第6章 奇跡の歌

6-1.ドロボウ

 夜が来て……真夜中がすぎ……草木も眠る丑三つ時となった。


(ガベル! ガベル!)


 収納箱の中で、サウンドブロックは相棒の名を必死になって叫びつづけていた。


 彼の必死の思いは通じず、相棒からの返事は一切ない。


 昼間の騒動で疲れ切ったサウンドブロックは、気力を回復させるために、しばしの間、眠りについていた。


 元気になったサウンドブロックが目を覚まし、最初に認識したのは……冷たくなってピクリとも動かない相棒の弱りきった姿であった。


 サウンドブロックはその姿に凍りつく。

 ガベルも少し休めば、いつものように気力を回復するものだと思っていた。


 チュウケンさんの『ぶるんぶるん』攻撃が、弱ったガベルにトドメを刺してしまったようである。


(なんで! どうして? ガベル! どうしちゃったんだ! おい! ガベル?)


 ガベルからは返事がない。

 返事どころか、気配が途切れ途切れで、ちょっとしたはずみで消えてしまいそうなほど弱々しい。


 意思のある備品たちが最も賑やかになるこの時刻になっても、ガベルの反応はなく、冷たいままだ。


(嫌だ! ガベル! 一言でいいんだ! 返事をしてくれ! いつもみたいに、煩いなぁとか言って、俺を思いっきり蔑んで、罵って、叩きつけて、踏みにじって、俺を安心させてくれょ!)


 サウンドブロックは泣きじゃくる。

 収納箱からも心配そうな気配が伝わってくる。




「ふふふん。大成功!」


〔…………?〕


 どれだけの時間、サウンドブロックは泣いていたか。

 ふわりと優しい風が吹き、甘い香りがサウンドブロックの周囲を包み込む。

 サヨナキドリのような澄んだ美しい声が聞こえた。


「ちょっと、ちょっとだけですわよ。迷ってしまいましたが、ちゃんと、目的地に到着できましたわ! これで、わたくしも一流の『にんじゃ』ですわ! みっしょんくりあまで、あと一歩なのです! 『にんじゃ』から『すぱい』に昇格する日もそう遠くないです! お兄さまに自慢できますわっ」


〔…………?〕


 泣きすぎたせいか、奇妙な声が聞こえる。

 天上人の歌声のような、とても美しい声なのに、なぜか、残念感いっぱいなセリフだ。


「ちょ、ちょっと! なんですの! この部屋は! 箱がいっぱいありますわ! ありすぎます! 奇妙なものがいっぱい! 珍しくておもしろそうなもの……じゃなかった……箱です! お屋敷の宝物庫よりは、少ないですが……似たような箱ばかりで紛らわしいですわ。あ! これが、噂に名高い『ぼうがいべんとう』というモノなのですね! わたくし、べんとうなどに負けませんわよ!」


〔……ボウガイベントウ?……妨害イベントか?〕


 カサコソと……なにやら物色するような気配が収納箱越しに伝わってくる。


〔も、もしかして、ドロボウ? 嘘だ! セキュリティ魔導具はどうしたんだ! なんで反応しない? 今、ここには、タルナーの絵や、あっちの会議室にはたくさんの貴重な絵が保管されているんだぞ!〕


 サウンドブロックは震え上がり、ガベルに抱きつく。

 ドロボウがただの木製品である自分たちを盗むようなことはしないだろうが、それでも緊張してしまう。


 なにしろ、オークションハウスの中に侵入成功した最初のドロボウだ。きっと、すごいドロボウだ!


〔そうか! 昨日のオークションで、『黄金に輝く麗しの女神のお兄さま』様の怒気を防いで、オークションハウスのセキュリティシステムがダウンしたことを知る者の犯行か! これが噂に聞くミウチノハンコってやつだな! ガベルだけは、絶対に渡さないぞ!〕


 サウンドブロックはドロボウに見つからないよう、できるだけ気配を消し、収納箱の中で身を潜める。


「こ、困りましたわ。気配が消えかかって……どうしましょう。どれが……ガベルちゃんが収納されている『しゅうのうばこ』なのかしら? こんなことなら、もっと詳しく、箱の形状をガベルちゃんから聞いておくんでしたわ。この部屋だと思ったのですけど……違うのかしら? おかしいですわね?」


〔がべるちゃん?〕


「お兄さまのサウンドブロックの気配も……お兄さまのモノの気配はもとからよくわからないのですけど、さらにわかりづらいですし……困りましたわ。もしかして、カクレンボしているのかしら?」


〔え? お兄さまのサウンドブロック? ナニソレ?〕


「ガベルちゃん! お返事ができるようなら、お返事してくださいな」


〔ええっ? もしかして、ドロボウって〕


(……ガベルの女神様か――ッ!)


「あ! 見つけましたわ! まぁまぁまぁ! フカフカな布に包まれていたのね! 木の箱ばかりを探してしまいましたわ。もう! イジワルなとらっぷね」


 さらり、と収納箱を包んでいた布がめくれ、ロック金具が外れる音がする。

 キイィという音をたてて収納箱の蓋が開き、サウンドブロックは蓋を開けた人物をまじまじと見つめた。


「見つけましたわ! わたくし、ひとりでできましたのよ! れべるあっぷです! わたくし、すてきな『にんじゃ』になれたかしら?」


 まだまだあどけなく、口元に浮かぶ微笑はとても幼くて甘い。

 抜けるように白く艷やかな肌。小さくて可愛い鼻。ぱっちりとした零れ落ちそうなほどの大きな瞳。ほのかに赤らんでいる頬。

 肩よりも少し長めな金髪は黄金色に輝き、幅広の碧色のリボンを使って、後ろで一つに束ねられている。


 女神様は美しい……とても美しい。

 美しい貴公子のような少女だった。


「こういう場合は、はじめまして……でいいのかしら? お兄さまのサウンドブロックさん?」


 ガベルの女神様がにっこりと微笑んだ。

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