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リュウセイの部屋へ戻り、紙とペンを前にして向かい合う。
「疑心暗鬼、なりそうに無いな」
「残念だけど、ほっとした気持ちもある。複雑だ」
リュウセイは言葉通り、どちらともつかない微妙な表情をしていた。
「結局みんな、少なからず死にたいんだもんな。誰が誰を殺したか、っていうことにも興味が無いわけだ」
「犯人を見つけたところで、警察に引き渡せるわけじゃないしね」
「それでも追い出すことはできる。安心して暮らせるようになるなら、探す価値はあると思ってる」
「ショウは強いな」
リュウセイが力なく笑い、ショウは返した。
「それより情報をまとめるぞ。話を聞いた五人はキリとの間にトラブルがあった様子はなかった」
ハルト、マヒロ、ナギ、ユキヤ、ミソラから聞いた情報を並べてリュウセイは言う。
「誰かが嘘をついてるかもしれない」
「その可能性は後で考えればいいだろ」
「俺が嘘をついてる可能性もある」
「は?」
ショウが理解できず眉を
「他の人が俺を疑ってくれないから、自分で疑っているんだ」
「……じゃあ、お前がキリを殺したのか? 動機は?」
「俺はそもそも女性という生き物が好ましくない。キリさんは特に気が強かったから、ここで暮らしていくのに邪魔だと思った」
「それだけの理由で? じゃあ、サクラは? 犯人に心当たりがあったなら、お前にあんな話はしないだろ。オレにだけ伝えようとしたはずだ」
リュウセイは明るい顔をした。
「よかった、俺の容疑が晴れた!」
「何がしたいんだ、お前は」
と、ショウは呆れてからメモへと視線を落とす。
<ハルトの証言>
・キリについて
彼女は女性陣の中では古株だ
僕らより少し後に来た人で、そういう意味では付き合いが長かった
仲は普通じゃないかな
彼女との間にトラブルはなかったし、お互いに嫌い合っていることもなかったはず
タケフミとは気が合わなかった
些細なもの、わざわざ話すことじゃない
・サクラについて
彼女とは仲が良かったと思う
廃材アートにハマってた時、廃材を集めるのを何度か手伝ってもらった
完成品を見せたらすごく喜んでくれて、僕も嬉しくなったよ
ミソラに誘われて、一緒にハーブティーを飲んだこともある
サクラについては思うところがたくさんあるよ
話してもいいけど、僕が真実を話してるとは限らないよ
そんな簡単に決めつけちゃうの?
どちらでもない、っていうこともあるのが現実だよ
人間は間違う生き物だ
簡単に嘘をつくし、無意識に矛盾する
勘違いや誤解もするし、価値観が違えば見方は変わる
自分の正義が誰かを傷つけていることに気付かない人だっている
そんな中から真実を見つけ出すのは、きっと難しいだろうね
グレーだって黒寄りかもしれないし、白寄りかもしれない
物事は単純なものではないんだ
正しくても報われない人や、被害者ではなく加害者が救済される様を見てきた
そんな間違った世界がやっと終わると思うと、これほど安堵することはない
僕を救わなかったすべて、僕をこの世に産み落とし、生きながらえさせたすべてを憎んでいる
タケフミがいるからだよ
ああ見えて彼、とても弱い人でね……僕がいないとダメなんだ
(共依存について)僕たちよりもその言葉がふさわしい二人がいるように思うね
もうすぐ最後の宇宙船が飛ぶ、だから描くんだ
「ハルトから聞いた話だけど、キリとトラブルがありそうなのはタケフミの方だったな」
「マヒロやユキヤからも同じような情報が出ていたね。でもタケフミさんは協力してくれそうにない」
「仮に彼を犯人だとしよう。ロボットを落としたのも彼ってことになるよな」
紙に「タケフミ」と、記入しながらリュウセイが返す。
「ああ、そうなるね。タケフミさんなら簡単にできただろうけど、あの時、彼は二階にいた」
「三階から落として、急いで二階に戻って来たとか?」
「俺が廊下に出た時、彼が部屋から出て来るのを見たよ。この時点で辻褄が合わない」
「うーん……タケフミだったら、脅しのためにロボットを落としたのかと思ったんだが」
「なるほど、キリさんが『くだらない』と一蹴したことからしても、その可能性は高そうだね。彼女は強い女性だったし、脅しに屈しなかったのかも。でも、タケフミさんが犯人なら侵入者の存在を作る意味が無いよ。殺さずに追い出せばいいんだもの」
前例があることからそう考えるのは自然だった。
「しかも食料が盗まれたことに気付いたのは、ショウが来たからだ。いわば不測の事態なんだし、あの時にわざわざ食料が盗まれたなんて言うかな?」
「となると、やっぱりタケフミは犯人じゃないのか」
先ほど書いた「タケフミ」の文字の上にバツ印を書いて消した。
「そもそも、侵入者がいると工作をしたのは何でなんだろう?」
「そりゃ、犯人に仕立て上げるためだろ。謎の侵入者が二人を殺して逃走した、とすれば事件はおしまいになる」
「そこに不測の事態であるショウと俺の存在かぁ。俺たちがいなければ、タケフミさんの一言で終わりになってたわけだ」
「犯人はタケフミの性格をよく知ってる人物ってことになるな」
「とすると、ハルトさんが怪しいねぇ」
と、リュウセイは左端に置いたメモを見やる。
「本当のことを話していたかどうかも怪しいし」
「嘘をついていたり、隠している可能性もあるよな」
「でもそれを言い出すと、マヒロやユキヤだって同じになっちゃう。結局、犯人を示す証拠が無いよ」
ショウはマヒロとナギのメモを見返した。
<マヒロの証言>
・キリについて
キリさんとは普通に仲良かったよ
っていうか、女性のリーダーは彼女だったし
わたしたちの面倒をよく見てくれて、頼れるお姉さんって感じだった
ちょっと融通の利かないところはあったけど、だからって険悪になることもなかったし
彼女を恨んだりはしてない
でも彼女、男性からのウケは悪いタイプだったかも
タケフミさんとよく衝突してたから、彼の愚痴を夜通し聞かされたりしたなぁ
ハルトさんとは特に何もなかったと思う
うーん、ユキヤと仲が良いイメージは無いけど、悪いってわけでもなかったんじゃない?
ミソラとはお茶友達だったよ
うん、わたしだって何度も誘われてるし
ミソラとはみんなそれぞれ、仲良くしてたはずだよ
・サクラについて
サクラとも仲良かったよ
っていうか女性が四人しかいないから、仲良くならない方がおかしいでしょ
トラブルは無い
わたしを疑ってるのかもしれないけど、彼女を殺してわたしに何のメリットがあるの?
キリさんもサクラも殺してないよ
持ち主が死んだんだから、わたしが使ったっていいでしょう
・発電機について
引き継いだだけ
スマホは知らない
わたしが発電機をもらった時には、もうなかったと思うけど
悪気があってもらったんじゃない、使わせてもらおうと思っただけ
<ナギの証言>
・キリについて
特に何も……まあ、仲は良かったと思うよ
キリさんは何も悪く無いんやけど、前に彼女とイケメンの話で盛り上がったことがあってん
うち、バイセクシュアルやねん
そんでマヒロにバレて嫉妬されてな、ちょっと気まずくなったことがあったって話や
マヒロはああ見えてやきもち焼きでな、キリさんまで悪く言われて、あん時はほんま申し訳なかったわ
・サクラについて
サクラさんとも仲よかったよ
あの人、めっちゃええ人やったやん?
うちもお世話になってな、優しいお母さんみたいな人やったなって思う
(トラブルは)無いよ
サクラさんが殺された時、ショックやったもん
(他の人たちともトラブルは)無いよ
さっきも言ったけど、うちは穏やかに暮らしたいねん
トラブルなんて起こしたくないから、大人しく過ごしてるんや
・マヒロについて
マヒロはせっかちさんやね
思い立ったらすぐ行動するタイプで、のろまなうちとは正反対やねん
それが逆に相性いいみたいで、一緒にいると楽しいんや
普段は静かだけど、実は感情的っていうか、ちょっとヒステリックなところはあるやんな
うちが来る前に何度か(トラブルが)あったっぽい話は聞いた
もしマヒロが犯人やって疑ってんなら、うちは否定できないって答えるで
パートナーやからこそ、や
あの子ならやりかねないもん
でもな、うちはそういう全部をひっくるめて、彼女を愛してるんや
「うーん、証拠……発電機を盗んだだけじゃ、分からないもんな」
「ショウと同じように悪気がなかったとすれば、犯人だと断定することはできない」
「スマホも知らないって言ってたな。この証言を信じるなら、他のやつが持ってるのかもしれない」
「スマホだけ? 何の目的で?」
「ユキヤに頼めば充電させてもらえるだろうが、二人とも知らないって言ってたな」
と、ユキヤとミソラのメモへ目をやる。
<ユキヤの証言>
・キリについて
キリとは特に何もなかったよ
ランタンの修理とかはしてたけど、そんくらいだ
あんまり好かないタイプではあったけどな
タケフミさんとよく一緒にいるところを見かけたし、近づかないでおこうと思ってたくらいだ
・サクラについて
サクラとは普通かな
特に仲良くはしてなかったけど、悪くも無い
そもそも、共通点がランタンくらいしかねぇからな
・他の人について
タケフミさんやハルトさんとは、もう三年くらいの付き合いになる
どちらかと言えばハルトさんと仲が良い
デジタル一眼の修理を頼まれたことがある、それからよく話すようになった
<ミソラの証言>
・キリについて
仲は良かったよ
キリさんもハーブが好きでね、育て方についてアドバイスをもらってた
お礼にハーブティーの茶葉を分けてあげてた
一緒にお茶することもあったし、夜寝る前によく飲んでたみたい
ハーブティーを飲んでから寝るとよく眠れるんだって話してた
トラブルは無い、みんな仲良しがいい
・サクラについて
サクラちゃんとは普通に仲良しだったよ
ショウが来た日も、ロビーでおしゃべりしてた
ショウは一旦諦めて別のことを考え始めた。
「さっき、事件が終わりになってたって言ったよな」
「え、うん」
と、リュウセイが意識をこちらへ向ける。
「犯人の狙いはキリとサクラだけだった。だから今日は殺人が起きなかった」
「そうだね」
「嵐の日に殺したのは、物音で他のやつらに気付かれないためだった」
「でも、真夜中に殺人を行うなら、別に嵐の日じゃなくてもできるよ」
「そうだな、嵐はたまたまだったのかもしれない。事件が起きても調べようとせず、普段通りに過ごすようなやつらだもんな」
今にもため息をつきたくなる。彼もまたうんざりした様子で言った。
「みんな現実逃避してる感じもするけどね。直視するのが嫌で関わりたく無いから、どうでもいいことにして無視してるんだ」
「冷たいやつらだ」
「今の時代、珍しくも無いでしょ」
そう言われると否定できない。ショウ自身、犯人を探しているのは自分のためなのだ。リュウセイもまた暇つぶしでしかない。
「ついでだから告白するけど、俺がついふざけたくなっちゃうのも、現実逃避かもしれない」
「急に自己分析か」
リュウセイは自嘲気味にふっと笑う。
「俺ってけっこう小心者でさ。心の中ではいつもびくびくしてるんだ。でもそんな自分を見せたくなくて、つい冗談にして笑い飛ばしてしまう。自分自身と向き合うことすらできない、弱い男なんだ」
どんな言葉を返せばいいのか分からず、ショウは素っ気なく返した。
「誰にだって弱い部分はあるだろ。話を戻そう」
彼は少し寂しそうにしながらもうなずいた。
「そうだったね、よけいな話をしてごめん。えーと、犯人の目的が二人だけだった、って話だっけ」
「ああ、犯人はオレたちを殺さなかった。でも、オレたちの存在は邪魔だろ? どうして殺さないのか、それが気になる」
「一緒の部屋にいるからじゃない? 一人になったところを殺す方が確実だし」
「それはそうなんだが……殺人が目的っていうより、何かあるような気がするんだよな」
「彼女たちを殺すことで生まれるメリットが?」
リュウセイが言葉を具体的に変換してくれて、ありがたくショウはうなずいた。
「ああ、そんな感じ」
「フィクションでありがちなのは、知ってはいけないことを知ってしまったから殺された、かな」
「ということは、逆に考えるとオレたちはそれを知らないから殺されない、か?」
「それだ! じゃあ、サクラが残した絵はその何かを示しているのかもしれない!」
しかし推理は進展しなかった。
「いや、違う気がするな。全然分からん」
「そうだね、もっとヒントが欲しいよ」
二人は同時にため息をついた。
「せめて、サクラを殺す時に使われた凶器が見つかればいいんだけどなぁ」
「ああ、紐な。跡からみてロープではなかった。たぶん、もっと細くてしっかりしたやつだ」
「ケーブルとか?」
脳裏にすぐ連想されるのは二〇八号室だ。
「ユキヤたちの部屋にはケーブルがたくさんあったよな」
リュウセイはふと立ち上がり、リビングの隅に追いやったテレビの前へ移動した。上から裏へ手を突っ込み、黒いケーブルを取り出してみせる。
「でも、ここにもあるんだよねぇ。他の部屋もそうだし、ケーブルなんてあちこちにあるよ」
人を絞め殺すのに十分な長さがあり、索条痕とも一致しそうな細さだ。
「ここはマンションだもんな」
「全部で九十部屋あって、ほとんどの部屋に生活感が残されたままだ。もし現場に凶器が残されていても、それがどこにあったものか特定するのは難しかっただろうね」
リュウセイの出した結論にため息をつき、ショウはぼやく。
「何でもありすぎるんだよ、ここは」
キリを殺した包丁もかつての住人が残していったものに違いない。犯人特定につながる情報がなく、ショウは頭が痛くなるのだった。
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