第二章 赤い石(ヤークート)の謎 1




時間を当てるのは得意な方だ。目を覆って暗がりに入りしばらく経ったとしても太陽の位置でだいたいの見当がつく。

牢から出て早速さっそく、メブレビは空を確認した。


「うん。予想した場所にぴったりはまってる」


ああ。朝の空気が清々すがすがしい。

先ほどまで居た場所が場所なだけに尚更なおさら、気分爽快だった。


(なんだか空気に混じって上品な香の香りがするな。一体、どこから?)


辿ってみると意外なことに、出どころは長剣を背負う白い背中だった。


「どうした」


「な、なんでもない」


例の川を目指した登山はすぐに始まった。日帰りできる距離なので準備するものは特に無く水筒があれば良いくらいの軽装で、アイン、ウマル、メブレビと、加えて他に五人の商家の下男という面子めんつが集まった。

まさか昨晩、お縄にかけられ引かれた道を今朝になって再び登ることになるとは予想もしなかったメブレビだった。


 アインはと言うと、目下もっか、周囲に犯人として扱われているはずのメブレビに対しても、やけに丁寧だ。通り道にはみ出した枝があれば、メブレビが通過し終わるまで前で抑えてくれたり、激しい段差のある岩場では手すり代わりに剣のさやに捕まらせ、引き上げてくれたりする。

その度、ウマルがこちらを物凄い形相で睨み付けてくるのだが、それはアインが魔術師で人と触れ合うことを禁じられているため、彼なりに肝を冷やしているからのようだった。いやはや、事情はわかったがまるで嫉妬深い恋人のようだ。


「確かに見たんだな?」


「ああ。川から大きな音が聞こえる前、あの人とすれ違ったんだ。そのときに腕の中に赤黒く光る巾着を抱えてたのを見た。中身がその石かはわからないけど。ねえ、アイン。アインは宗主の息子なんだろう? ということは、アズラクで一番、位の高い男子というわけだ。違う?」


「おい、お前。それをわかっていて、アイン様にその口のき方なのか」


「いやぁ、だって、ウマルさん。アイン本人が口調を崩して良いと言ったんだぞ?大丈夫。ウマルさんにはちゃんと敬語で話すよ。こちらの会話はお気になさらないでくださいまし〜」


「お前!」


「お前たちは少しも静かにしていられないな」


「アイン。どうしてわざわざ自分で、よその国まで調査に来たの?下の者に任せてもよかっただろうに」


「魔術師の身分、階級というのはあくまで魔術師みうちの中で話されるものだ。領民にとっては助けを求めた魔術師が宗主一族の者であろうと、外弟子であろうと関係ない。領民を守れないようでは、身分、階級云々うんぬんの前に魔術師ではない。民は皆、守るべき私の家族だ」


メブレビはふと、故郷の人々の顔を思い浮かべた。

今頃、みんな良い夢を見ているだろうか。


アインの思想はとても立派だ。

ただ、なんだろう。

アインの聖人君子な様子、いかにも清廉潔白せいれんけっぱくな正義の使者という雰囲気が、メブレビにはどうにもしっくりこなかった。


(フラウウ。どう思う?)


(いや、どう思うと聞かれても……)


首に巻き付いたフラウウに、メブレビは心の中で語りかけた。フラウウの魔術のお陰で、こんな風に口を動かさずに意思の疎通そつうができる。


(牢を出る時に俺、アインと二人きりになっただろう? そのときちょっと、アインの雰囲気が崩れた気がしたんだよ)


(ふむ)


(それまでずっと、お堅い顔だったのがなんだか一瞬、『ふうん。こいつ……』みたいな目でこっちを見てきた気がする。思うにアインの本性はもっと軟派なんぱなんじゃ? 故郷で人の顔色ばかり見てきた俺が言うんだから)


(メブレビ、自慢になっていないよ。それに何が言いたいのか抽象的すぎてサッパリ……はぁ)


(どうした? なんだか元気がないな)


(ああ。なぜか山に降りてからどうもな。この土地に張られた退魔結界のせいかもしれない)

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