくさっ」
童貞の好奇心を弄ばれたらしい。
はいはい期待しましたよ。
いくら海山愛莉は苦手な相手とはいえ、おっぱいに罪はないのだ(名言)。
「もう戻らないと。オタクはここに用があったんでしょ? ほらなんたらおっぱいって本」
「あっ……忘れてた」
思い出した途端、俺は部屋を飛び出して売り場へと直行した。
☆☆
ない……ないぞ!
俺の『異世界でS級美女のおっぱい吸いまくってチートスキルも吸い上げてやった』がない!
ラノベコーナーでは既に俺の目的のラノベが無くなっていた。
在庫はあったはずなのに……はぁ。
(今日は最後の最後まで運が無かったってことか)
「オタク、あった?」
「……いや、売り切れてて」
「ぷっ、ぷぷっ、あははっ!」
俺が残念そうに肩を落としながら言うと、海山はゲラゲラと笑い出した。
腹立つ……誰のせいでこんなことになったと思ってやがる。
こうなったらやっぱ腹いせにこいつの過去を言いふらして——って、ん?
「これ、なーんだ?」
海山は俺に一冊の本を差し出した。
なんだなんだ?
俺は渋々それを受け取って、その瞬間ハッと目を見開いた。
「こ、これ、『異世界でS級美女のおっぱい吸いまくってチートスキルも吸い上げてやった』の1巻じゃないか」
「なんかキモいタイトルだけど、オタクはこれが欲しかったんでしょ? 電話で聞いた時、取り置きしておいてあげたの」
マジか。天使かよ……。
腹いせに過去を言いふらすとか言ってた数秒前の俺を殴りたい……。
「ほら、お礼は?」
「あ、ありがとう……ございます」
ありがたすぎて、俺は敬語になってしまう。
「お礼ってそうじゃなくて」
「え?」
「取り置きしてあげたんだから、その代わり何か奢れって話」
「は、はあ?」
「オタクには愛莉の本性がバレちゃったからハッキリと言っとくけど、愛莉は現金な女なの。だから明日高校の学食で何か奢って?」
こ、この女ぁ……やっぱ天使じゃなくて小悪魔だろ!
この爆乳小悪魔! サキュバス!
「てかオタクってさ、名前はなんていうの?」
「えと、泉谷諒太……っす」
「じゃあ諒太っ。明日の昼休み楽しみにしてるから」
お、おいおいおい。
学食であの爆乳美少女・海山愛莉とランチはヤバい。
(俺の平穏……間違いなく終わった)
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