第三章  アルシンド・ブルトカール  4



「アイン・アル・ヒッル。メブレビ殿はとても優しい方ですね。今も、私に気を遣って自分が寒いから、自分が当たりたいから火を起こすのだと。『自分は元気だ』と言えば、私が気に病むと思ってくださったのですね」


「どうだろう。本当に寒いと思ってると思うぞ?」


「……私はいつまでたっても、弱いままだ」


「どうした。お前、屋敷に話し相手は居るのか?お前も苦労するな」


「私の苦労など、苦労のうちに入りません。もっと努力しなくてはならないのに、容姿の良い方を見るとどうしても兄のことが思い出されて……、メブレビ殿にあのような態度をとってしまいました。本当はあなたのようになりたいのです、アイン・アル・ヒッル。あなたは我々の憧れだ。あの時も、ズィナ様をお守りする術がわからず、混乱でいっぱいになっていたところに駆けつけてくださった。あなたの指示がなくては、私たちはどうやって動くべきかもわからなかった」


「そんな昔のことは忘れろよ。あ、でも、あの時のお前の親父ってば本当、おっかなかったな」


四年前。アインが十四、アルシンドが十一だった頃。

サラヤーン王家の王女の一人が隣国のモルクトへと輿こし入れした。ズィナ王女というのは花嫁となった王女の同腹の妹で、姉の婚礼式典に出席するためカマルを出ることになった。

その護衛に着いたのが、アルシンドを含めたブルトカールの若い魔術師達だった。

もうすぐモルクトに到着するかという頃、運悪く大型の魔物数体と遭遇してしまい、当時、家を出て各地を放浪していたアインが偶然、居合わせ加勢したとそういう経緯である。

そしてアインは、ブルトカール宗主の不興を買ったわけだ。

他所の家の放蕩ほうとう息子が、下手に手出しされなければ職務を全うしただろう自家の魔術師達に余計な手を貸し、ブルトカールの魔術師の評判を落とした! とか、なんとか……


「なあ、アルシンド。お前、アズラクに来ないか?」


「え?」


「ここに居ると息が詰まるだろ。うちはまだマシな方だと思うのさ。貴重な書物も多い。きっとお前の興味も湧くさ」


「で、でも……。でも、きっと父が許しません。きっと、怒るに決まって」


– ギャー!


「な、なんでしょう。今の、低級魔物を轢き潰したような声は! なんだか聞き覚えが」


「つっ、メブレビ!」


「……え?」






***






「薪、薪、まきまき……よし! これくらい集めたら十分だろ」


アルシンドは大丈夫だろうか。

なんだかアインと込み入った話をしているようだった。繊細そうだし、事情はわからないがあんまり思いつめないで欲しい。


二人の話が聞こえないよう、メブレビは敢えて離れた場所を選び薪を積んだ。


(フラウウ。火種を頂戴)


(はいはい)


フラウウが上下の牙をガチ、ガチと勢いよくすり合わせる。そこに枯れ葉を近づけて火種をもらい、上向きにした枯れ葉の先に火が安定して灯ったら落ち葉の山に火を移す。


(風が強いね)


(少し穴を掘ろうか。その中に焚き火を作ろう。くぼませて風除けを……)


「ちょっと待って、フラウウ。今何か音がしなかった?」


「ん?……ああ。確かに、後ろからするね」


「なんだろう」


耳を澄ませる。













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