第一章 猫目石の魔術師(マグス) 6





はぁ。これではこちらからあちらに位置が変わっただけではないか。

魔術師の側に残ったのはモゴリの屋敷の者のみだったが、家の中からほぼ全員が出てきているようでそれでも二十人は居た。


「モゴリ様、戻りました」


「ご苦労、ウマル。お前を待っていたのだ」


「この状況は一体? こちらは?」


「お前に話すので四度目だが」と疲れた顔でモゴリは男を紹介した。

男の名は、アイン・アル・ヒッル。アズラクの魔術師とのことだった。アインがこちらに目礼する。


「アズラク? 魔術師六家マグスヘクスの一つのですか」


「そうだ」


なるほど。異国の魔術師であるからウマルのよく知る魔術師とは装いが異なるのだ。

もしかすると、アズラクの魔術師は皆、この男のような美丈夫なのだろうか。

それとも、この人が特別なのか?

ここ、アレーレは魔術師一族・ブルトカールの領地であり、正式な名前をブルトカール領カマル・アレーレと言う。

つまりは、『ブルトカール一族が治めるカマルという土地の中にある国、アレーレ』という意味で、アレーレにはアレーレを治めるサラヤーンという王家があり、サラヤーン王家と魔術師一族は共生の関係にある……らしいのだが、そのあたりの詳しいことはウマルの実生活におよそ関係してこないので、ややこしいから特に学ぶ気もなく、知識は一般常識の範囲にとどまっている。

他にもモルクトを治めるラバニ一族などが魔術師六家マグスヘクスとして有名だ。


普通。魔術師というのは子供たちの憧れである。

人々の生活を魔物の害悪から守ってくれる高潔な人々だからだ。

ところが、アレーレ国民にとっての魔術師というのは少し違う。『ときおり金持ち達が先見さきみの占いを頼むよくわからない人々』という印象だった。

皆、橙色だいだいいろの衣を身に纏い腰から剣を下げているのだが、その剣を使うところは見たことがない。

カマルは他国に比べて魔物がほとんど出ないことで有名だ。

これには理由があって、先代のブルトカール宗主が凄腕で領土全体に大きな退魔の結界を張っているかららしい。

それを考えると魔術師様々さまさまではあるのだが、やはり庶民にとって実生活で恩恵を被っている実感があるか否かというのは尊敬の大きな基準であるので、自分達のような若い世代が街で見かける魔術師たちを心から崇め奉れるかというと、それはまた別の話だった。それはそうと……


「モゴリ様、今、アイン・アル・ヒッル様と仰いましたか」


「いかにも。あの、アイン・アル・ヒッル様だ。モルクトにて、サラヤーン王家のズィナ王女を魔物の脅威からお守りくださったアズラク宗主の息子である、あの」


くぐり戸の方からも「おお!」とか、「ありがたや〜」とか聞こえる。

宗主の息子ということは、とても身分の高いお方だ。ウマルは深々と頭を下げた。


「やめてくれ」


頭上でアインの声がする。なんと、声まで良い。

高すぎず、低すぎず。人を落ち着かせる声質だが同時に、はっと引き付けられもする。

驚きつつ顔を上げるとアインがモゴリに言った。


「用件だが」


「はい、アイン様。先ほどお話しいたしましたのは、こちらのウマルという私の下男です」


「この石に見覚えはあるか?」


アインが手に載せ見せてきたのは子供の拳ほどの大きさがある赤い石ヤークート加工石ルースだった。

何も入っていないようなぺしゃんこの絹の袋から取り出したので驚いた。これも魔術なのだろうか。赤い石ヤークートは濃い色をしており、そのために上質の品だとわかった。

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