4日目
1
翌朝、まだ少し頭が目覚めきらないショウへリュウセイが言う。
「今朝は誰も死ななかったみたいだね」
「……そうか」
皿にあけた粥をスプーンですくい、ゆっくりと口に入れる。軽く咀嚼してから飲み込み、ショウは向かいに腰を下ろした彼へ言う。
「連続殺人じゃなかったのか?」
「うーん、俺もそう思ってたんだけどねぇ」
「残念そうにするなよ、不謹慎男」
「だってさぁ、クローズドサークルは全員死亡もあるんだよ?」
と、眼鏡越しにリュウセイがショウを見る。
「次々に起こる事件に人々が疑心暗鬼になって、自殺したり殺されたりで」
「フィクションだろ? それに外はもう晴れてる。犯人は荷物をまとめて逃げ出したかもしれない」
暴風雨は過ぎ去り、清々しい朝日が室内を照らしていた。窓が東向きにあるため、ランタンを使うことなく相手の顔や手元が見える。
「そうなんだよなぁ、と言いたいところなんだけどさ」
リュウセイは頬杖をついて窓の外を見やる。
「逃げたところで何も無いんだよねぇ、この辺り」
顔を上げてショウは思い出した。
「そうだったな。廃墟があるばっかりで雨風をしのぐ場所がなかった。食べ物も無いから、ずっと歩き続けてたら嵐に襲われたんだった」
「でしょ? 少し前までは隣の町が生きてたらしいんだけどね、今や人が住んでるのはここだけ。まさに陸の孤島だよ」
ずいぶん前から動物の姿も見ていない。どこかにはいるのだろうが、地球環境は人間以外の動物にもすっかり適さなくなっていた。
「それに誰かが犯人で逃げ出したなら、それはそれとして他の人たちが騒いでいそうなものだけど」
リュウセイの言う通りだ。誰も殺されておらず、誰もいなくなっていないからこそ、今朝は静かで穏やかなのだった。
「じゃあ、やっぱりまだ犯人はここにいるんだな」
「ああ、そう思うね」
会話が一段落して沈黙する間もなく、玄関の方からミソラの声が聞こえた。
「みんなー、集まってー! タケフミさんが話があるってー!」
二人は少々怪訝な顔になりつつも従うことにした。
一階のロビーに全住民が集められ、リーダーのタケフミが言う。
「結論から言うが、もう侵入者はいないと思う」
にわかにざわつき、ショウとリュウセイは困惑した。
「食料が盗まれたのはあの一度きりだった。今朝は何も起こらなかったし、この天気だ。きっともうどこかへ逃げているだろう」
ショウは相棒の脇を小突いて耳元へささやく。
「まずいんじゃないか、この展開」
「でも、この中に犯人がいるって言えるかい?」
リュウセイも小声で返すが、すぐにタケフミが気付いた。
「リュウセイ、ショウ」
ぎくっとして慌てて前を向くと、遠目にも体格のいい大きな男が目の前へやって来る。
「キリとサクラは侵入者に殺された。でも、侵入者はもういない。これでいいな?」
どうやら彼はリーダーとしてこの事件に早く幕を引きたいらしい。
「もう探偵ごっこは終わりだ。分かったな?」
「えーと……」
「いや、その……」
逆らうわけにはいかないが、終わりにすることもできない。はっきりした返事をできず、視線をそらすばかりの二人を見かねて、ハルトが口を出した。
「タケフミ、それだと脅しになっちゃうよ」
「脅しでかまわん。今日は誰も殺されなかったんだから、これで終わりでいいだろう?」
ユキヤやマヒロたちも同意するような顔をしていたが、ハルトは言う。
「でも二人は納得してないみたいだよ。こんなことでぎくしゃくしたくないし、彼らの話を聞くのはどうかな?」
タケフミだけでなくショウとリュウセイも目を丸くしてしまった。かまわずにハルトは言う。
「これまでの推理を聞かせてもらうんだ。それで終わりにさせてあげよう」
「なるほど。お前たち、それでいいな?」
「わ、分かった……」
「そうします、話します! でもちょっと、あの、少し打ち合わせさせていただいても?」
リュウセイがとっさに機転を利かせ、タケフミは「まあ、いいだろう」と、うなずいた。
「ショウ、行こう」
腕を引かれてあっという間に中庭へと連れて行かれる。
三日三晩続いた雨で芝生はすっかり濡れており、放置されていたコンシェルジュロボットも泥まみれになっていた。
ショウは内心の焦りや不安をごまかせず口にした。
「どうすんだよ、リュウセイ」
「俺にも分からないよ! でも、この中に犯人がいるって言っちゃったら、みんなが疑心暗鬼になってしまう!」
「嫌なのか? さっきは残念そうにしてたじゃないか」
「展開としては面白いよ!? でも俺、殺されたくないなぁ」
リュウセイがその場にしゃがみ込んで頭を抱えた。こんなに取り乱す彼を見るのは初めてだ。
「死にたいんじゃなかったのかよ」
ショウが見下ろしながら言うと、彼は泣き笑いのような情けない顔で見上げた。
「君に感化されちゃったのかなぁ? やっぱり嫌だって、生きたいって思っちゃったんだよ」
「……そうか」
言葉にしがたい微妙な思いになりながら、ショウもその場にしゃがむ。
「それならこの場で犯人を特定するしかないな」
「無理だよ。容疑者はまだ絞り込めてないし、証拠も見つかってない」
「今ある情報だけで、どうにか犯人を見つけられないか?」
「絶対に無理! しかもそれで無実の人を犯人扱いしちゃったら最悪だよ! タケフミさんから食料を分けてもらえなくなるかもしれない」
「じゃあ、どうやって切り抜ける?」
ショウの真剣な眼差しにリュウセイは頭を抱えた。
「待って、今考えてるから」
すると中庭の扉が開いた。
「まだ?」
と、顔を見せたのはハルトだ。
とっさにショウは立ち上がるが、これ以上待たせるわけにもいかない。
「すまん、すぐに戻る」
何を思ったか、ハルトは庭へ出ると扉を閉めた。そして二人の近くまでやって来る。
「君たち、侵入者なんていないって考えてるんじゃない?」
はっとしてリュウセイが立ち上がった。
「え、いや……」
「僕も怪しいとは思ってたんだ。タケフミには言ってないけど、侵入者がいるように見せかけるために、食料を盗んだんじゃないかな?」
吹き抜けに注ぐ日差しを受けて、ハルトの白い肌がよりいっそう白く見える。ずっと薄暗い中にいたから分からなかったが、彼には儚い雰囲気があった。
「少し考えれば誰でも分かることだ。でもタケフミは、この中に殺人犯がいるなんて思いたくないんだ。だから君たちをやめさせようとしてる」
「そういうことか」
「ハルトさんは、えーと……俺たちの味方ですか?」
リュウセイの質問に美男子はどちらともつかない笑みを見せた。
「推理してみたら?」
思いがけない返しに戸惑うショウたちへ彼は背を向けた。
「僕は戻るよ。タケフミは短気だから、早くしてね」
扉を開けてロビーへと去って行き、ショウは相棒へ言う。
「だとさ。どうする、リュウセイ」
「気乗りしないけど、この中に犯人がいるんですって言っちゃうかぁ」
「後腐れがないようにするには、正直に話すしかないもんな」
「ハルトさんのことも気になるし、どうにかして続けられるようにお願いしよう」
同時にため息をついてからロビーへ戻った。
住人たちの意識はすでにこちらへ向いていたようだ。自然と注目が集まり、ショウは咳払いをしてから話し始める。
「オレたちの推理だが、侵入者は初めからいない。キリとサクラ、あとロボットを落としたのも、おそらく同一人物による犯行で、そいつはこの中にいる」
タケフミが苦い顔をしてにらんでくる。
「俺たちを疑ってるのか?」
「ああ、はっきり言うとそうなる。でも、そいつが誰かはまだ分かっていない」
「ちなみに侵入者がいないと言い切れる根拠は、キリさんが正義感の強い女性だったからです」
と、リュウセイが口を開く。
ショウは横目に彼を見た。度々彼は失言するため、下手なことを言わないかとひやひやする。
「でもロボットが落ちた時、彼女は『くだらない』と言って真っ先に部屋へ戻りました。もし侵入者がいれば、俺たちのように調べていたはずです。つまり彼女は、侵入者ではなく他の誰かがやったことだと気付いていた。サクラがそのことを教えてくれました。そしておそらくサクラも犯人に心当たりがあった。だから口封じに殺害されたんです」
「分かっているのはここまでだ。サクラが残した手がかりはあるが、解読できていない。だから、もう少し調べないと犯人にはたどりつけないんだ」
ショウがまとめた直後、リュウセイはタケフミへ頭を下げた。
「中途半端なまま終わりにするのはすっきりしません。なので、もうちょっとだけ事件を追わせてください。お願いします!」
すぐにショウもならって頭を下げる。
「お願いします」
ハルトが「どうする、タケフミ」と、傍らの彼を見る。タケフミは面白くなさそうな顔でうなった。
「分かった。だが、俺は協力しないぞ。人殺しだと思われているなんて心外だ」
そしてリーダーは住人たちを振り返る。
「お前たちも、協力したくなければするな。したければしてもいいが、何があっても知らんぞ」
と、不機嫌に言い捨てて背を向けた。
「俺は二人を埋めてくる」
「僕も手伝うよ」
ハルトが声をかけるがタケフミは断った。
「いや、俺一人でやる」
さっさと廊下を進んで行ってしまい、残されたハルトがその場に立ち尽くす。
しんとしたロビーでユキヤがため息をついた。
「ミソラ、俺らもロボットの回収始めるぞ」
「うん」
と、彼の後を追おうとしてミソラは振り返った。
「あ、マヒロちゃん。お気に入りのズボンが破れちゃったから、あとで持って行くね」
「分かった」
ミソラがにこりと笑ってから中庭へ出て行き、マヒロとナギは顔を見合わせた。
「わたしたちも戻ろうか、ナギ」
「まだ朝ご飯、途中やったもんね」
女性たちもまた部屋へ戻り始め、ハルトはショウたちをちらりと見た。
「僕も部屋に戻るよ」
そして彼まで立ち去って行くと、ショウはようやく緊張から解放された。
「とりあえずどうにかなったな。殴られるんじゃないかってひやひやしたぜ」
「俺も」
リュウセイはふらふらとソファへ向かい、どさっと腰を下ろした。
「ひとまず調査続行可能だ、よくやった俺」
「はは、自画自賛か?」
言いながらショウもソファへ座って、しばし心と体を休ませるのだった。
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