第二章 赤い石(ヤークート)の謎 3




浅瀬に素足を浸すと水の冷たさが肌に刺さった。

場所の目星をつけ、水が太ももの深さになるまで歩く。続いて胸まで。水の上の方は比較的、温かいのだが足下は氷のようだ。

一息に頭まで潜った。水が澄んでいるので視界は良好だ。

二度の休憩を挟み、太陽が真上を少し過ぎた頃。


「見つけた! あった! あったよ巾着!」


「おお! でかした坊主!」


「やった!」


巾着を持って一目散に川岸に走るメブレビに続き、皆で岸に向かう。驚いたことに、川から上がるとあっという間に濡れた髪も衣服も乾いてしまった。


「うわ」


「乾かせるのは表面だけだ。身体は冷えたままだから後で火を起こそう。濡れていない服がある者は早めに羽織れよ」


アインの言葉に七人は顔を見合わせた。


「魔術って便利だ……。じゃない、坊主。早くその中身を空けろ」


「う、うん」


メブレビが巾着を開き逆さにすると、砂利の上にバラバラと音を立て宝石ジャウハラが落ちた。

指輪、腕輪に大粒の加工石ルース。爪の大きさほどの耳飾り。しかしそのどれもが−


「赤く……ない? なんで桃色なんだ?」


「そんな馬鹿な! これも、これも、これも! 店にあったときは確かに真っ赤な赤い石ヤークートだった。これじゃあまるで、違う石じゃないか」


「確かなのか?」


「ああ、間違いない。ほら! ここの、この、金の細工! 見間違いようがない」


「石を外して入れ替えたのか?」


「馬鹿な。さっきまで川底にあったんだぞ? 石を入れ替えてそれで沈めるのか? 一体なんのために」


「いや、こっちを見られても俺は知らないって。巾着の中身は今、初めて見たんだから。ねぇ、その赤い石ヤークートって水で洗ったら色落ちするとか無いのか?」


「「「「「「 馬鹿を言うな 」」」」」」


メブレビは耳を押さえて呻いた。


「み、耳が。耳がキーンって。みんなで合唱するなよ! そうだ、アイン。ここへ来るときに話してただろ?故郷で集めたいわく付きの赤い石ヤークートって今、持ってる?」


「ああ。試してみよう」


「うん」


アインは何も入っていない小さな絹の袋を懐から取り出した。ひっくり返すと真っ赤な石がボトンと落ちて来る。これも魔術なのだろうか。

石からは昨晩見た赤い炎のようなものがゆらりと立ち上っていた。

それをてのひらに載せ再び川に近づいて行くアインを皆、固唾かたずを飲んで見守った。

アインがかがみ込み石を水に浸そうとした、そのときだった。

石はブルブルと震えたかと思うと、まるで自分から川に飛び込むように、勢いよくを描きアインのてのひらから身を投げた。


「ひっ! アイン様、これは」


「い、石が勝手に動いたぞ」


アインが拾い上げた石はもう、元の色をしていなかった。先ほど川から拾い上げた石と同じ透き通った桃色だ。


「おかしな赤い炎も消えてるね」


「は? 坊主、何を言っているんだ」


「アレーレの皆に聞きたい。何かこの川にいわれなどはあるか? 例えば、水に浄化の力があるとか、とにかくなんでもいい。思いつく話はあるか」


アインの質問に、モゴリの家の者達はまた顔を見合わせた。


「い、いいえ。ただの普通の川としか。普通の川というのも変な言い方ですが、なんの謂れもない本当にただの川ですよ。上流には水を守るありがたい水の魔物が居るとみんな知ってますが、水の魔物は気性が荒いから街の人間はこっちから敢えて近づきゃしません。山道を通って山を越えるのは旅人と商人くらいだ。どこもそんなものでしょう」


「そうか」


メブレビはアインの表情を伺った。

何か考えている様子だ。ふと顔を上げたアインは側に落ちていた木の棒を拾い、その先を指先で摘み火を灯した。それをウマルに預ける。


「皆は焚き火を作って温まっていてくれ。メブレビ、お前は一緒に来い。崖の上まで行くぞ。土蛇に集めさせた原石と焚き火の跡があるんだろう?」


「ああ。うん。それが、俺が嘘を言っていない証拠になるなら。崖の上で脱いだ外套がいとうも拾いたいし」


「ウマル殿すぐに戻る。戻ったら日暮前に下山しよう」


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