第二章 赤い石(ヤークート)の謎 7




「こちらでしばし、お待ちください」


通された部屋は緑豊かな中庭を囲む回廊につながっていた。残念ながら砂漠は見えな

かったが、花弁のような形で等間隔にくり抜かれた壁穴を通って爽やかな風が吹き抜けるとても居心地の良い部屋だった。

天井は高く、温かな海を想起させる爽やかな青色をしている。

ぎっしりと羽が詰められた巨大な座椅子の上には、これまたふわふわの羽毛で満たされた色とりどりの枕が乗り、メブレビはふかふかに沈みつつ、ふわふわを抱き、頬を緩めた。

周囲に誰も居ないことを改めて確認しアインに話しかける。


「アイン、人気者なんだね」


「言うなよ。俺が一番、驚いてるんだから」


先ほどは実に興味深いものを見た。

屋敷の巨大な門の下に二人の門番がいたのだが、彼らの表情がとても面白かったのだ。

近づいて来るアインを見つけるや否や、喜色満面で何やら言葉を交わしたかと思うと飛び跳ねた。「ああ、ご挨拶に駆け寄りたいが、門の側から離れるなと言われているし。ああ、早くこっちに来ないかな」という言葉が聞こえて来るようだった。

門番はこちらが名乗る前にアインの名を呼び、用件を尋ねて来た。

そして、どうやらその場所を守るのはブルトカールの魔術師たちの当番制の仕事だったらしい。門番の彼は、わずかに潜り戸の内に消えたかと思うと、気やすい仲の者なのか代役を立てて、なんと自らこの部屋まで案内してくれたのだ。丁寧なものだ。


案内される際、おそらく数十人の人々とすれ違った。

メブレビは勝手に魔術師とはアインのような年齢か、それよりもっと上の男性ばかりだと思い込んでいたのだが、実際は幼児から壮年まで老若男女問わず、実に様々だった。

まるで街の中にいるような感覚におちいったが、市中の様子と違うのは魔術師たち全員が橙色だいだいいろの衣服を身につけているという点だ。

道中もアインは憧れの籠もった目で見つめられていた。男子までもが頬を染め目を輝かせ、勢いよく頭を下げる。


一方、メブレビはと言うと「一体、誰だろうか」という不思議そうな目を向けられる度、真面目な顔でなるべく品よく見えるように意識し丁寧に頭を下げた。


「ねえ、アイン。今頃、聞くけど正面切って宗主に会って大丈夫なのか? 赤い石のことにこの家の人が絡んでいるってことは無いのか?」


「その可能性は十二分にあり得るな。俺も一族全員が無関係とは思っていない。だが、宗主に限っては信用していい。人柄をよく知っているが、魔術師としての見栄を何よりも重んじる人だ。自国の領民に危害を加えることはしない。利益がないからな」


「なんだか、けなしているみたいな言い方じゃないか」


「理由は他にもある。このまま調べを進めるならブルトカールの誰かしらの協力を仰ぐのが最善だ。この土地と身内の魔術師マグスの動向に詳しいからな。あとな、これは万事に通じることだが、途中から頼むと物事はややこしくなるんだ。『どうして最初に領主である私に断りを入れず、勝手をしたんだ!』と言われるに決まってる。だったら最初から申し出ておくのがいい。何かが起こっても『あのとき報告したでしょう?』と相手にも責任の一端をだな」


「だんだん、あんたのことがわかってきたよ。アイン」


静かな足音が近づいて来た。


「お待たせ致しました」


門番だった青年に連れられて、アインとメブレビは宗主の待つ部屋へと向かった。






「久しいな、アイン・アズラク。元気そうでなにより」


「ムスタバ=ヤ・ブルトカール宗主。宗主もお変わりなく」


一段高い上座に座したままの宗主より頭が低くなるように、アインが床に両膝をつき深々と頭を下げる。

一呼吸置いて、メブレビもその仕草を真似た。


「宗主様、お初にお目にかかります」


「うむ。顔を上げてくれ。アイン。そちらは?」


「こちらはメブレビと申します、私の遠縁でございます」


(き、緊張する!!)


事前にアインと打ち合わせしていたことだが、嘘の身分を名乗るのはとても肝が冷えるのだなとメブレビは学んだ。

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