息子、『歪み』を見つける

 橋渡しの部分にはエレベーターとともに非常階段も設置されていた。他にも男女別のトイレや給湯室などもある。


「風呂と食堂は……あった」


 1階の北側が風呂、南側に食堂があり、地下にはランドリースペースがあるようだ。

 俺はエレベーターに乗って1階へ向かって場所の確認。ちょうど前に歩いているジャージ姿の男子生徒の姿が見えたので、ついていってみると、そこは大きな食堂だった。今日の夕飯はここに来ればいいようだ。

 中を覗いてみると、数人の学生が固まっている姿が見えた。先程の男子生徒はその集団のほうに歩いていく。ここに集まって勉強をしているらしい。  

 利用方法についての説明を確認してから、次は風呂場へと向かう。こちらは当然、男女別。利用時間は決まっていて、今は使えないようだ。

 そのまま地下のランドリースペースを確認した後、一度、建物の周辺を確認しようと、玄関から外に出てみた。


「……やっぱ、背後の山、怪しいよなぁ」


 実は部屋の窓を開けた時、緑の匂いの中に微かに嫌なニオイを感じ取っていた。本当に微かなものだったから、ドア近くに立っていた父親も気にもしていなかったはずだ。

 車から降りたときは気付かなかったけれど、今では部屋で感じたものよりも強くなっている気がする。

 半分だけとはいえ、俺も神の血筋をひいているおかげで、浄化の力があるので、ちょっと怪しいところは綺麗になったりする。

 俺は寮の裏手の山のほうへと向かうことにした。




 裏手の山は一応手が入っているようで、ちょっとした小道ができている。気持ちのいい風が抜けていく……だけならいいのだけど、その風にのって嫌なニオイも流れてきて、どうしても鼻についてしまう。

 しかし、まだ山の中腹には程遠いのに、小道の行き止まりになってしまった。ニオイは、この奥から漂ってきていて、だいぶニオイが強くなってきている。

 これ以上は山の中を分け入るしかないけど、寮に戻ることも考えると、もう時間はない。


 ――夜にでも出直すか。


 半神でもある俺は、父親同様、狐火を操ることもできる。

 少し気になるけれど、俺は寮に戻るべく、背を向けたのだけれど。


 キャァァァ


 微かに人の叫び声が聞こえた気がして、思わず反応してしまった俺は山の中へと駆け込んでいく。

 腰くらいの高さの草をかき分けて、山をしばらく登っていくと、大きな岩の前に出た。そこには、俺の身長よりも高く楕円形の黒い靄が浮かんでいる。

 その靄の足元には、青白い顔の小柄な女性が倒れている。同じ高校の先輩なのか、高校指定のジャージを着ている。

 悪霊的な何かであれば、俺がいることで浄化されるのに、黒い靄は形状も変えず、むしろ細い触手のようなものがいくつも現われて、女性のほうに伸びていくのが見えた。


 ――あれは、ヤバいやつだ!


 俺は慌てて彼女のほうへと駆け寄ると、黒い触手を振り払う。しかし、その触手は狙いを彼女から俺に変えた。


「チッ!」


 倒れた彼女の腕をつかみ、俺の後方に放り投げる。悪いが彼女の安全なんて考える余裕はない。


「浄化!」


 浄化の能力を強化するために言葉を発したのに、黒い靄はびくともしない。黒い触手の数が一気に増えた。

 あちらであれば魔法が使えるが、ここでは自分の神力で振り払うしかない。


「くそっ! かまいたち!」


 数本の触手は切れはしたが、次から次へと新たな触手が生えてくる。そして、黒い靄の中心に徐々に穴が空いていく。


 ――なんか出てくる!? これ以上は俺でもダメだ!


『父さん!』


 俺は人の姿の時に滅多に使うことのない、『白狐の遠吠え』を発していた。

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