第32話 父の想い

「大体、アメリカが認めようが認めまいがそんな事は大きなお世話だっ!いくら大国とは言え、内政干渉も甚だしい!」


確かにブタフィの言う通り、他国の婚礼儀式に対しアメリカが口を挟む権利など無い。


ところが……


「今ひとつご理解頂けていないようなので、少し説明を加えておきましょう……これは、内政干渉などでは決して無く、そこにおられるイベリコ姫の父君……即ち、亡くなられた『ポーク・メンチ国王』の遺言なのです!」


「父上の遺言……?」


亡き父の名前を聞き、そばに居たイベリコが思わず呟いた。


「そうですイベリコ姫……あまり公には知られていない事ですが、貴女のお父様、ポーク・メンチ国王と我が合衆国大統領とは三十年来の古き友人であったのです。

……全てはこれが始まりでした……」


ジョンの言った事は本当であった。イベリコの父、ポーク・メンチは、まだ王位を継承する前の十代の頃アメリカに留学をしていた時期があった……その頃、共に学び親友として行動を共にしていたのが、奇遇にも若き日のアメリカ大統領であったのだ。


「お二人の交流は共に一国を治める立場となってからも続き、ポーク・メンチ国王は、病に倒れ自身の命があと僅かであると悟られた際に、一通の書簡をしたため大統領宛に親書として送られたのです」


そう言ってジョンは、ヘリから降りて来る時から手に持っていたジュラルミンのケースを開くと、その中から一枚の書簡を取り出した。そして、そこに書かれている内容がブタフィやイベリコに見えるように広げて、目の前に掲げるのだった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 大統領、お元気でしょうか。

王室のテレビで時々貴方の姿を拝見しております。この小国と違い、アメリカのような大国を治める事はさぞかしご苦労な事でしょう。毎日御多忙な事とは思いますが、どうぞお体にだけは十分にご注意下さい。


 健康は何物にも代えがたい。私はつい先日から病に倒れ、床に伏せている状況です。医師の診断は、かなり進行した末期の癌でした。たった今、命の期限を宣告されたばかりです。


これは至極残念な事ですが、悲観はしていません。私の人生は、十分に幸福でした。

私の国、ブタリアは概ね平和に、そしてブタリアの子供達の元気の良い笑い声は、この宮殿にまで届きそうな程にこの国の民の心は活気に満ち溢れています。


私はもう、この命がいつ果てようとも構わない。ですが、ひとつだけ気掛かりがあるとするなら、それは私が居なくなった後の我が娘イベリコの事です。私の妻が五年前に亡くなり、私が居なくなればイベリコは正式にブタリア王国の王位を継承する事になります。しかし、一国の王女となるにはイベリコは余りにも若すぎる。


 出来る事なら、イベリコには一人のままその重圧を受けさせたくは無いのです。

もし、私が居なくなるような事があれば、イベリコには伴侶と共に力を合わせこの国を治めてもらいたい。この国の侍従局に、ロースという青年がいます。


イベリコが幼き頃から彼女と心を分かち合って来た彼なら、イベリコの相手に申し分ないのではと、私は秘かながら勝手に思っているのですが……私の感じる限り、イベリコの方もロースを愛しているのではと思うのです。


 我が古き友人よ、もし私の命が果てひと月以上もイベリコが一人でいるようであれば、この親書を娘に見せてやってはくれないだろうか。そして、大国の大統領である貴方にイベリコとロースの後見人となっていただきたい。もっとも、イベリコの意志で別の伴侶が見つかれば、この親書は彼女には見せないでもらいたい。


愚かな父の身勝手な願いですが、信頼出来る古き友人の貴方に、私のこの遺言を快く受け取ってもらいたいのです。


                          親愛なる古き友人へ


                            ブタリア王国国王

                              ポーク・メンチ

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


ジョンが示したポーク・メンチ国王からアメリカ大統領宛の親書には、ブタリア王国の国王の立場を超えた、娘を想う一人の父親としての言葉が赤裸々に綴られていた。

その亡き父の優しい気遣いに、イベリコはかつての力強く優しい父の面影を思い出し涙した。


「お父様……………」


一方、寝耳に水のこの親書の存在にブタフィの方は相当困惑していた。とりわけ、親書にロースの名が載っていた事に驚きを隠す事が出来なかった。


なにしろ生前のポーク国王の存在は絶大で、今でこそやりたい放題の事をしているブタフィでも、軍部に対し特に厳しかったポーク国王の前では、まるで借りてきた猫のように萎縮していた程である。


「そういう訳ですブタフィ将軍!事の経緯はご理解頂けましたかな?」


ジョンが勝ち誇ったように言った。しかしブタフィとて、ここまで来てみすみす引き下がる訳にはいかない。ポーク国王の親書の内容の中から、自分が優位に立つ為のある綻びを見つけ出したのだ。そして、こんな主張を始めた。


「この親書をよく見ていただきたい!これには、『イベリコ姫の意志で別の伴侶が見つかれば、この親書は無効である』とある!即ち、私とイベリコ姫の婚約が決まった時点でという訳だ!」

「それは、本当にイベリコ姫の意志なのですかな?」


そう言って、ジョンがイベリコに問いかけると、イベリコは直ちに首を横に振って答えた。


「違います!私はあんな人を愛してはいません!」

「イベリコ姫は、ああ言っておられるようだが?」

「ハハハ……参りましたな、そんな事を仰られては……きっと『マリッジブルー』というやつでしょう。彼女は今、正常な精神状態では無いのです。そんな事より、私の所にはイベリコ姫が正式に署名した婚姻承諾書があります!これが今回の婚約が姫の意志であるという何よりの証拠ですよ!」


苦労してイベリコに承諾書にサインさせた甲斐があったというものだ。これさえあれば、この局面は何とか乗り切れるであろう……ブタフィは、そう考えていた。


「そういう訳です。わざわざお越し頂いたのに申し訳無いが、これ以上我が国の婚礼儀式に対し水を差す事は慎んでもらいたいですな!」


あの親書を見てもなお、自らの主張を曲げないブタフィに、ジョンはこれ以上どんな手段を用いる事が出来るのだろうか?


だが、一見劣勢に立たされたように見えたジョンにも、とっておきの切り札があったのだった。


「なるほど……いや、確かに将軍の仰る通り。我々もイベリコ姫と将軍のご婚約が発表された時には、これはポーク国王の取り越し苦労ではなかったのだろうかと思いましたよ…………はね……」


意味深な表情で、そんな事を言うジョン。


「どういう事ですかな、それは?」


一度はジョンに背を向けかけたブタフィが、不審そうに再びジョンに向き直った。


「将軍は当事者なので、テレビの放送は御覧になっていないでしょうが…………気が付きませんでしたか?会見の最中に聴こえていた、あのに……」

「音……?」

「そうです、音です!」


ジョンは、そう言って不敵に笑みを洩らすと、ジュラルミンケースから『iPad』を取り出し、録画された会見の放送の一部をブタフィに見せたのだった。


最初は、その行為の意図する意味が全く分からなかったブタフィであったが、映像がその核心に差し掛かると、それを観ていたブタフィの顔から瞬く間に血の気が引いていった。




♢♢♢




映像は、テレビリポーターの一人がブタフィにある質問をしているシーンから始まっていた。

『先程から気になっていたのですが、この音は何でしょう?』

『音……?』


カン カンカン カン カカカン……


ブタフィが、「あれは空調の機械の調子でも悪いのでしょう」と言ってごまかしていたあの音が、放送でははっきりと聴こえていた。


「こ…これは…………」


あの時には、そんな音の事など全く気にしていなかったのだが、まかりなりにも軍人である。今になってブタフィにも、ようやくこの音の意味するものが理解出来た。


「こ、これは、!!」

「その通り。さすがは将軍!」


ブタフィを茶化すように、満面の笑みで拍手を送るジョン。


カン カンカン カン カカカン……


コノ・コンヤクハ・

ブタフィ・ノ・ボウリャク・

ニヨリ・シクマレタ・

オイラタチ・ショケイ・サレチャウ・

ジョン・ハヤク・タスケニキテ・

バイ・チャーリーズ・エンゼルパイ


「お~のれええぇぇ~~きさまら~~~っ!何から何までことごとく邪魔しやがってえぇぇ~~っ!」


処刑台に縛られたチャリパイの方を向いたブタフィの顔が、まるで信号機のように真っ赤に変わっていく。


「実は、あの四人は私の友人でもあり仲間でもある者でね。彼等が嘘をつく事は、万に一つも考えられない!従って、我がアメリカ合衆国はポーク・メンチ国王の意志のもとイベリコ姫とロース氏の婚姻を全面的に支持するものとする!」


ジョンは胸を張って、そう断言した。


全世界に放映された番組でイベリコとの謀略結婚を暴露され、米国大統領がイベリコ&ロース組の後見人になれば、ブタフィにとってもうこれ以上この結婚にこだわる事は自殺行為と言っても過言では無い。


最後の最後で、ブタフィは泣く泣くこの計画から手を退く事を決意した。


(なに、この位どうって事は無いさ……まだ私が将軍でいる限り、またいつかチャンスはやって来る!)


まるで、のような事を自分自身に言い聞かせ、今にも挫けそうな自分を必死に慰めるブタフィ。きっと、そうでもしなければこの精神的なダメージに耐えられなかったに違い無い。


すると、そんな傷心真っ最中のブタフィに対し、ジョンが思い出したようにある一枚の紙切れを手渡した。


「あっ、そうそう忘れていました。実は大統領に国王からの親書が届けられた時に、何の手違いかは知りませんが…………こんな物が同封されていたそうですよ」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 【ブタフィ・ブタノケッツ】

本日中をもって上記の者をブタリア王国軍部最高司令官の職から解任する


2022年〇月〇日

     ブタリア王国国王

      ポーク・メンチ

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


その辞令を見た時のブタフィの顔といったら……なんと形容したら良いだろう。

文章でその様子を表すのは、とても難しい……それでも、あえて読者諸君にそれを伝えるとするなら……そう、世界的に有名な絵画のひとつにムンクの『叫び』という絵画がある。


まさに、そんな感じであった。



♢♢♢



これで、ミッション・オールクリア!


悲壮感漂うブタフィの後ろ姿を見てそう確信したジョンは、隣に立っていたイベリコに微笑み、話しかけた。


「我々が出来る事はここまでです。これから先は、イベリコ姫がこの国を正しい方向へと導いていかなければなりません。お父様に負けないよう、頑張っていかなければなりませんね」

「はい!父の名に恥じぬよう、私もこの国を愛していきたいと思います!」


若いイベリコには、まだ政治のノウハウは分からない事が多いのかもしれない。

だから自分は、この国をそして国民を精一杯愛する事から始めよう!そんな決意を込めたイベリコの答えであった。




♢♢♢




「お~~い、ジョ~ン!いいかげんにこっちのロープをほどいてくれよ~~!」


処刑台の方から、待ちくたびれたようなシチローの声が飛んできた。


「ああ、そうだった!すっかり忘れていた!」


思い出したようにジョンは、何人かの米兵を連れて処刑台のチャリパイの方へと走っていく。続いて、イベリコも愛するロースのもとへと走り出した。


ロープに縛られたチャリパイとロースは、すぐに米兵達によって解放され、五人はようやく身動きがとれるようになった。


「あ~、やっと自由になれたわ!一時はどうなる事かと思ったけど」

「バンザ~イ」


牢獄生活から処刑台……最悪の生活環境からようやく生還出来たてぃーだ、子豚、ひろきの三人は手を取り合い喜びを分かち合っていた。その横で、久し振りの再会を喜び抱き合うイベリコとロース。

そんな中、シチローだけが『少し面白くない』といった表情をしていた。

不思議に思ったジョンが、シチローに尋ねる。


「どうした、シチロー。

ブタフィも失脚し、君達も無事に助かったというのにそんな不機嫌そうな顔をして?」


そのジョンの質問に対し、シチローはちょっとつまらなそうな顔でこう答えたのだった。


「チェッ……結局最後は、ジョンによ!」


























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