5-7.ザルダーズオーナー

「ベテランくん、確認をお願いします」


 オーナーが隣に立つベテランさんに声をかける。


「……音がおかしかったので、もしや、とは思っていたのですけどね。よく気がついてくれました。忙しくて確認できなかったので、助かります」


 チュウケンさんから渡されたガベルを、ベテランさんは優しい手つきで観察する。

 ぶるんぶるんと振り回すような真似はしない。


「これは酷い。チュウケンくんが言うように、ガベルもサウンドブロックも修繕が必要です」

「わかりました。前回の修繕は時間がかかりすぎましたからね……。今回はそのようなことがないようにしたいですね。どの工房が対応してくれるでしょうか?」

「ガベルはハマーの工房、サウンドブロックはグルーの工房にだそうと思っているのですが」


 会話がどんどん進んでいく。

 疲労困憊状態のサウンドブロックは声も枯れ、叫ぶこともままならない。


(俺たちは、原材料も同じ一本の木から産まれたし、同じニスで仕上げられたんだ! 同じ工房の、同じ職人の手で作られたんだ! ふたつでひとつ。一心同体。かけがえのない相棒なんだ! 離れ離れなんかになりたくない! お願いだ! 誰か! 誰か! 俺の声を聞いてくれ!)


 こんなにたくさんのヒトがいるというのに、自分の声は決して届かないというもどかしさに、サウンドブロックはふたたび涙ぐむ。


 オークションでは参加者を黙らせることができる無敵のサウンドブロックも、それ以外のシーンでは、ただの木の塊でしかない。

 なにもできない自分が悔しくて悔しくてたまらない。


 チュウケンさんの言葉にオーナーが「では、そうしましょうか」と頷いた。


(え、ええっっ。嘘だ! 嫌だ! こんなに弱っているガベルをひとりにしたくない! いや、俺がひとりになりたくない! ガベルと離れたくないんだ!)


 今までの生きてきた長さを基準にすると、修繕期間など、ほんの一瞬といってもいい。

 ちょっと我慢すれば終わる。

 瞬きするくらいの短い時間だ。


 でも、サウンドブロックはそのちょっとの別れに涙を流す。

 先月も修理で離れ離れになってしまって……ガベルもだが、サウンドブロックも寂しく、虚しい時間を過ごしたのだ。


 ガベルは静かだった。反応がない。

 消耗が激しく、もう意識がほとんど消えかけているのだろう。


(ガベル! ガベル! しっかしりろ! 消えないでくれ!)


「依頼先の工房ですが、ネイルの工房に任せてはどうでしょうか?」

「え?」

「…………!」


 意外なベテランオークショニアの提案に、一同は互いの顔を見合わせる。


「ネイルの工房ですか?」


 オーナーの返事に迷いの色がにじむ。

 仕上がり評価では、ハマーの工房、グルーの工房に一歩およばずだったはずだ。


「新しいマイスターの腕がいいと聞いています。実際に修復した木彫品を何点か見てみたのですが、どれも素晴らしい仕事でした」

「試してみる……ということですか?」

「ええ。ガベルの修繕、サウンドブロックの傷消し、そして、二体に色ブレがでてきていますので、ニスの色合わせを依頼してみましょう」


 ガベルをミナライくんに渡す。

 ミナライくんの手にある木槌と打撃板を、オーナーはじっと見つめる。


「た、たしかに……。色にブレがでてきているような? いないような? 光の加減でしょうかね? 色の違い……?」

「オーナー、揃いのものは揃いで扱うからこそ価値がたかまるのです。少しの小さなブレが、不協和音につながります。今のサウンドブロックは少々、機嫌が悪いようですね。言葉遣いが汚くなっていますよ」


 なるほど……とオーナーは頷いた。

 自分よりも長くザルダーズに在籍しているベテランさんの言葉には重みがある。


 ときどき、彼は不思議なことを言うが、先代のオーナーより「ベテランオークショニアが不思議なことを言いだしたら、その忠告に従うこと」と何度も言われた。


 今がそのときなのだろう……。


「わかりました。ここ三連続、オークションが荒れましたからね。よい機会です。ガベルとサウンドブロック、そして、収納箱も一緒に修繕にだしましょう」

「ありがとうございます。オーナー」

「明日、わたしがネイルの工房に直接持参しますので、ミナライくんはその準備をお願いしますね」

「わかりました」

「ミナライくんはわたしの荷物持ちとして同行をお願いします」

「はい! わかりました!」


 ミナライくんはぴょこんと頭を下げると、軽やかな足取りで二番の作業台へと向かっていった。

 嬉しそうにスキップしている。


「す、すみません。指導不足で」


 チュウケンさんが恭しい仕草で腰を折る。

 様々な世界の貴人を相手にするザルダーズのスタッフには、礼儀作法は必須だ。所作の美しさは基本中の基本。


「う――ん。まだまだ作法がなっていませんねぇ」

「そうですね。もう少し、落ち着きがでてくるまで、ダメでしょうね」


 老齢なオーナーとベテランオークショニアは楽しそうに笑い合うと、部屋の奥にある会議室へと向かっていった。





(やった! やったぞ! ガベル! 俺たち一緒に慰安旅行にいけるぞ! 絶対に、元気になろうな!)


 サウンドブロックは嬉しそうにカチャカチャと音を立てる。


 ガベルとサウンドブロック、そして収納箱は、ミナライくんの手で丁寧に優しく磨かれ、明日に備えて片付けられる。


 その間、ガベルはずっと無言だった。

 ただ静かに、ひっそりと、痛みに耐えている。


 不吉な予感が一瞬だけサウンドブロックを支配するが、サウンドブロックは慌ててソレを振り払う。

 自分が信じなくてどうするんだ! と、サウンドブロックは己を叱咤する。


〔負けるな! 負けてたまるか!〕


 きっと、きっと、ガベルは元気になる。


 元気になってもらわないと困る。




 収納箱の定位置に収まると、サウンドブロックはどんどん冷たくなっていくガベルに、そっとすり寄る。




 きっと、きっと、ガベルは元気になる。


 そして、また、あの楽しいオークションで一緒に仕事をするんだ!



 来月のオークションの日を夢にみつつ、疲れ切ったサウンドブロックは、ガベルと共に眠りについた。

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