3
「いやあ、まさかユキヤと二人きりになるとは」
ショウがミソラに連れて行かれてしまい、リュウセイは場をつなぐためにそう言った。
向かいの席に座りながら、ユキヤが「あいつは気まぐれだからなぁ」と、半分呆れたように返す。
「でも、みんなにハーブティー振る舞ってるのって、何かいいよね」
「それがあいつの楽しみでもあるからな」
キッチンには電気コンロがあり、やかんを置いて湯を沸かしていた。
「ユキヤはランタンとかの修理をしてくれるし、俺もそういう、誰かに何かできることがあったらよかったんだけどなぁ」
意外そうにユキヤがリュウセイを見た。
「役に立ちたいのか?」
「うん、俺も人間だからね。コミュニティの中で自分にしかない役割があったら嬉しいよ」
あくまでも一般論のつもりで言ったリュウセイだったが、ユキヤは何故か視線をそらした。
「自分にしかない役割、なぁ。けど、求められなくなったらそれまでだぜ。今はここにいさせてもらえてるけど、いつどんなきっかけで捨てられるかは分からねぇんだから、誰かのためより自己満足でやるのが精神衛生上いい」
リュウセイは最もだと思いつつたずねた。
「もしかして実体験かい?」
「何だ、俺のことも推理しようっていうのか?」
「あ、いや、そういうわけじゃ……」
「いいぜ、その前に全部話してやるよ」
途端に彼の瞳が暗く濁ったように見え、リュウセイは失言してしまったことを悟る。どうにも自分は空気を読めない性分らしい。
「俺の親父は宇宙船の開発に関わってた。制御システムの大半を作ったのが親父だったんだ。なのに、ある日突然クビにされた。不当解雇ってやつだ。親父にとって宇宙船の開発に関わることは夢だった。生きがいだったんだ」
語りながら感情が徐々に
「そいつを奪われた親父はどうなったと思う? ……自殺したんだ」
ユキヤが泣き出しそうな顔で自嘲する。
「馬鹿げてるだろ? 宇宙船に乗れるはずだったのに、俺たちは未来そのものを奪われたんだよ」
ひどい転落人生だ。しかし、もっと悲惨な人生を送っている人は大勢いる。現在、地上に残っている人はすべてそうだと言ってもいい。
リュウセイはおずおずとたずねた。
「じゃあ、ユキヤが機械に強いのは、父親の影響なのかい?」
「ああ。親父の遺したパソコンを使ってプログラミングを身に付けた。家電の修理ができるのは、そういうバイトをしてたからだ。だから修理をするのは自己満足で、別に誰かの役に立ちたいわけじゃない。そうじゃないと、捨てられた時に辛くなるだけだからな」
「そうだったのか。いや、ありがとう。君のことが知れてよかった」
適当に耳障りのいい言葉を返すと、ミソラたちが戻ってきた。
「ただいまー」
「おう、おかえり」
と、ユキヤは席を立って奥の部屋へ戻って行った。これ以上語ることは無い、ということらしい。
ミソラは室内の空気を感じてか、少し不思議そうにしながらもショウへ言った。
「ありがとう、ショウくん。あとは座って待ってて」
「ああ」
手にした袋をミソラに渡して、ショウはリュウセイの隣へ腰を下ろした。
「何か話してたのか?」
「うん、まあね」
我ながら歯切れの悪い返答だったが、ショウは詳しくたずねようとはしなかった。
ミソラがキッチンに立ち、茶葉をスプーンですくって耐熱ガラスのティーポットへ入れていく。沸いたばかりの湯をティーポットへ注ぐと、ふわりと草の臭いが室内に香った。
「青臭いな。さっきの部屋を凝縮したみたいな匂いだ」
ショウがぼそりとつぶやくと、ミソラはくすっと笑いながらティーポットをテーブルへ置いた。
「いい匂いだと思わない?」
「うーん、どうだろう」
リュウセイは以前にもハーブティーを飲ませてもらったことがあった。
「俺はこの匂い、好きだよ。どことなく懐かしい感じがしてほっとする」
「前にもそう言ってくれたよね、嬉しいな」
再びキッチンへ戻ったミソラが二つの白いティーカップと茶こしを持ってきた。
「出来上がるまでもうちょっと待ってね」
と、手にした物を置きながらショウの向かいに座る。
「このハーブ、全部自分で育ててるのか?」
「うん、そうだよ。ローズマリーにカモミール、ミント、レモングラスとか、他にもいろいろね」
「それをハーブティーにしてるのか、すごいな」
奥の部屋ではユキヤがさっそくランタンを修理しており、カチャカチャと音が聞こえる。
ミソラは少し照れたように笑った。
「えへへ、ありがとう。元々はこのマンションのベランダにあったやつでね、育て方なんて全然分からなかったんだけど、やってみたらいい感じにできたんだ」
ふとリュウセイは前々からの疑問を口にした。
「ハーブティーにしたのは何でなんだい? 何かきっかけがあるんでしょう?」
「元々、好きで飲んでたんだよ。それで放置されてるハーブを見つけた時、自分でも作れるかもって思ったの」
「いいねぇ、そのチャレンジ精神」
リュウセイが褒めると、ミソラは微笑みながら静かに否定した。
「ううん、ハーブティーは僕にとって薬みたいなもの。無いと辛くなっちゃうってだけだよ」
彼の抱えるものが垣間見えたせいか、笑っているはずなのにどこか痛ましく見えた。具体的なことが気になるが、何故か詮索させまいとするようにショウが言った。
「こんな時代だもんな」
「うん……あっ、そろそろだね」
ミソラはティーカップに茶こしを置くと、その上からハーブティーを注ぎ始めた。透き通るような黄色が光を反射し、香りをふわりと漂わせる。
もう一つのカップにも同じように注いでから、ミソラはそれぞれの前へ置いた。
「どうぞ」
「いただきます」
リュウセイは先にカップを手に取り、目を伏せて香りをかいだ。
「うん、いい匂いだ」
遅れてショウもティーカップを持ち上げ、ふうふうと息を吹きかける。猫舌なのだろうか、おそるおそると一口飲んだ途端に目を瞠った。
「美味しい……!」
「そうでしょ? 僕がブレンドしたんだよ」
ミソラがにこにこと満足気にし、ショウはすぐに二口目をすする。
ミソラのハーブティーは香りの印象が強いが、口当たりはまろやかでわずかに甘みがある。喉越しはすっきりとしていて、とても飲みやすかった。
「初めて飲んだ時も思ったけど、こんな時代にこんな美味しい飲み物がまだあったなんて、びっくりしちゃうよね」
リュウセイが少し飲んでから言うと、隣から視線を送られた。
「ずっと雨水しか飲んでなかったからだろうな、美味しいけどやっぱり匂いが気になる」
「慣れればいい匂いって感じるようになるよ」
ミソラのフォローにショウは微妙な顔をする。リュウセイはこれまでの様子から察してたずねた。
「そういえば、ショウって五感が鋭いよね。生まれつきそうなのかい?」
「ああ、言われてみればそうかもな。嗅覚は特に敏感だと思う」
はっとしてミソラは理解した顔になる。
「そうだったんだ。じゃあ、無理しなくていいからね」
「いや、美味しいからちゃんと飲むよ」
と、ショウはまたカップへ口を付けた。匂いが気になると言いながらも気に入った様子だ。
会話が自然と途切れたところで、ミソラが視線をさまよわせた。それからおずおずと二人の方を見る。
「それで、えーと……何か、分かったの? あの後、サクラちゃんの部屋を調べたんでしょ?」
カップをそっとテーブルへ置き、リュウセイはショウと顔を見合わせる。いくつか判明したことはあるが、安易に伝えるべきではない情報もあった。
しかし答えを拒否する理由もない。リュウセイは素直に情報を口にした。
「サクラの部屋のテーブルの裏に、変な絵が描いてあったんだ」
「変な絵?」
「説明がしにくいんだけど、何を表わしているのかちっとも分からなくて」
「そういえば、サクラちゃんって絵心がないんだよね」
と、ミソラが苦笑いをし、ショウが口を挟む。
「さっきはオレたちのこと、ひどい人たちって言ってなかったか? 事件に関わりたくないんじゃないのか?」
ミソラは眉尻を下げた。
「うーん、それはそうなんだけど、気にならないわけじゃないじゃない? 何て言うか、探偵ごっこするなら勝手にしてって感じだけど、結果だけは教えてほしいっていうか」
「ミソラくん、なかなか自己中心的だね?」
リュウセイが苦笑いで指摘するとミソラはとっさに謝罪した。
「あっ、ごめんなさい」
どこかわざとらしくもある仕草だ。年が若いのは確かだが、子どものようなあどけなさの裏に何か隠しているような気がした。
「でも、やっぱりキリさんやサクラちゃんとは、僕も仲良くしてたから……」
言い訳がましく続けるミソラへため息をついてショウは言う。
「だったらあの絵が何なのか、解読してほしいもんだな」
「いいよ。どんな絵だったの?」
皮肉のつもりが受け入れられてしまった。ミソラの純粋さにしてやられたショウを横目に、リュウセイが説明をする。
「えーと、ウインナーみたいな形に、スカートを履いてるような台形があって、そこから変な脚みたいなものがいくつか出ていたね」
「え、何それ。宇宙人?」
「でも顔っぽい部分はなかったよ」
「うーん、何だろう……スカートって言うとマヒロちゃんがよく縫ってるけど。あっ、絵って言ったらハルトさんかも。その絵自体には意味が無くて、とにかく絵っていうだけなのかも。でも、そんなわけないか……うーん、ウインナーじゃなくてプロテインバーならユキヤの好物なんだけどな」
意外なことに解釈が三つも飛び出してきた。実物を見てもいないのにこれだけ考えられるのは、ミソラの思考が柔軟なのだろう。
「ありがとう、ミソラ。もう十分だ。リュウセイ、今の意見をどう思う?」
「悪くはないんだけど、どれもぴんとこないね。もし特定の誰かを表わすものだとしたら、いくらでもこじつけられそうだし」
ミソラがはっとして慌てた。
「ごめん、やっぱ今の無しにして! どうか聞かなかったことにー!」
リュウセイは笑いながら返した。
「大丈夫だよ。ミソラくんの言ったことは誰にも話さないから」
「どうせ一つも当たってないだろうしな」
「そうだよね……けど、二人がやってるのってそういうことなんだよね」
と、少し暗い表情をする。
「僕ら一人一人を疑ってるんだ」
自分でも推理をしてみて二人の気持ちを理解してしまったらしい。
気まずくなってショウは伏し目がちになる。リュウセイも黙ってカップへ口を付けた。
「それでも、オレは犯人を見つけたいんだ」
ショウがつぶやくように言うと、ミソラは小さく苦笑いを浮かべた。
昨日同様、リュウセイの部屋で情報を紙に書き出していく。
「まず、キリはロボットを誰が落としたのか知っていた」
「そして侵入者がいないことを知っていた」
彼の交換してもらったランタンは以前のものより光量が強かった。
「つまり、このマンションに住んでいるやつの中に犯人がいる」
「おそらくキリさんはそいつに殺された」
「サクラもそうだ。犯人に心当たりがあったから、口封じのために殺された」
「で、抵抗した形跡は無し。彼女は自分が殺されることを分かっていた」
「あと壊れたランタン、テーブルの裏に描かれた絵」
これまでに得た情報を書き終えて、リュウセイはふうと息をつく。
「いよいよ推理モノっぽくなってきたなぁ」
ショウは紙に書かれた文字に目を走らせ、何気なくつぶやいた。
「何か見落としてるような気がするんだよな」
「何かって?」
「分からん。サクラがランタンを壊したのは、結局あの絵に気付かせるためだったのか?」
「ああ、それは一理あると思うけど、それだけってことは無いような気もするね。かといって、じゃあ何なのかって言われると困っちゃうんだけど」
二人して同時にうーんとうなる。
「クソ、全然ひらめかない。もやもやする」
どれだけ考えてもサクラの意図が見えてこず、突破口がつかめない。しばらく黙り込んだ後でリュウセイが言った。
「っていうかさ、ショウ」
「ん、何だ?」
「俺たちが犯人を探してること、犯人は知ってるわけだよね」
「ああ」
「ってことは、次に俺たちが狙われる可能性、あるんじゃないかな?」
ショウは無表情になった後で顔をこわばらせた。
「待て、やめろ、何だそれ。怖いこと言うなっ」
「ごめん、思いついたことを言っただけなんだ。怖がらせるつもりはなかった」
「でもそうだよな。冷静に考えたら、犯人からすればオレたちは邪魔だ。殺されたっておかしくない」
と、ショウはわずかにうつむく。
苦い顔をしつつリュウセイは言った。
「俺たち、一人にならない方がいいかもね?」
「オレもそう思う」
「じゃあ、今日は俺の部屋に泊まるっていうことで」
「……変なことするなよ?」
「先に謝っておく、我慢できなかったらごめん」
彼と一緒にいることには慣れてきたが、好意を抱かれていると思うと対応に困る。今のところは口だけで済んでいるからいいものの、いつ何をされるか分からないのだ。
ショウは急に疲労感を覚え、気分転換に立ち上がった。両腕を上げて伸びをするとあくびが出た。
「疲れたな。少し休んでもいいか?」
「ああ、ベッド使っていいよ」
「ありがとう」
ショウは寝室へ向かって行き、残されたリュウセイは首をかしげた。
「え、マジで俺のベッドに寝るの? 大丈夫?」
当のショウはすでにベッドへ寝転んでいた。ハーブティーでリラックスしたせいもあってか、眠気に耐えられなかった。
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