第二章 赤い石(ヤークート)の謎 5



一息に言い、両手を合わせてアインを拝む。が返事がない。

不安になって顔を上げると、出会ってから今まで見てきたまし顔とは違ったアインがそこに居た。

あごに指を添え、まさに『ニヤリ』と形容するのにふさわしい表情でこちらを見下ろしている。


「な、なんだよ?」


「アズラクで手に入れた四つの赤い石ヤークートからは二つの気を感じるんだ。一つは純粋な……『恨み』のようなもの。もう一つは別の、もっと体系立った魔術の痕跡こんせきのようなものだ。このアレーレに於いて魔術を使う者と言ったら誰だと思う?」


「つっ、す〜。あの、あれだよあれ。ほら、あの」


(なんだったっけ、フラウウ)


(ブルトカール)


「ブルトカールの魔術師」


「ご名答。そこを避けて通るのは下策だ。……はぁ。俺、あそこの家、苦手なんだよなぁ。やっぱり、行かなきゃ駄目か」


アインは息を吐きながら、頭をガシガシやり始めた。

そのまま気怠げに地面にしゃがみ込む。その様子は一目置かれる清廉な魔術師ではなく、近所のお兄ちゃん然としていた。確かに本当はもっと砕けた性格なんだろうと予想はしてはいたが……。


「どうしたのさ突然。ブルトカールってそんなに嫌なところなのか?」


「ああ、お前は他所よそから来たんだったな。まあ、説明すると、世の中には魔術師の一族マギが百いくつある。その中で特に勢力の大きい家を魔術師六家マグスヘクスと言い、ブルトカールは魔術師六家の中でも最大でだな」


「質問」


「どうぞ」


「どういう基準で最大なんだ?魔術師の数が多いとか金持ちとか、家の敷地が広いとか」


「その全てだ」


「ブルトカールのどこが嫌なんだ?」


「堅苦しいんだよ。人が大勢居る。壁に耳あり水路に目あり。やれ、アズラクの息子がどうのこうの、この所作がどうだこうだ、礼儀云々しゃらくさい」


「水路に目なんて入れたら、ものすごく目に染みそうだけど。なんとなく言いたい事はわかった」


「俺はなんとしても四人の死の真相を突き止めたい。モゴリ殿の奥方の死についても同じ気持ちだ。だが、魔術師の家ってのはとにかく、煩いんだ。一族同士の体面や、領民に接する際の態度、どれか一つでも問題を起こすと上の術者が飛んできて実家に連れ戻される。俺は大切なことは人任せにしたくない。せっかく親父を説得してここまで来たんだ。途中から別の術者に交代なんて絶対にご免だ」


アインの話を総括するとアズラクを出る際、宗主に言われたのだそうだ。




– 「他国に行くのだ。お前を見る人はお前を『アズラクの魔術師そのもの』、『アズラクの魔術師代表』として見る。言わば、お前は我が家の顔なのだ。決して顔に泥を塗ってくれるな」




それはそれは煩く、釘を刺されたのだそうだ。


「一体、今まで何をやらかしてきたんだ」


「心当たりは無いな」


「心当たりが無いなら、領民のために必死で他国まで赴く息子にそんな釘刺さないだろうが。それにアイン、一つ忘れてない?」


「何を?」


「他国民の目なら今、アインの目の前にここにも二つ、緑色の綺麗なのがあるんだけど」


「自分で綺麗とか言うか? まあ、確かに綺麗だけど。言っておくがなぁ、容疑者だ魔物だと言われるお前の話なんて信じるのは俺くらいだ。つまり、お前の前で外面を作るのは止めやめ。取り澄ましても俺には利益がないからな。は〜、肩凝った」

と言い、なぜか肩ではなく首を叩く。


「俺にそんな態度でいいの? アイン。この先、ブルトカールに行くんだろう? 嫌な場所に行くんだ。道連れが欲しくないか? 体験を共有して、愚痴を言える友は旅の宝だぞ」


「いやあ、本当にな! お前が居てくれてよかった、よかった。出会いに感謝だ。そう思ったらさっき顔が緩んだ」


「それがさっき『ニヤ』ってした理由か」


「と言うことで、明日迎えに行くからな。お前はまた地下牢に戻れ。逃げずにいたら俺の中のお前信用度に加点一してやる」






***

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