3
「聞いてくれよ、ユキヤ!」
二〇八号室へ飛び込み、ショウは今日も奥の部屋にいた彼へ訴えた。
「リュウセイのやつ、マジ最悪なんだ!」
振り返ったユキヤは目を丸くしていた。
「え、急に何だ? っつーか、静かにしてくれ」
「あっ、すまない」
と、ショウが口をつぐめば、ユキヤがこちらへと寄ってくる。後ろ手に部屋の扉を閉めたところを見ると、どうやら見られたくない作業をしていたらしい。
ショウはもう一方の扉へ目をやりつつ、小さい声でたずねた。
「まだミソラの調子、悪いのか?」
「少しは元気になったんだけどな」
ユキヤが苦笑し、椅子を示した。
「座れよ。いったい何があったんだ?」
「えっと、その……」
彼と向かい合って座り、ショウは必死に考えてきた台詞を思い出す。
「リュウセイがオレのこと、好きなのは知ってるだろ? あいつ、急にキスしてこようとしたんだ」
と、視線を泳がせた。テーブルの上には以前と変わらず、小型の機械が無造作にいくつも並んでいた。
「マジかよ。こんな時に何してんだ? っつーか、まだ犯人探してるんじゃなかったのか?」
ぎくりとして顔を上げてしまい、慌ててごまかす。
「そ、それはそうなんだが、あいつ、いちいち距離が近いっていうか」
「あー、アピール激しそうだもんな」
「そうなんだ。でもオレは、別にあいつのことをそういう目では見られなくって」
こんな恥ずかしい相談なんてしたくなかったが、信憑性を高めるにはある程度事実に基づく必要があった。そのために用意したシナリオが、リュウセイにキスされそうになって逃げ出したショウ、であった。必然的にショウが二人の注意を引き付ける役となったのだが、内心では怪しまれないかとひやひやする。
「タイプじゃないのか?」
ありがたいことに、ユキヤは疑う様子もなく相談に乗ってくれた。
「いや、うーん……そもそも、恋愛をしたことが無いから、よく分からないんだ」
正直にショウが返すと、彼は少し馬鹿にしたように笑う。
「マジで? お前、今いくつだっけ?」
「二十三だ」
「ああ、ミソラと同い年だったか。その年で恋愛経験ゼロか、そりゃこじらせるわ」
思いがけない言葉をかけられ、ムッとしてしまった。
「別にこじらせてはいないと思うが……」
「俺からすれば十分こじらせてるよ。とりあえず付き合ってみたらいいじゃん」
「えっ、あいつと?」
「そうだよ。ま、お前が嫌じゃなければ、だけどな」
あまりにも軽く結論を出されてしまった。まだリュウセイは部屋を調べている頃だろう。
ショウは時間を稼ぐため、おずおずとたずねた。
「嫌かどうかもよく分からないっていうか……そういえば、ユキヤとミソラはいつから付き合ってるんだ?」
「ん、俺たちか? そうだな、俺が十九歳の時からだから、もう六年になるか」
「けっこう長いんだな」
「元々、高校の先輩後輩でさ。生徒会で一緒になって、めっちゃ可愛いやつだなって思って連絡先を交換したんだ」
「ユキヤの方からか?」
「もちろん。でも、親父が仕事をクビになったのもその頃だったな。俺が高校を卒業した直後、勝手に死にやがったんだ」
口調に悲しみと悔しさをにじませる彼を見て、ショウはつい口に出してしまう。
「お前の父親って……」
「ああ、ショウには話してなかったっけ。急に仕事をクビにされてさ、自殺したんだよ」
「……そうだったのか。ごめん、続けて」
以前、リュウセイから聞いた話が本当だったと分かり、少なからず気持ちが沈んだ。
「その後、俺は大学に通うはずだったのをやめてフリーターになった。職場がたまたまミソラの家の近くで、よく顔を合わせるようになったんだが……あー、どうすっかな」
「何か問題が?」
ショウが不思議に思って問いかけると、後ろからミソラの声がした。
「話しちゃっていいよ」
部屋から出てきたミソラは寝間着姿で、普段と違って元気の無い弱々しい顔をしていた。
ユキヤが「でも」と、迷いを見せるとミソラが言う。
「僕、学校から帰る途中で知らない男にレイプされたんだ」
びっくりするショウだったが、ミソラは死んだ魚のような目で続けた。
「それから学校に通えなくなって、部屋に引きこもった。相手が誰だか分かっていたけど、いわゆる権力者の息子でね。逮捕されることなく、お金でうやむやにされちゃったんだ」
「そんな……」
これまでに見てきたミソラの人物像からは想像もできない過去だった。しかし、男性にしては背が低く、中性的で可愛い顔をしていることを思えば、手を出しやすくはあっただろうことが察せられる。
「で、そのことを知った俺は、毎日のようにミソラに会いに行った。何をしてやれるか分からなかったけど、放っておけなかったんだ」
湿布を貼った右足をできるだけ動かさないようにしながら寄り、ミソラはにこりと微笑む。
「僕が立ち直れたのはユキヤのおかげだよ。だから僕はユキヤが好きだし、こんな時代じゃなければちゃんと結婚してた」
「そういうことだ。自分で言うのもあれだが、俺はミソラのことを溺愛してる。もう誰にも傷つけさせたくねぇんだ」
覚悟の灯った目をして笑うユキヤは強い人だった。ショウは自分と違って立派だと感じたが、不思議と劣等感は抱かなかった。
「そうか、聞かせてくれてありがとう」
二人の間にある絆はとても強く、切っても切れないものなのだろう。そう思うと同時にハルトとの会話を思い出す。
『それって、共依存ってやつじゃないのか?』
『さあ、どうだろう。でも、僕たちよりもその言葉がふさわしい二人がいるように思うね』
するとミソラが隣の席へ座って言った。
「それでショウくんはどうなの?」
「どうって?」
「リュウセイくんのことだよ。どう思ってるの?」
いかにも興味津々な様子で問いかけられ、ショウは真面目に悩んでしまった。さすがにこうなることまでは想定していなかった。
「あいつは、うーん……」
ユキヤとミソラは黙って注目している。
「悪いやつでは無い、と思う。いや、あいつはいいやつだ。調子に乗るしふざけるし、小心者で頼りなくて、時々空気が読めなくて失言もするけど、頭は回るし優しい」
「それなら、彼と付き合っちゃえば?」
「ミソラまで言うのか」
複雑な気持ちになってうつむき加減になったが、ミソラはくすくすと笑いながら返した。
「だって君たち、お似合いだもん。嫌じゃないなら付き合ってみてもいいと思うよ?」
「うーん、でも付き合うっていうのがどういうことだか、よく分からないんだよな」
「キスしてセックスすりゃいいんだよ」
「そう簡単に言ってくれるなよ……」
と、ショウはユキヤをにらむ。
彼らはちゃんと話を聞いてくれるわりに、結論を出すまでが短い。深刻に捉えられても困るのだが、あまりに軽く言われるために困惑せずにはいられなかった。
「っていうかオレ、恥ずかしいの嫌なんだよ。つい、手が出ちまう」
「えっ、ツンデレってこと?」
ミソラが目を輝かせ、ユキヤは愉快そうにした。
「お前、本当に可愛いやつだな。もう大人なんだから素直になれよ」
二人に言われると、そうした方がいい気がしてくる。しかし、これはあくまでも時間稼ぎ。リュウセイが部屋を調べ終えて戻るまで、二人の注意を自分に向けさせていればいいのだ。
そう割り切ってショウは彼らを見る。
「二人はそういうことないのか? 恥ずかしくなかったか?」
「あー、最初の頃は少し恥ずかしかったかもな」
「でも慣れてくると、キスもハグも恥ずかしくないし、セックスも楽しいって思えるようになるよ」
「そ、そうなのか……」
投げかける質問を間違えたかもしれない。ショウが後悔したところで外から声がした。
「ごめん、ユキヤ。ショウ、いる?」
リュウセイだ。
はっとして振り返ったショウだが、何故か先にユキヤが席を立って行ってしまう。
玄関の扉を開けて、ユキヤはリュウセイと話し始めた。
「ああ、いるぜ」
「やっぱりここにいたのか。もしかして、何か聞かされたかい?」
「お前にキスされそうになって逃げてきたらしいな」
「うーん、反省はしてる。でも俺、こう見えて性欲強くてさ」
「まあ、好みのやつがそばにいるとな。我慢できなくなるよな」
「分かってくれるのかい?」
「分かる。けど、ショウみたいなタイプはゆっくり距離を詰めないとダメだ。アピールするのはほどほどにしろ、いいな?」
「あはは、まさか君に説教される日が来るとは……分かった、今後は気をつけるよ」
そしてユキヤは戻って来るとショウの肩をたたいた。
「王子様のお迎えだぜ。頑張れよ」
「あ、ああ」
そんなつもりはまったく無いが、妙に意識してしまう。ショウはため息をつきつつ立ち上がり、足取り重く玄関へ向かった。
リュウセイが申し訳なさそうに眉尻を下げながら言った。
「ショウ、さっきはごめん」
「いや、オレも悪かった。すまない」
と、話しながら外へ出る。
「で、収穫は?」
廊下を歩きながら小声でたずねた。リュウセイもまた小さく返す。
「キリさんの部屋で見つけた花びら、あれと同じものを見つけたよ。彼女がハーブティーを飲んでいたことが確かになった」
「なるほど、それだけか」
「一つだけって、いつ俺が言った?」
「まだあるのか?」
目を丸くするショウへ、リュウセイは口角を上げて返す。
「ああ、確固たる証拠になるものを見つけたよ」
大きな声を上げたくなるのをこらえ、ショウは立ち止まる。二〇五号室の前だった。
「それなら、あとはタケフミだな」
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