チャリパイFinal~最後のサムライ~
夏目 漱一郎
第1話 瓜二つな女性
「え~と…野菜は買ったし、豆腐は買ったし、後は肉だな」
ある日曜日の夕方。
森永探偵事務所から少し離れた所にある『まごころ商店街』には、今夜事務所で行われる『スキヤキパーティー』の具材を買い出しに訪れたシチローとひろきの姿があった。
「シチロー。ビールは買わないの?」
「ビールは事務所に酒屋ができる位あるだろ~がっ!」
まったく、毎度の事ながら、ひろきのビール好きには呆れるばかりである。もしかしたらひろきは、ビールを燃料にして動く新しいタイプのロボットか何かではないのか?……なんて思ってしまうくらいだ。でも、だとすれば、それは画期的な発明なのかも……いや、でも待てよ?リッター換算すればビールはガソリンよりも断然高価い訳だから、これ程無意味な発明も無いもんだ。
「やっぱり、お肉はいつも掴み合いのケンカになるから沢山買わないとね」
「確かこの先に肉屋がある筈なんだよな……」
「え~と、お肉屋さんは…………あれ?」
肉屋を探して周りをキョロキョロとしていたひろきが、ふと、人混みを指差しながら声を上げた。
「あそこにコブちゃんがいるよ…ほらっ」
その先に見えたのは、人混みの中に紛れ、一人で辺りをキョロキョロと見回しながら歩いている子豚の姿だった。
「何だ?あの格好は?」
街に溢れる人々のファッションからは明らかに浮いている、まるで中東の女性が纏うようなエキゾチックな衣装を身に着けていた子豚。まあ、その気になれば全身タイツやねずみ小僧じろきちの格好でも全然へっちゃらな彼女の事であるから、少し位の変わったファッションも不思議では無いと言えば無いのだが。
しかし、今頃は事務所の方でシチロー達が帰って来るのを待っているだろうと思っていたのに、こんな所で一体何をしていたのだろう?
「お~~~い!」
「ヤッホー、コブちゃ~ん」
揃って、手を挙げて子豚に呼び掛けるシチローとひろきだったが、シチローとひろきに呼び掛けられた子豚はシチロー達と目を合わせながらもすぐにそっぽを向いて、何事も無かったように歩き出してしまったのだ……
「あっ!無視された!」
別に、逃げたり隠れたりした訳では無い。しかし、しっかりと目を合わせたのにも関わらず、シチロー達にはまるで関心が無いかのような子豚の態度を不審に思い、シチローとひろきは思わず子豚の方へと駆け寄って行った。
「コブちゃん、こんなところで何してるの?」
「もう、事務所の方に行ってるとばかり思ってたけど」
すぐ傍まで行って、改めて子豚に向かって話しかけるシチローとひろき。しかしそんな二人に対して、子豚はなんとも予想外な言葉を返してきたのだ。
「アナタ達、誰?」
「え゛!!!」
これは一体、何の冗談のつもりだろう?……しかし冗談にしても、これはあんまりである。
「何言ってんのさ!コブちゃん?」
「いくら“ボケキャラ”だからって、そこまでボケなくてもいいだろっ!」
子豚の真意を皆目理解出来ないシチローとひろきは、そう言って子豚に食ってかかるのだが、子豚はさらにシチロー達の予想外な受け答えをしてきた。
「人違いじゃないのかしら?私は『コブちゃん』なんて名前じゃないわよ…」
そう、きっぱりと否定する子豚。その様子は、二人をからかっている様には見えない。そうは言っても、シチローとひろきの目の前に立っているのは、どこからどう見ても子豚に間違いが無かった。
「コブちゃんに双子の姉妹がいたなんて、聞いてないよね……」
「まさか、記憶喪失じゃないだろうな……」
困惑するシチローとひろき。
すると、暫く腕を組んで考えていたシチローが突然こう切り出した。
「よし!もし君がコブちゃんじゃ無いと言うなら、好きな“四文字熟語”を言ってみなさい!」
好きな四文字熟語……それで何か判るとでもいうのだろうか?二人の目の前に立つ子豚は、訳が分からないという顔をした。しかし、戸惑いながらもシチローに言われた通り、思い付いた四文字熟語を口にしてみる。
「じゃあ、一期一会」
「別人だっ!」
それを聞いたシチローとひろきは、すぐさまそう叫んで驚いたようにお互いの顔を見合わせた。
「もしもコブちゃんなら絶対、牛丼特盛とか言う筈だ!」
「それか焼肉定食だよね!」
なるほど……確かに、それは言えてるかも……
「私、そんな人と間違えられてたの?」
子豚にそっくりなその女性は、なんとも複雑な表情で呟くのだった。
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