父、息子を助ける
ラジオから流れるジャズをBGMに、稲荷はのんきに車を運転している。高速道路の看板が見えてきた時。
――戻ったら、レィティアたちにも大地の寮の様子を教えないと。
稲荷は妻と娘のことを思い出した。
高校への進学自体は反対しなかったものの、寮に関してはギリギリまで反対していた。娘も家を出る弟の大地のことを羨ましがっていたのだ。
大地は稲荷の血を色濃く継いでいるので、どちらの世界も問題ない。
しかし、彼女たちは大地と違って、種族的な外見もあるが、彼女たちのほうが異世界との繋がりが強いせいもあって、こちら側に渡ることができない。
その昔、妻のレィティアがこちら側に渡ったのは、本当に偶然なのだ。
「あ、そういえば」
大地の高校のある土地が、先日自分の山にいた遭難者らしき女性を無理やり飛ばした白蛇の土地の端にあたることを思い出した。
あれから白蛇からは何の知らせも来ていないけれど、大地の今後のことも考えて、酒でも届けに行っておくか、と思い立つ。
高速道路の手前でハンドルをきり、山のほうの白蛇の村へと向かう細い脇道に入った。
『父さん!』
その時、大地の白狐の遠吠えが聞こえた。
切羽詰まった響きに、稲荷の目はクワッと見開き、無意識に車ごと飛んでしまった。
巨大な白狐の姿に変わった稲荷が飛んだ場所は、大地が黒い靄に襲われている山の上空。
稲荷の身体からは青白い炎が湧いた状態でその場に浮いて立ち、地上のほうへと目を向ける。
『あそこかっ!』
稲荷の目には、黒い靄の中に引きずり込まれそうになっている大地の姿が見えた。靄の大きさは前回の倍以上になっている。
『我が息子に何をするっ!』
圧のこもった怒声が周囲に広がる。
その声に、黒い触手に絡めとられ大地の視線が上空へと向いたが、声を出す力もないようだ。
猛スピードで地面に降り立つと、無言で右手を振り、触手をすべて切り落とす。
『……このイヤなニオイは、覚えがあるぞ』
黒い靄の中心から黴たようなニオイが溢れてきていて、別の空間に繋がっているのがわかる。前回と違うのは、中の空間の様子はわからず、人の声も聞こえてこない。
――まさか、また、あの異世界か?
普段以上に怒りで吊り上がった目の稲荷。大地も意識があったら、これほど怒っている稲荷を見たことがない、と驚いていたかもしれない。
『白蛇には一度迷惑をかけてるからな。今回のこれで、相殺させてもらおうか』
そう言うと、右前足を思い切り振り降ろすと、黒い靄は一瞬で消え去ってしまった。
再び人の姿に戻り、意識を失って倒れている大地を抱き上げると、その場から高校の寮の大地の部屋へと飛んだ。
ベッドに眠る大地の額に、稲荷は手を置く。青白い光が掌から大地の額の中へと流れ込んでいく。だいぶ、力を吸い取られていたようだ。
おそらく黒い靄の維持のために、大地の力を吸い取ろうとしたようだ。大きさが前に見たのに比べて大きかったのも、大地の力のせいかもしれない。
――それにしても、こうたて続けというのは、どういうことでしょうね。
渋い顔を浮かべた稲荷は考える。
稲荷の妻が渡ったのは300年くらい前。それ以降、稲荷の管轄では起こったことはない。それが自分の土地と、隣の白蛇の土地と短期間に2回も起きているのだ。
たまたま異世界と繋がったのは2回だが、もしかしたら、何回か繋げようと試みている可能性に気付く。そうやって無理やり繋げようとしている奴らがいるせいで、境界が弱くなっているのかもしれない。
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