第7話「急変」
シュカを心配そうに覗き込んでいるのはドルナだ。
なぜ気付かれてしまったのだろうか。誰にも見られないようすぐに俯いたつもりだったというのに。
まさか、彼女に気付かれるとは思ってもいなかった。
「そんなことないって、ほらっ。こんなにお祝いしてもらってるんだから嬉しいに決まってるよ」
無理矢理笑顔を作り、強がって見せた。セヴァヤクのお祝いが嬉しかったのは、嘘ではない。
ただし、今見せているのは強がって見せた笑顔だけあって、普段と比べて変な顔になっているだろう。
「シュカ兄、気持ち悪い」
ドルナの奥に座っていたジュナが軽蔑の眼差しを向けてくる。
悲しい気持ちを悟られるくらいなら、いっそのこと諦めて、このまま変顔を続けるのもありかもしれない。
そんなシュカに助け舟を出してくれたのは、意外な人物だった。
「ジュナちゃん、確かに気持ち悪い顔だけど、シュカなりに皆を笑わせようとしているのよ。全然面白くもない顔芸でね」
ドルナは人差し指を立てて、おどけている。
いや、助け船ではなかったかもしれない。全く遠慮がなかった。
「ルーちゃんが言うなら仕方ない。笑ってあげる」
ドルナのおかげでジュナも楽しそうにしている。
それなら変顔をした甲斐があるというものだ。
そして、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。料理も残り少なくなっている。
たくさん準備を手伝って疲れたのか、ジュナも眠たそうだ。
「さて、シュカがセヴァヤクを迎えた時に話そうと思っていたことがある」
何かの覚悟を決めたように、ダンシュが話し始めた。
「シュカは小さい頃から、ゲオルキアに行きたがっていただろう? 危ないからダメだと言い聞かせても、『絶対に行く!』って駄々をこねていた頃が懐かしいなあ。お前のことだから、その気持ちは今も変わっていないはずだ。セヴァヤクを迎えた今なら、俺がドゥスートラ(大陸巡り)をした時の話をしても良いと思ってな」
そんなことがあったのだろうか。小さい頃の記憶過ぎてあまり覚えていない。ドルナにも聞かれていると思うと、なんだか気恥ずかしかった。
「そういえば小さい頃のシュカは、言うこと聞かない困った子供だったねえ」
とカーシェも当時を思い出すように頷いている。
「ロム兄、『ドゥスートラ』って?」
ジュナが隣に座っているカロムに尋ねている。ちょうど起きてしまったのだろうか。彼女は知らない言葉をすぐに知りたくなるお年頃なのだ。
「『ドゥスートラ』っていうのは、この国を救った英雄で王様にもなったシヴォン様がまだ若かった頃、一人で危険な大陸の各地を巡ったことから始まった慣習なんだ。自分に十分な力があることを周りに認めさせたシヴォン様は、巡った国々で培った経験を活かして、この国を作ったんだって。その時の行為を真似して、一人前であることを示すためにおこなうのが『ドゥスートラ』なんだよ」
「下にあるお国を旅行するの?」
ジュナは首を傾げていながらも、自分なりに理解しようと頑張っているようだ。
「そうだね、発想は旅行に近いかな。ただ、大陸には危険な生物がたくさんいて、この国に帰って来ない人が多くなってからは、廃れてしまったみたいだけど、父さんと母さんの時代にはまだ行われていたんだ。身体が弱い僕は止められちゃったけどね」
当時、カロムが外の世界をこの目で見たいと言って、とても行きたそうにしていたのをシュカは覚えている。
さすがに誰一人として賛同しなかったので、それが叶うことはなかったが。
両親共に本人の意志を尊重して行かせたい気持ちも多少はあっただろう。しかし、病弱なカロムに一人旅は危険すぎるという感情の方が勝ったのだ。
外の世界を見たいとシュカが思っているのは、少なからずカロムの影響もあるのだった。
「じゃ、シュカ兄が――」
ジュナがまた何か言おうとした時、異変は突如として起こった。
視界の中で人が大きく動いたと思った直後、大きな音が聞こえてきたのだ。
「ジュナちゃん!」
一瞬、何が起こったのか理解ができなかった。
隣に座っていたドルナが慌てて立ち上がり、ジュナに駆け寄る。
ジュナが倒れてしまったのだ。
遅れてシュカも傍に寄るが、混乱のあまり何もできずにいた。
ダンシュも駆け寄って来て、ジュナの額に手を当てると、すぐにシュカの方を振り返った。
「ひどい熱だ……! シュカ、今すぐ薬師を呼んで来てくれ!」
「わかった!」
父の言葉で我に返ったシュカは、急いで家を飛び出した。
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