第二章 赤い石(ヤークート)の謎 8



アインの方はと言うと所作が堂々としており自然だ。

つい先ほどまでのアインと同一人物とは思えない。どうやって切り替えているのか不思議だった。

アインと宗主が挨拶に花を咲かせている中、メブレビは視線の落ち着けどころがわからず、とりあえず宗主の手元付近を眺めることにした。

金のゴテゴテした指輪を両手に数個ずつ身につけている。日に焼けた手。歳は五十といったところだろうか。

最初に見た笑顔は気さくで気前の良い雰囲気があったが、言い方はとても失礼なのだが、どこか俗っぽい印象で高潔な魔術師の宗主という感じではなかった。


「ときにメブレビ殿。その首のものは土蛇かな」


「は、はい」


メブレビは弾かれたように顔を上げた。


(アインの馬鹿! 宗主、めちゃくちゃ怪訝けげんな顔でこっちを見てるじゃ無いか! だからフラウウには森で待っててもらった方がいいか聞いたのに)


「実に立派だな。君が仕留しとめたのか? 良い革だ」


「は、はい」


(生きておりますが……)


「なるほど、さすがアインの親族だ。すばらしい術者のようだな」


「ありがとうございます」


(ごめん。フラウウ、勝手に殺して)


(いいさ。口を挟むとややこしくなりそうだ。メブレビは大人しく私と会話していよう)


(うん)


経緯の説明はアインの口から、簡潔に為された。

アズラクで起こった四件の不審死。それらをつなぐ不吉な赤い石ヤークート。輸入先であるアレーレに赴いた初日に宝石商人の妻の死について耳にしたこと。その妻の死にも赤い石が関わっていたこと。ブルトカール領民の死が関係すること故、宗主の耳にも入れるべく本日、赴いたこと。


「ふむ……なるほど。これがその石か」


「ええ。かすかにですが魔術の痕跡が。他にも気になることがあるのです。昨日、川底から赤い石を見つけ出す際に気がついたのですが、アレーレの北部に連なる川に、水の魔物の気配が無いのです」


「なに?」


「宗主もご存知ないと?」


アインの言葉に、ムスタバは不機嫌に眉を寄せた。


「それは確かなのか」


「ええ」


「だが、そんなはずはない。水の魔物が居なくては水は腐り、人に害を及ぼす。領民の生活を支える重要な魔物だ。我々も当然の如く承知している。街の者たちに病が広がっているという話は聞いていない」


「これから起こるのかもしれません」


「可能性で物を言うな。上流に、水源の側に居るのではないか」


(宗主も今、可能性で物を言ってるぞ……)


「魔物は気まぐれ故、人里に近い山中からたまに移動することはアイン、お前も知っているだろう。より上流に上がって来ていた場合はその分、この屋敷に近づく故、土地の気は我々の味方をする。お前の術も効きづらいだろう。安心なさい。水の魔物は居るのだよ。魔術師でなくては彼らから命を奪うことはできない。だが、このアサンには水の魔物を手に掛け領民の命を危険に晒すような愚か者は居らぬ。目の前で他所よその魔術師に自領の益獣まものを殺されるほど力の劣った者もな」


(アインの話をそう受け取るのか。 調べもしないで魔物は居るって言い切っちゃうしなぁ)


「ですが宗主、もし万が一、魔物がいなかった場合には事は一刻を争います」


「誰に向かって口を利いている」


「ブルトカール宗主、ムスタバ=ヤ・ブルトカールに向かってですが」


怪しくなってきた雲行きにメブレビは唾を飲んだ。

アインは怒っているのだろうか。横目で表情を伺うが、涼しい顔をしていてよくわからない。


(ひょっとしてアインって、怒るほど冷静になる感じの人?)


宗主の気の短さにも困ったものだが、このように不遜な態度を取って問題無いのだろうか。

ここは堪えて、下手したてに出るべきでは? 協力を仰ぐためにここへ来たのだから。耐えられず、メブレビは声を出した。


「あ、アイン。どうか落ち着いて」


「私は落ち着いているよ、メブレビ。落ち着くべきは宗主の方だ」


「はっ、わかっていないようだなアイン・アズラク。我々は先代から退魔の術を磨き、領民を守ってきた。その結果としてアレーレを始め領土内の国々の大いなる繁栄がある」


「それは、重々、存じておりますが」


「黙れ! この、己の力を過信するでない! ……今日のところはこれで多めに見てやる。縁者の前で咎めを受けてはお前も恥ずかしかろう。街へ連なる川とそこに住む魔物については改めて私たちで調べる。商人の妻の死についてもだ」


「改めてとは?」


「は?」


「改めてとは具体的にいつです?」


宗主は憤怒の表情でてのひらを上にし腕を伸ばした。指先が戸口を指している。「退席しろ!」。そういう意味だろう。


アインは大人しく立ち上がった。こうなると、メブレビも従う他ない。

宗主の部屋を出ると来たときとは違う案内が立っていて、そのまま外門まで送り届けられてしまった。


森に向かって白大理石の道を歩くアインの背中で長剣が揺れている。

ここからでは感情は読めない。


「このまま、しばらく歩こう」


森への入り口でアインが言うので、二人黙って木漏れ日の中を進んだ。

こんな気分でなかったら、楽しい散歩ができたかもしれない。

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