6-2.にんじゃちゃれんじ
つぶらな蒼色の瞳が、硬直してしまったサウンドブロックをじっと見つめている。
オークション会場でお見かけしたときは、ドレスを着用し、うっすらと化粧もされていたので、勘違いしてしまったが、ガベルの女神様はまだ幼く、花開く前の蕾のような瑞々しい美貌の……少年のような少女だった。
(ふおおおおおおっ! ガベル! ガベルが大好きな、大好きでたまらない女神様だぞ! ガベルの女神様がすぐそこにいらっしゃるんだ! 起きてくれ!)
「まぁっ! ガベルちゃんてば、そんなにわたくしのことを! 恥ずかしいですわ」
手を赤らんだ頬にあて、女神様は恥ずかしそうに下を向く。
(め、女神様? 俺の……いえ、わたくしの声が聞こえるのですか!)
「ええ。聞こえていますよ」
女神様はにっこりと微笑む。
地味な外套の下には、目にも鮮やかな長めの碧色のコートと同色の膝丈ブリーチ。黒のトップブーツを組み合わせている。
碧のコートには絢爛豪華な刺繍がほどこされ、その下のたっぷりとフリルのついた純白のシャツは、襟元のデザインがとても優雅で、袖口のレースが素晴らしかった。
襟元にはクラバットが巻かれ、碧色の宝玉がはめ込まれたピンで留められていた。
その美しさと凛々しさにしばし見惚れてしまったサウンドブロックだったが、ふと我に返る。
(女神様! が、が、ガベルが! ガベルが大変なんですっ! 助けてください!)
「そうでした! はじめてのにんじゃちゃれんじに、すっかり本来の目的を忘れてしまうところでしたわ!」
女神様はそっとガベルをすくいあげる。
「ガベルちゃん? ガベルちゃん? しっかりしてください! わたくしの声が聞こえますか?」
(ガベル! ガベルの女神様だぞ!)
「まぁ! なんてこと! ひどい! 一体、誰がこんな非情な虐待を……。ひどすぎます! あんなに明るくて元気だったガベルちゃんが、こんなにも弱ってしまって……。なんということでしょう! とても痛かったでしょう?」
女神様の顔が悲しみに曇る。
それだけで、サウンドブロックの心もぎゅっと、苦しくなった。
(ガベル! どうしちゃったんだよ! ガベルの女神様が悲しんでいるぞ! 目を覚ませよ!)
今にも泣きだしそうな顔で、女神様はガベルを撫でつづける。
ガベルの周囲がほんわりと輝きに包まれ、キラキラした光が降り注ぐ。
部屋に穏やかな気配でいっぱいになり、ポカポカと温かなモノで満たされる。
サウンドブロックがその気配に身を委ねると、傷ついていた心が癒やされ、元気がみなぎってきた。
だが、女神様の手の中にあるガベルは目覚めない。
「どうしましょう! わたくしだけでは無理です。どうしたらよいのでしょうか。困りましたわ!」
無反応なガベルを両手で包み込み、女神様はギュッと胸に抱きしめる。
女神様の美しい瞳から、宝石のような涙がハラハラとこぼれ落ちる。
「なにが『困りましたわ!』ですかっ!」
「ひゃうっっっっ!」
(ひええええっっ!)
突然の声に驚いた女神様は、ガベルを抱きしめたまま大きく飛び跳ねる。
サウンドブロックも収納箱の中でびくんと跳ね上がっていた。
声が聞こえた方――事務室の入り口――には、ふたりの男性が立っていた。
ひとりはたくさんの飾りがついた軍服をきちっと着用している金髪、金色の目の大男だ。帯剣し、帽子まで被っている。元帥閣下の正装バージョンだ。
驚く女神様と視線があうと、ドアノッカー元帥は困ったような表情を浮かべ、そっと視線を外す。
もうひとりは、シンプルな部屋着に外套を羽織っただけという、金髪の若者。いつもは蒼い紐で後ろでひとつにまとめている髪が、今は解かれ、少しばかり乱れている。
取る物も取り敢えず駆けつけたのだろう。呼吸も少しばかり乱れている。
美しい若者の碧色の瞳は、怒りに燃えていた。
「お、お兄さまと、元帥さんではありませんか! どうしてここに?」
泣いていたことなど忘れ、女神様は目をパチパチさせながら、入り口に佇むふたりの男を見比べる。
金髪の若者の背後で、元帥が両手を合わせて謝罪しているポーズをとっていた。
「それは、こっちのセリフだ。わたしのイトコ殿は、なぜ、ここにいらっしゃるのかな? 良い子はおねむの時間ですよ?」
幼さが残る女神様の顔が、みるまにぎこちなくひきつっていく。
「ねえ? 質問に答えてくれないかな? なにが『困りましたわ!』なのかな? 困っているのは、イトコ殿ではなく、わたしの方ですよ? 真夜中に黙ってひとりで屋敷を抜けだすとは……どういう了見ですか?」
〔うわっ! 無断外出か!〕
淡々とした口調が、お兄さまの心情を雄弁に語っている。
「が、ガベルちゃんが……わたくしのガベルちゃんが……とても弱っていて、声が全く聞こえなくなって……心配で……心配で、ちょっとお見舞いを……と」
〔え? ハジメテノニンジャチャレンジじゃなかったのか!〕
「サウンドブロックは初めての忍者チャレンジとか言っているようですが、困っているわたしはどちらの言い分を信じたらよいのでしょうか?」
〔え? 俺の思ったことってバレバレなの?〕
「バレバレに決まっている」
お兄さまの厳しい声がサウンドブロックに飛ぶ。
「サウンドブロックさんはお兄さまのモノなので、お兄さまには、サウンドブロックさんが思っていることまでもが聞こえてしまいます! なにも考えないでぇ!」
女神様が叫ぶ。
〔え? え? えええ? いや、考えるなって? そんなの無理! それに、俺、いつから、お兄さまの所有物になったの?〕
「サウンドブロック! お兄さまなど言うな! 色々と紛らわしい!」
(ひいいいっ! すみません! お兄さま!)
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