第三章  アルシンド・ブルトカール  3



メブレビが足を乗せ体重をかけても、剣はびくともしなかった。

アインもメブレビに続いて剣に足をかける。すると剣はゆっくりと上昇した。

目的地に向かう途中、メブレビはいくつかの実験を試みた。

驚いたことに、刀身でない部分を踏んでも足が滑り落ちることはない!

剣が見えない面を作り出していて、メブレビはその上に乗っていた。

どこまで行けるのか確かめたくて足をちょこちょこやっていたら、やはり、ふと足場が消えるところがある。


「うわ! あ、落ちる」


うっかり均衡を崩したところ、後ろから急に縄が伸びて来て独りでにメブレビの胴に巻き付いた。縄の端はアインの手の中だ。


「ぐぇ……。ねえ、苦しいんだけど。もっと他に方法ないのかよ?」


「解いてやってもいいぞ? 落ちたければな」


「ふふ。お二人は仲が良いのですね、遠い親戚と伺いましたが、どのようなご縁で交流するに至られたのでしょう。どういったご関係で」


「「容疑者と監視役?」」


「……へ?」


アインが術で探った通り、結局、アレーレ北部に連なる川を東南に向けて遡っても水の魔物の姿は無かった。


「やはり。ここまで遡っても魔物は居ないな。ひょっとすると死骸でも見つかるかと思ったがそれすら無い」


「ええ。でも、どうして? 魔術師が殺めずにこうも一斉に消えるということはあるのでしょうか。民が心配です」


「早めに手を打たないと不味いな。他の川も同じかどうかを探ろう。アルシンド。サラヤーンの王城へと続く川はあるか」


「ありますが、かなり北へ参ります。日が暮れてしまうかも。メブレビ殿は……」


「俺は大丈夫。アイン。どうして王城につながる川を見るの? 王家の人たちに何かあったら大変なのはわかるけど、他にも理由がある?」


「ああ。まあ、勘だが今回のことに黒幕が居た場合、その川に魔物が居るか居ないかは一つ、敵の立ち位置を見極める上で重要だとは思わないか?」



***



 一行はサラヤーン王城に連なる川を目指し北部へと剣を早めた。川はすぐ目の前という場所まで迫ったとき、アルシンドが体調の不良を訴えた。


「きついか?」


アインは地面に膝をつき、うずくまるアルシンドの背をさすった。


「い、いいえ。申し訳ありません。うっ」


「気づいてやれず、すまない」


「そんな……。お恥ずかしい限りです。普段から外に出て魔物を狩らなくては、こうして身体が弱くなることをわかっていたのに屋敷に篭(こも)って書物を開いてばかりで」


「何言ってる。こうして今日、領民のために外に出てきてるじゃないか。俺だって用が無きゃ外には出ない。そんなことより身体が冷えてるな。風に当たりすぎた」


日暮れが近い。アインの目に西からの日が刺さった。


「アイン! 俺、薪を拾ってくる。日没までに火を大きくしよう」


「ああ! 助かる。メブレビ、これも使え」


アインは絹の袋を懐から取り出すと、メブレビ目掛けて投げた。


「『薪を出す』と念じて、ひっくり返せ! 少しは入ってるはずだ」


受け取ったメブレビが焚き火を起こすのに良い場所を探し、走る。

早速、場所を決めたようで、近くの茂みの向こうから「おお!」と歓声が聞こえた。


「はは」


あの少年と行動を共にし始めまだたった二日だが、なんだかとても楽しい。

風に衣を膨らませ緑の中を歩く姿は高貴ささえも感じさせるのに、無邪気で口が悪く、そして素直で……形容し難い、不思議な奴だ。


「メブレビ! お前は体調に問題ないか」


「運良く! でもすごく寒いんだ。早く火にあたりたい」


おお、寒い寒いと言う声が、徐々に遠ざかって消えた。

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