4

 扉をノックすると、すぐに「入っていいよ」というマヒロの声がした。

「お邪魔します」

 それぞれに声をかけつつ玄関へ入り、靴を脱いで上がった。

 リビングではマヒロが遅い昼食を取っており、リュウセイはたずねる。

「タケフミさんの調子、どう?」

「だいぶ落ち着いてきたよ。今はナギが見てる」

 寝室の扉は開け放されており、ベッド脇の椅子に座ったナギの背中が見える。タケフミは上半身を起こして、彼女と何か話している様子だ。

「タケフミさんと話がしたいんだけど、大丈夫かな?」

「たぶん大丈夫だと思う。行ってみて」

「分かった」

 リュウセイの後に付いて寝室へ顔を出すと、すぐにナギが振り返った。

「どうしたん? 何か用事?」

「うん、タケフミさんに話があるんだ」

 ナギが顔の向きを戻す前にタケフミが言う。

「かまわない。ナギは少し休んでてくれ」

「分かった」

 ナギが立ち上がり、リュウセイとショウは彼の方へ進んだ。

 椅子は二つ並んで置かれてあった。それぞれに腰かけてからリュウセイは言う。

「心の整理はつきましたか?」

「……どうにか」

 と、答えるタケフミの表情はまだ暗い。

「それじゃあ、辛ければ話さなくていいです。ですが、タケフミさんに聞きたいことがいくつかあるので、協力してもらえますか?」

「分かった。できるかぎり答えよう」

 いつもの迫力は影もなく、すっかりしおれてしまっている。

 リュウセイは彼を刺激しないよう、言葉を選びつつたずねた。

「まずはキリさんについて聞かせてください。彼女は他の住人とトラブルになっていませんでしたか?」

「……いや、知らないな」

「彼女から相談を受けたりは?」

 タケフミは頭が痛むのか、額に片手をやった。

「はあ……むしろ、彼女とトラブルになっていたのは俺だ。分配する食料の量がおかしいとか、もっと考えるべきだとか、とにかくいちいち口を出されてうんざりしてた」

「でも、お前は彼女を殺してないよな?」

 と、ショウがたずねるとタケフミは投げやりに答えた。

「ああ、たぶんな」

「タケフミさん、ちゃんと答えてください。俺たちはあなたが犯人では無いと信じているんです」

「そうだったか……。ああ、俺はやってない。俺じゃないよ」

 と、額に置いた手を力なく膝へ下ろした。

 ほっとしてリュウセイは質問へ戻る。

「そうですよね。じゃあ、キリさんを追い出さずにいたのはどうしてですか? よくトラブルになっていたんでしょう?」

 タケフミは重々しく息をついた。

「追い出せるわけが無いだろう。公民館に地下シェルターがあるってこと、教えてくれたのは彼女なんだ」

 ショウははっとして聞き返す。

「非常食がたくさんあった、あの?」

「それだけじゃない。他にも食料が隠されてた場所をいくつも見つけてくれた。勘のいい彼女のおかげで、俺たちは今まで生きてこられたんだ」

 今や彼しか知らない事実だった。

「確かにトラブルはあった。何度だって言い争いになった。けどそれは、彼女なりにここでの暮らしをよくしようとしてるからだってことも、俺は知ってたんだよ。彼女は悪いやつじゃなかった。言い方がちょっときついだけで、いいやつだったんだ」

 何か思い出したのだろう、タケフミが声を詰まらせた。リュウセイは気付きながら次の質問をする。

「それじゃあ、サクラとはどうでしたか?」

「サクラは……彼女は優しいやつだった。自分から手伝いを買って出るようなやつだった」

「彼女との間にトラブルは?」

「無いよ。あんないい子が殺されるなんて、ひどいと思ってるくらいだ」

 タケフミがうつむいて泣くのをこらえるような顔をする。これ以上たずねてもいいものかどうかと躊躇するショウだが、リュウセイは冷静に質問を続けた。

「キリさんとサクラ、二人に共通するトラブルなどを見聞きしたことは?」

「無い。まったく何があったか、分からない」

「そうですか。他の人たちと問題になったこともありませんか?」

「……喧嘩みたいなことはあったと思うが、どれも大したことじゃなかった。俺はリーダーだけど、すべてを把握してるわけでも無いしな」

 と、皮肉めいた笑みを浮かべる。

 リュウセイは一呼吸置いてから話し始めた。

「ハルトさんのことなんですが、俺たちは彼が真犯人をかばって死んだと考えています」

「真犯人?」

「ええ。何かハルトさんから聞いてませんか?」

 青白い顔になりながらタケフミは首を左右へ振った。

「何も聞いてない。まったく心当たりも無い。何で、かばって……あいつが? 誰を?」

「俺たちが突き止めます。だから落ち着いてください」

「あ、ああ……すまない。でも、でも……」

 と、混乱した様子を見せるタケフミだったが、ふいに思い出したように言う。

「そうだ。昨日の夜、ハルトが言っていた。真実は見たい人だけが見ればいい、と」

 二人は顔を見合わせた。現時点で見えていないのは、やはり動機である。そして宇宙船の絵の裏に描かれた何か。

 ショウはふとひらめいて、ボディバッグからハルトのスマートフォンを取り出した。

「これ、ハルトのスマホだよな?」

 タケフミが「ああ、あいつのもので間違いない」と、うなずく。

「ロックがかかってるんだが、暗証番号は分かるか?」

「……中を見たいのか」

「ハルトが何を考えていたのか、どうして真犯人をかばうような真似をしたのか、知るために必要なんだ」

 ショウの真剣な眼差しが届いたのか、タケフミがそっと手を伸ばしてスマートフォンを受け取った。

「四桁の暗証番号か」

 左手に持ち替えてから、画面に並ぶ数字を押す。一度目は失敗だった。

「違うか……それなら」

 次に入力した番号も違ったようだ。タケフミが困り果てた顔で悩みながら、おそるおそると数字を押した。

 画面が切り替わり、ホームへ移動した。開けた。

「ありがとうございます、タケフミさん」

 と、リュウセイが喜びの声を上げ、ショウはたずねる。

「四桁の数字は?」

「十月二十日、俺とハルトが初めて出会った日だ」

 答えながらスマートフォンをショウへ渡し、タケフミはとうとう目に涙を浮かべる。二人の出会いを大切にしていたであろうハルトの想いが、ついに彼の悲しみを刺激してしまったらしい。

「ありがとう」

 ショウが礼を言うと、タケフミはぽろぽろと涙をこぼしながら頭を左右へ振った。

「かまわないでくれ。こっちこそ、ありがとう」

 泣き顔を見られたくないのか、タケフミがうつむく。

 彼は嗚咽おえつこそ漏らさなかったが、二人はその場を離れられなかった。今にも消え入りそうな気がして、ハルトの儚い横顔と重なって見えた。


 部屋へ戻ると、窓の外に夕焼けが広がっていた。リビングにはもうほとんど光が届かない。

 ショウは椅子に座り、さっそくハルトのスマートフォンを調べ始める。予想した通り、インターネットにつながっていた。

「やっぱりつながってるな」

「インターネットに?」

「ああ」

 リュウセイは後ろへ回り、画面をのぞき見る。

「すごいな、今でも使えるんだ」

「でもダメだな、初期化されてる。個人情報につながるものは全部消してるっぽいな」

 ホームに並んだアイコンを一つ一つ開いて確認していくが、どれもまっさらな状態だった。

「クソ、これじゃあ何もできないじゃねぇかよ」

 毒づくショウへリュウセイが口を出す。

「画像も残ってなかったのかい?」

「ああ、無いな。クラウドにあるかもしれないが今でも使えるとは思えないし、使えたとしてもパスワードもIDも分からないからログインできねぇ」

「ということは空振りか」

 と、リュウセイも肩を落とし、いつもの席へと戻った。

 スマートフォンを半ば投げ捨てるようにテーブルへ置き、ショウはため息をつく。

「やっぱり、あの絵の裏側を見ないとダメっぽいな」

「見えるようになる方法、スマホで調べられないかな?」

「やってみてもいいが、充電が残り十パーセントしかない。満足に調べる余裕は無いだろうな」

「それならユキヤに……と思ったけれど、彼にはインターネットが使えないって言われてるんだったね。嘘だったことがバレてしまう」

 彼が苦笑し、ショウは眉をひそめながら同意した。

「非難するつもりは無いけど何を言われるか分からないし、やめておいた方がいいだろうな」

 昨夜はリュウセイが危うく怒りを買うところだった。下手に関係を悪化させたら余計な混乱を招きかねないため、ユキヤを敵に回さずに済むならその方がいい。

「そうだ、発電機ならマヒロも持ってるじゃないか。貸してもらえないかな?」

「ああ、その手があったか。でも、充電するためのケーブルが無いぞ」

「そうだった。ユキヤの部屋で充電してたくらいだし、あとは……あ、キリさんの部屋になかったっけ?」

「残念だが端子が違う。あれじゃあ充電できない」

「万事休す、か。結局、自分たちで考えるしかなさそうだ」

 と、リュウセイはため息をついて席を立った。

「とりあえず夕飯にしようか」

「そうだな、考えるのはその後だ」


 夕食を終えてから順にシャワーを浴びた。水しか出ないためにリラックスとまではいかないものの、気分はいくらかすっきりする。

 脱衣所で服を着ていると、玄関の方から声がした。

「リュウセイくん、ちょっと話したいことがあるんやけど」

 ナギだ。リビングにいたリュウセイがすぐに応対に出た。

「何かあったのかい?」

 と、扉を開ける。

「あの、その……昨日のことでな、気になることがあったんやけど、なかなか話すチャンスがなくて」

 察しのいい彼は返す。

「もしかして、ミソラくんが階段から突き落とされたことに関してかい?」

「あの時、駆けつけたのはうちらが先だったやろ? その後、ハルトさんがにゅっと出てきたねん」

「それはどういう意味かな?」

「なんて言えばええんやろ、足音がなかったというか……とにかく、ハルトさんがミソラくんを突き落としたんは間違いない。何か変やったんやもん」

「そうか、ありがとう。タケフミさんの様子はどう?」

「やっと落ち着いたみたいやね。もう大丈夫って言われたさかい、今から部屋に戻るところや」

「大丈夫ならいいんだ。二人に任せちゃってすまなかったね」

「ううん、気にせえへんで。それじゃあ、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 ナギが廊下を歩いて行き、リュウセイが扉を閉める。

 タオルを頭に乗せたままショウは脱衣所から出た。

「ナギが嘘を言ってると思うか?」

 振り返った彼は横へ首を振った。

「いや、思わないね。ミソラくんを突き落としたのはハルトさんで間違いない」

「そこだけは本当だったんだな」

 はたと気付いたような顔をしてリュウセイはリビングへと歩き出す。

「そうすると、遺書には嘘と真実が混ざってることになるのか。どうも腑に落ちないなぁ」

 同感だった。あらためて遺書について考えてみる必要がありそうだが、ショウはこうも思った。

「あいつはグレーなんだろ? あえて本当のことを混ぜて、どっちつかずにしただけかもしれない」

「ありうるね。ハルトさんならやりそうな感じがする」

 彼の後を付いて戻り、ランタンの明かりが照らすテーブルの上を見やる。

「まったくややこしいやつだ」

「分かりにくいよねぇ。でもたぶん、彼は俺たちの味方なんじゃないかと思うよ」

 リュウセイがゆっくりと椅子に腰を下ろし、ショウも向かいへ腰かけた。

「そういうことにして一から考え直すか」

「ああ、そうしよう」

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