第二章 赤い石(ヤークート)の謎 2




(ええ……そんな、本物の魔物みたいなこと言って)


(いや、土蛇の姿を取っていることは少なからず影響しているはずだ。まあ、時間が経てば解決するかもしれない。様子を見ることにするよ。改めて、わかっているとは思うが)


(大丈夫、異国の人々に話して良い範囲は理解してるって。海のこっち側の人間バシャルにうっかり故郷の秘密を漏らしたりしないさ。アインにも、商家の皆にも)


(ああ。ねえ、メブレビ。どうして昨日は捕まる前に抵抗しなかったんだ? お前なら逃げられただろう)


(だから、本当に体力の限界だったんだって)


会話をしつつ歩くうちに一刻が経ち、一行は川へと到着した。


「昨日は見る余裕が無かったけど、こんなに綺麗な場所だったんだな」


メブレビの呟きを聞き取ったのだろう。アインが尋ねてきた。


「日の高いうちに川の位置を確かめていなかったのか? それでは休息を取れないだろう」


「俺、水と食料はそんなに頻繁に摂らなくても問題ない体質なんだ。アインが汗をかかないのと似てるね」


メブレビはウマル達の方を振り返った。

皆、川辺の手ごろな岩を椅子にして息も絶えだえという様子だ。働き者の商人達も山登りは専門外らしい。額から汗が吹き出していたが、誰よりも重装備なアインは涼しい顔をしている。


「で、お前。どのあたりなんだ?」


「ウマルさん、もう少し休んだ方が良いんじゃないか?」


「黙れ!」


「いや心配で聞いたんだぞ?嫌味で言ったんじゃない。怒鳴るなよ。……そうだな。最初に奥さんが落ちたのは、ここよりもっと上流のはずだ。俺もその瞬間は見ていないから正確な場所はわからないけど、川の中、流されていっているのが見えたときには多分、あの尖った岩の奥あたりだった。それで俺、あそこに見える崖から飛び込んだんだ。なんとか岸に上がれたのが、今いるこの辺りという感じだった」


「奥方は一度、崖の上まで登ったということか。いったいなぜ日暮も間近という頃に登山道を外れて」


「それはわからないけど……、でも今思うとあれは道に迷っているような感じだったかも」


メブレビの言葉通り、一行は上流に向かう。


「止まってくれ。一度、この辺りで川底を探る」


「探る? みんなで川に潜るんですかい?」


 ウマルの兄貴分だと言う男が尋ね終わる前に、アインは不意に川縁かわべりにかがみ込むと水に右手を浸した。すると、浸した手から水紋すいもんが広がるかのように藍色の光が水の上を渡って行く。

光が遥か向こうまで届いたかというときだ。


「水の魔物がいない……。石の反応もないか」


アインが手を引き上げながら、どこか険しい顔で呟いた。まるでそれが居ないと困るみたいな言い方だ。魔物なら居ない方が良いのでは?

それきり特に言葉を続けないまま考え込んだかと思うと、アインは突然、上着を脱ぎ始めた。


「水中に危険は無い。悪いが皆、協力してくれるか。可能な限りで良いから川底に赤い石ヤークートが無いか調べたいんだ。ウマル殿! 店から消えた赤い石の大きさや特徴を教えてくれ。ただの加工石ルースなのか、それとも首飾りや指輪などの装飾品になっているのか等、なるべく詳しく。メブレビの言う巾着に入った状態でそのまま出てくれば良いが、そうとも限らないだろうからな」


アインにならって、男達も衣服を脱いだ。

長丁場になりそうだ。

メブレビも川に向かって進むと、気分が優れず辛そうなフラウウを丸めた上着の上に横たえた。首飾りを外し、川に入るのに邪魔にならない範囲で軽装になる。


「何をしてる。お前は入ってこなくていい」


「え?なんで。俺もやるよ」


「さっきまで牢にいた子供をいきなり山に登らせて、あげく水に沈めるのは流石に気が引ける。倒れても背負えないぞ」


「本当、人と触れ合わないって立派な教えだよな。いいよ、お構いなく」


「おい」


「俺が一番、昨日のことに詳しいんだから。俺が入らないのは変だろう」

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