第一章 猫目石の魔術師(マグス) 7





「い、いいえ」


「こちらの奥方の身近に最近、手に入った赤い石ヤークートがあったということは? 赤みが濃い物だ」


「なんとも言えません。うちの店には日々、各国から膨大な量の石が集まりますので。その石がなにか」


領地アズラクで領民が相次いで自死したのだ。一月ひとつきで四人。皆、自殺するような理由の無い者たちで、住まう土地もそれぞれ離れていたが、ブルトカールから輸入した上質の赤い石を手に入れて日が浅いという共通点があった」


「その赤い石の仕入れ先がうちの店であると仰りたいので?」


自分でもむっとした声が出たと思う。しかし、アインはそれを気には留めていないようだった。


「いや。昨晩の奥方の訃報を耳にし、もしや何か繋がりがあるのではと思った。カマルいちの国であるアレーレ。そのアレーレいちの商家であるこちらに来れば手がかりがあるかと。大変なときに申し訳ない」


そう言い、頭を下げるので毒気を抜かれてしまった。


「な、なあ。ウマル」


親しい下男が後ろからウマルの袖を引っ張った。商品棚の管理をしている者だ。


「今朝見たら裏の棚の赤い石ヤークートが幾つか無くなっていたんだ。兄貴には真っ先に報告したんだが、もしかして奥様がと思って。なあ、奥様のそばに石はあったか?」


「いや、ご遺体のそばには何も。……川に落ちた? それともあいつが奪ったのか? いや、そもそも奥様が石を持って行ったと決まったわけでは」


石を持った者が他国で四人も死んでいる。石が祟りを呼ぶとでも言うのだろうか。それとも、石を持つ者を狙って誰かが持ち主を殺しているとでも?


「”あいつ”とは?」


「あ、ああ。失礼しました。昨晩、捕らえた者なのですが」


「初耳だ。詳しく聞かせてくれ」


アインはここら付近の住民から「豪商の妻が川で自殺した」と聞いていたらしい。言いづらそうに告げた彼に怒りは湧かなかったが、人々はどうしてそんな出まかせを告げたのだろうか。

腹立たしいことこの上ない。


「魔術師様、もう一度、私の口から経緯をお話しさせてください。奥様は自殺などではない。水音を聞いて私が川へ出ると、少年が奥様に覆いかぶさっていたのです。駆けつけたときにはもう奥様は息をしておらず。きっとあの者が奥様を」


ウマルは見たままをアインに伝えた。


「少年は東方から来た旅人だと言っていますが、あの腕力はどう見ても人間のものではありません」


屋敷の者たちも次々に言う。


「なあ、ウマル。もしかするとそいつが石を持っているんじゃないのか? 」


「持っていなくても何かを見ているかもしれない」


「アズラクの四人を手にかけたのも、そいつかも」


「案内してくれ」


アインの言葉にウマルは頷いた。




***




牢の前にちんまりと形よく重ねられた皿を見て、アインは首を傾げた。


「魔物だと思っていたのに、飯を出したのか?」


「そこの牢番が勝手にしたことです。魔物でも腹が満ちていた方が危険は少ないはずと言われ、それも一理あると思いましたので。先ほども逃亡していないか確認に参りました。夜のうちに逃げないように牢の衛士を増やさせたんですが、安心はできません。本当は私も夜通し牢を見張りたいくらいでした」


ウマルが牢の闇の中、松明たいまつの光が届かずここからは足しか見えない人に向かって憎々しげに言い放つ。

言いながら胸元を抑えたところを見ると懐に小刀でも入っているのだろう。魔物と信じる者に相対するならば、当然の備えだ。


「君は怖くはなかったのか?」


アインが尋ねると、ウマルはまるで侮辱されたかのよう顔をしかめ、「怖くなどありません!」と言う。


なるほど。モゴリとその妻は彼にとって良き主人らしい。

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