第三章 アルシンド・ブルトカール 1
「アルシンドとお呼びください」
少年は明後日の方向を向きながら、メブレビに自己紹介を終えた。
視線が合わない。
合わせようとすると、さっと首の向きを変えられる。先回りして正面に回り込むと顔がぼっと、赤くなった。
メブレビは説明を求める気持ちでアインに目をやった。
「あー……。彼は初対面の相手だとだいたいこうなんだ」
「ど、動物相手だと大丈夫なのですが」
「気にしないでやってくれ。悪気は一切ない」
「申し訳ありません。きっと、お気を悪くされましたよね……。治さなくてはと思っているのですが、どうにも上手くいかなくて、その」
言いながらしゅんと肩を落とす。明後日の方を向いて……。
線の細い体がより小さくなった。
「あの、お気になさらず。アルシンドはなぜここに?」
「はい。あの、アイン・アル・ヒッル。蝶をありがとうございました。先ほど父にお話くださったことですが」
「父?」
「はい。私はムスタバ=ヤ・ブルトカールの六番目の息子。先ほどは父が失礼な言動を申し訳ありません。恥ずかしながら私にも北部の水の魔物のことはわからず……。ですが、だからこそ、領民のためにも一刻も早く調べなくてはと、こうして参りました。何もなければそれはそれ、何かあるならば確かめなくては」
「ああ。正に」
アインが態度を崩している。
どうやら二人は親しい間柄のようだった。宗主の息子同士、交流があるのかもしれない。二人の間には、再会を喜ぶ和やかな空気が流れていた。
それにしても、あの宗主とアルシンドは全く似ていない。
容姿はもちろん、纏う雰囲気が違いすぎる。父が「豪快」なら息子は「可憐」。アルシンドは母親似なのだろうか。
「アルシンドも話を聞いていたのか? 姿は見えなかったけど……。それに蝶って」
「あっ」
アルシンドがおろおろと戸惑った顔でアインを見上げた。メブレビも当然、経緯を知っているものと思っていたのだろう。自分の言葉に何か失言があったかと、このまま話して良いものかとアインに瞳で尋ねている。
「あ〜、その、な。アルシンド。ちょっと待っていてくれ。メブレビ、ちょっと」
「なんだよアイン。気まずそうな顔して」
ちょいちょい。アルシンドから離れるように歩きながら、アインが手招きをした。
「なんだよ。 なんでアルシンドが来たんだ?」
「メブレビ、お前、蝶は好きか」
「急にどうしてそんなことを聞く?」
「好きかって聞いてる」
「好きだけど」
「そうか!」
アインは懐に手を入れると親指と人差し指で摘めるほどの小さな金の粒を取り出した。
なんと美しいのだろう。
蝶は舞い上がると、メブレビの鼻先に止まった。
その瞬間、声がした。
アインの声だ。アインの声で
− ごめん
と聞こえた。蝶は金の粒に戻り、大地に落ちた。
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