第2話 サムライを捜して
その女性が子豚と別人だと判ったシチローとひろきは、改めて驚きの表情で彼女をまじまじと見つめていた。
「それにしてもホントにそっくりだな……君、名前は何ていうの?」
「『イベリコ』だけど……」
イベリコと聞いて思い浮かぶのは、どんぐりを餌に高級食肉用に飼育されている
【イベリコ豚】である。容姿だけでなく、名前も同じ『豚』関連なのは、何とも奇遇な巡り合わせであった。
「えっ?『イベリコ』って事は、あなた外国人なの?」
その日本人離れした名前から、ひろきがちょっと意外だという顔で、イベリコにそう尋ねた。
「そうです。わたしは『ブタリア王国』という国から来ました」
「ブタリア王国……あまり聞いた事のない国だな……」
「小さな国ですから、知らなくても無理はありません……ところで、わたしもあなた方にお聞きしたい事があるんですが」
きっとイベリコは、観光か何かで日本に訪れている外国人なんだろう…ならば、日本の事で分からない事も多いに違いない。お薦めの観光名所。あるいはグルメスポット……日本人としては、親切に教えてあげるのが礼儀というものである。
「ああ~オイラ達に解る事ならなんでも聞いてよ」
せっかく日本に観光に来たイベリコに、この際だから思いきりこの日本を堪能してもらおうと、シチローはまるでこの国の観光大使にでもなったような態度で答えた。
しかし、イベリコがシチロー達に尋ねたその内容は、通常とは少し変わっていた。
♢♢♢
「本物のサムライには、何処へ行ったら逢えるの?」
「本物のサムライ……?」
キョトンとした表情で、イベリコの顔を見るシチローとひろき。
侍に、本物も偽物もあるのだろうか?シチローは、少し首を傾げたものの、イベリコの質問に対してこんな回答をした。
「う~ん……侍を見たいのなら、東京より京都の方が良かったなぁ~
太秦撮影所あたりなら、時代劇の撮影を見学出来たかもね」
シチローは、イベリコの問い掛けに的確に答えたつもりであった。ところが……
「京都へは一昨日行ったわ!……けれど、あの侍はわたしの捜している本物の
『サムライ』ではなかった……」
イベリコは首を左右に振りながら、残念そうに呟くのだった。
「えっ!本物のサムライって……もしかして、イベリコは侍がまだ日本にいると思ってるの?」
時代劇の侍が“偽物”だと言うのなら、本物とはまさに江戸時代に実在した侍という事になる。
「サムライはいないの?」
「日本に侍がいたのは、三百年も昔の話だよ……今の日本では、刀を持ち歩く事でさえ法律で禁止されているんだ!」
そのシチローの言葉を聞いてイベリコは悲しそうに俯き、ガックリと肩を落とした。
「そう……この国には、もうサムライはいないのね……」
「侍なんて捜して、一体どうしようと思っていたの?」
どうしても気になったその質問をイベリコにぶつけてみると、イベリコは遠くを見るような切ない瞳をして、呟くように言うのだった。
「強いニッポンのサムライに、わたしの国を救って貰おうと思っていたの……」
『国を救う』とは、一体どういう事なのだろう?
その話について、もっと詳しく聞きたいと感じたシチローではあったが、イベリコの切なそうな横顔を見ていると、その反面、あまり深く詮索してはならないような気もした。
すると、突然ひろきがイベリコに向かい、こんな質問を投げかけた。
「ねぇ、イベリコ。『スキヤキ』って知ってる?」
「えっ?“SUKIYAKI”って確か……ニッポンの有名な歌よね…?」
不意にスキヤキの事を尋ねられ、そんな答えを返すイベリコに、シチローは吹き出しながら言った。
「違う、違う。スキヤキっていうのは、日本の美味しい鍋料理の事だよ」
イベリコの言っている“SUKIYAKI”というのは、今な亡き坂本 九のヒット曲『上を向いて歩こう』が海外で発売された時のタイトルである。『上を向いて歩こう』のシングルは、世界70カ国で発売され1300万枚というセールスを記録している。アメリカ、ビルボードでは3週連続No.1を穫った事もある、世界的に有名な楽曲なのだ。
「もし、この後予定が無かったら、ウチの事務所でスキヤキパーティーやるんだけど、イベリコも一緒においでよ」
「そうだよ、イベリコもおいでよ」
シチローも、ひろきも、自分達の仲間である子豚に瓜二つなイベリコが、悲しそうにしているのを黙って見ていられなかった。勿論その一方で、イベリコと子豚を会わせた時の子豚の驚く顔を期待していた事もあったに違いないが……
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